第45話 黒鉄の王
岩本さんの「道中は自分たちだけで戦う」という提案は、こちらとしても助かるものだった。
ゾンビードッグやスケルトンはともかく、わたしはゴーストを探索者として倒す方法をまだ思いつけていない。
もし大ボスフロアで共闘していなかったら、光属性魔道士のふりができたかもしれないけれど……いや、回復スペルが再現できないからダメか。わたしは怪我を治す魔法が苦手だ。
他にやれるとすれば、手ごろな属性武器を不可視にして、ウィンドカッターの宣言と一緒に投げつけるとか……うーん。
そんな感じでわたしが悠長に考え事をしていられるのも、戦闘後のドロップ回収の手伝いまで断られてしまったからである。
まあ、くすねられるかもしれないというのは理解できるし、別に気を悪くすることでもない。
「柊ちゃんだっけ? 名前なんていうの? 大学生だよね、どこの大学?」
……早瀬さんが、ここぞとばかりに話しかけてくること以外は。
わたしは先頭付近、早瀬さんは最後尾で位置が固定されていたから、道中話しかけられることはなかった。
でも今は与田さんがドロップアイテムを回収・整理していて、暇になった早瀬さんにこの通り捕まってしまった。
素直に答えるべきか、適当にあしらうべきか……
「……与田にばっかりやらせてないで、お前も手伝えばいいものを」
「え? ああ、あれはいいんすよ。与田自身がやらせてほしいって言ってるんで」
早瀬さんの視線の先では、与田さんがドロップアイテムを種類ごとの荷物袋に振り分けている。
拾った時点でそこまでするとは、なかなかに丁寧である。
「一応急ぎなんだがな」
「はは……でも俺ら、揃いも揃ってズボラなんで。下手に手ぇ出した方が怒られちまう」
ドロップアイテムが片付いたのを見るや、早瀬さんはひらひらと手を振って後方の警戒に戻っていった。
「おい、フロアボスの居場所はまだなのかよ」
「そう遠くない。そんなに時間が気になるなら自分で資源を拾い集めるくらいしたらどうだ?」
「……フンッ」
……怒らせちゃった。
逢坂さんを見上げると、同じく鼻を鳴らしてすたすたと進んでしまう。
こんな感じで一緒に戦えるのか、ちょっと不安になってきた。
「ねー柊ちゃん、攻撃魔道士よね? 属性なに? アタシは火なんだけど」
今度は火野さんが歩きながら話しかけてきた。
これは、まあ、必要な情報共有の範囲だろう。
「風と水が得意です」
「ああ……そういえばマザー相手に竜巻ぶつけてたの、柊ちゃんだったのね」
「ええ、まあ」
「なるほどねー。じゃ、水はやめてちょうだい。相性悪いから。それだけ」
言うだけ言って火野さんは岩本さんの方に引っ込んでいった。
……まあ、言われなくともそうするつもりだけども。
「……ごめんな。火野はあれで悪気はないんだ」
小声で囁いてきたのは与田さん。……代わる代わる来るなあ。
「いえ、気にしてないので」
「ならいいんだけど……」
ふと思いついて、後方の様子を見てみた。
岩本さんと火野さんが小声で何かを話している。火野さんはちょっと楽しそうだ。
名前で呼び合っているし、付き合ってるのかもしれない。そこまで踏み込むつもりはないけれど。
何にせよこちらの会話を聞いていそうな様子はないので、気になることについて尋ねることにした。
「あの、ボス戦が始まってからの支援スペルの順番とか、聞いてもいいですか」
「ああ……悪いけど、まずは岩本が最優先だ。盾役だからね」
それについては何の異論もない。ノータイムで頷く。
遥香ちゃんも、まずは茜ちゃんを支援していた。
「岩本をどこまで強化するかは状況次第だけど……あとは近接優先になると思う。だから、柊さんは——」
「最後になるかもってことですよね。それで大丈夫です」
もしわたしの番が来る前に倒しちゃいそうだったら……こっそり長引かせちゃうかもしれないけれど。
「ごめんな。これでいいかな?」
「はい、ありがとうございました」
会話がひと段落したところで、先頭の逢坂さんが立ち止まる。
「ゴーストのお出ましだぞ」
それだけ言って、わたしを連れて壁際に寄る。
岩本さんがすぐさま前に出て、曲がり角から現れたゴーストたちを迎え撃った。
「アース・エンチャント!」
与田さんの属性付与と共に斧が振るわれる。
……おお、効いてる効いてる。
「柊」
「……ほんとに代わる代わる来ますね」
「は?」
「いえ、なんでも」
今度は逢坂さんの番らしい。
わざわざ屈みこんで話しかけてきたので、万が一にも他の人に漏れないよう魔法を使いつつ、耳を傾ける。
「フロアボス戦だが。……もしもの時は、自由に魔法を使っていい」
「えっ? でも……」
「もちろん、ある程度スペルに見せかけておいた方がいいのは間違いないが……こいつらになら、お前の魔法で記憶操作ができる」
その言葉を受けて、戦っている四人の方に視線を移す。
岩本さんが斧を振り回してゴーストを近づかせず、火野さんが火属性スペル、早瀬さんが属性付与された投げナイフで攻撃を加えている。
早瀬さんはさっきまで山刀みたいなものを扱っていたけれど、どうやら武器を選ばないタイプのようだ。
……ただボス戦で一緒になった程度の間柄ならまだしも、こう知り合ってしまうとちょっとやりにくいのも、魔女としては何とかしないといけない部分なんだろうな。
「……ま、お前の好きなようにやればいいさ。フォローはする」
「ありがとうございます、逢坂さん」
そんな話をしているうちに、最後のゴーストが岩本さんの攻撃で消滅していた。
相変わらず与田さん一人がドロップアイテムを回収している光景を眺めながら、わたしはゾンビーアルファのいる部屋への道順を確認するのだった。
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「おい、この部屋か?」
「はい。間違いありません」
人避けの魔法を展開し続けていたコウモリくんを回収しつつ、扉の横に寄る。
まずは斥候である早瀬さんが扉に近づいた。
「……あー、いるぜ。強そうなのがうじゃうじゃ」
「ゾンビ犬どもの群れ、か」
岩本さんは暫し目をつぶり、それから扉に手をかける。
ゆっくりと開かれたその先に、たくさんのゾンビードッグたちが伏せていた。
真ん中に一回り大きな個体がいる。あれがゾンビーアルファだろう。
「今回は俺たちも参加していいんだろうな?」
「あ? ……発見者締め出すほど落ちぶれてねーよ」
「そいつは何よりだ」
開いた扉の隙間から、大部屋の中へと足を踏み入れる。
他のフロアボスにも共通することだけれど、フロアボスのポップ地点となる部屋は、床いっぱいに召喚陣が描かれている。
部屋の中に入った直後、扉が閉められて密室と化すというわけだ。
最後尾のわたしが立ち止まった瞬間、大きな音を立てて背後で扉が閉まる。
「————何だ?」
次の瞬間、床の召喚陣が赤く光った。
「お、おい、どういうことだよ!?」
「陣が光るのってボスがポップするときだろ!? もう奴らはここにいるのに……!」
赤い光が脈動する。
伏せていたゾンビードッグたちが一斉に咆哮し——それが、苦悶の悲鳴に変わった。
「なっ——おい、犬どもが……!」
ゾンビードッグたちの身体が崩れていく。
腐食した毛皮が、肉が、骨が赤い光に導かれるようにして床を這い、部屋の中心へと集まっていく。
アルファの元へ。
引き寄せられた肉片が、アルファの体に纏わりつく。
それと同時に膨大な魔力が注がれるのを、たぶん、わたしだけが捉えていた。
膨張する身体。
太く逞しくなった前脚が地面を蹴り、後ろ脚だけで立ち上がる。
四足の獣だったものが、二本の脚で大地を踏みしめていた。
「まさか……これって……」
肉が内側から盛り上がり、ぎちぎちと音を立てて金属質の光沢を帯びていく。
腐った肉の上に、鈍い黒鉄色の装甲が形成される。
死体の寄せ集めが、全く別のものに作り変えられている。
——機械による改造。
それは、第三十一層以降に出現するという、この階層にいるはずのないモンスターの特徴だった。
変化が止まる。
召喚陣の赤い光が消え、部屋が元の薄暗さに戻った。
二足で立つ狼が、ゆっくりと顔を上げる。
裂けた口から覗く牙もまた金属に置き換わっていて、顎を動かすたびに、ギリ、と嫌な音を立てた。
装甲のわずかな隙間からは腐った肉が覗いている。
誰も動けなかった。
さっきまで犬の群れだったものが、見上げるような巨躯でわたしたちを見下ろしている。
……まさか、こうも立て続けに遭遇することになるなんて。
「——イレギュラーだ」
与田さんの声が、静まり返った部屋に響いた。




