第44話 共闘の誘い
「揉め事でしょうか……」
「かもな。モンスターを相手してるにしちゃ悠長だ。……別のルートから行くか」
階上から聞こえてくるのは、複数人が言い争うような声だった。
暗に「放っておけ」と逢坂さんは言うけれど、わたしはその前に聞き耳の魔法を使う。
使い魔越しに様子を見るのではなく、逢坂さんにも伝わるように。
『——だから、見ろよこの画面! こんなん待ってたら日が暮れるぞ!』
『そうは言っても、確実にやれるならそれでいいじゃないか! それに俺たちと相性がいいのもそっちだし……』
……どうやらよくある仲間割れのようだ。
「ほれ見ろ。巻き込まれる前にさっさと別ルートから上階へ向かうぞ」
「……そうですね……」
緊急性もないし、パーティ内の方針で揉めているのなら、刃傷沙汰になる危険も少ないだろう。
逢坂さんの言う通り、関わらない方がいいのかも——
『相性って何だよ!? 俺がゾンビ犬どもを捌ききれないってのか!?』
『さっきみたいにレイドするならともかく、前衛がお前一人じゃ手数が——』
『あーあーそうだな。最初以外は突っ立ってるだけのお荷物支援魔道士サマの忠告はありがてえなぁ!!』
『なっ……!』
「…………あの、」
「やめとけ」
後ろから肩を掴まれて、逢坂さんを見上げると首を横に振られる。
わかっている。
いくら目当ての支援魔道士がいる、恐らくマザー戦で一緒になったあのパーティだからって、トラブルに首を突っ込むのは得策ではない。
でも——あの罵倒を耳にしたとき、真っ先に遥香ちゃんの顔が浮かんだ。
支援魔道士は、決してお荷物なんかじゃない。
自己満足なのはわかっているけれど、遥香ちゃんの名誉のためにも聞き捨てならない。
それに……きっとみんななら、こういう揉め事を放っておかないから。
「ごめんなさい、逢坂さん」
逢坂さんの手を振り払って、階段を駆け上がる。
後ろからはほんの一瞬の動揺の気配と、大きな溜息。
それから、わたしの横まで追いついてきた足音。
「全く、お前は自分がどういう身分だかわかってんのか」
「すみません……でも」
「わかったから、お前は後ろで見てろ」
大きな手でわたしの頭をかき回して、逢坂さんはわたしの一歩先を行く。
「……人前に出るってときにぐちゃぐちゃにしないでくださいよ」
「だから、俺の後ろにいろってこった」
吊り上がった口角が恨めしい。
乱れた髪を整えながら後を追っているうちに、言い争いの内容が魔法なしでも聞こえるほどになっていた。
「大体お前は何もしないくせにうろちょろしすぎなんだよ! 真理亜と別々んとこにいられて守りにくいったらありゃしねぇ!」
「それはお前の負担が軽くなるよう常に安地を確保してるからで……!」
「は? 何、じゃあアタシが悪いって言いたいの?」
「っ、そういうわけじゃ——」
……空気がどんどん険悪になっているような気がする。
攻撃魔道士は攻撃魔道士で、スペルの射線が通るところにいないといけないから、どちらの言い分も正しくはあると思うのだけれど……
「おい、何の騒ぎだ? 階段の下まで響いてたぞ」
問題のパーティは、階段を登り切って通路に出たところにいた。
逢坂さんが声をかけると、全員驚いたようにこちらを振り返ってくる。
「な、何だよ」
「気づかなかったんだけど……」
……そういえば、わたしたち自身への隠形の魔法はそのままだった。
能動的に声をかけたことで解除されて、それでわたしたちが突然現れたように感じたのだろう。
「……何だっていいだろ、俺たちパーティの問題だ。関係ない部外者は引っ込んでろ」
「関係ある。お前らが騒いだせいで俺たちの追ってたモンスターが逃げたからな」
「…………チッ」
やたらと高圧的だった重戦士の男性は、分が悪いとみたのか大きく舌打ちして向こうを向いてしまった。
マザー戦での活躍も頷けるかなりの恵体だけれど、逢坂さんのいかつさも相当なものだ。それもあるだろう。
わたしだったら舐められて終わりだったかもしれない。
そして、息をするように堂々と嘘がつけるのもすごい。
「すみません、ご迷惑をおかけして……あなたたちは、さっきのマザー戦にいた?」
「ああ。……謝罪は受け取るが、それより何があったか聞かせてくれるか? また同じことで騒がれちゃ堪らん」
逢坂さんの言葉に、支援魔道士の男性は残りの二人と顔を見合わせる。
攻撃魔道士の女性は「好きにしたら」とスマホをいじり始め、斥候らしき男性は苦笑しつつ頷いた。
「ええと……俺たち、ここ最近はあのガーディアン・マザーの周回だけしてたんですけど。やっと全員でまとまった休みが取れたんで、この先を探索してプレートを取りに行こうってことになったんです」
あの慣れた動きは、やっぱり経験によるものだったらしい。
逢坂さんが顎をしゃくって続きを促すと、支援魔道士の男性は頬を掻いた。
「知ってると思いますが、ここのフロアボスは固定シンボル型・ランダムポップ型・徘徊型が一種類ずつ。固定シンボル型なら探さなくて済むし、待ってれば確実に戦えます。それで俺は固定シンボル型のヒュージスケルトンに挑むべきだと言ったんですけど……」
「毅がさぁ、待つのもレイドするのもダルいって言うのよね。アタシも同じ意見だけど」
スマホをいじっていた攻撃魔道士の女性が、重戦士の男性の背中を見ながら言う。
「アタシ、火野 真理亜。よろしくね、おにーさん」
「……逢坂だ。こっちは柊」
逢坂さんが水を向けるので、わたしも逢坂さんの陰から出て会釈する。
「ふーん……話戻すんだけど、ヒュージスケルトンのいるとこって今こうなってるの」
火野さんがスマホの画面をこちらに向けて見せてきた。
それは探索者協会のマップアプリのようで……なんというか、見たことのないくらいエリアが真っ赤になっていたり、リアルタイムでとんでもない数字が増えていったりしている。
「……混雑状況か」
「そう。考えることはみんな同じってわけ」
これが大型連休効果か、と一人慄く。
確かに、これを待っていたら日が暮れるというのは正しいかもしれない。
「この調子だから、協会もレイドの指示出してるの。大ボスフロアみたいに大人数でまとめて戦えって」
「固定シンボル型は再出現に時間がかかるからな。戦闘回数は少ない方がいい。妥当だろう」
「——散々待った挙句、旨味を減らされるだぁ? やってられっかよ」
重戦士の男性——火野さんは毅、と呼んでいたっけ——が吐き捨てる。
まあ、その気持ちはわからないでもないけれど……
「だからって、他のフロアボスは見つけるところから大変じゃないか。俺たちの構成なら単体を相手にする方がやりやすいはずだし、それにいきなり一パーティで挑戦だなんて——」
「俺らは何度もマザーを周回してんだぞ!! 一つ上のフロアボスくらい倒せなくてどうすんだ!! ……真理亜も早瀬もそう思うよなぁ?」
……だいたいの事情は把握できた。
早瀬、と呼ばれているのが斥候の男性なのだろう。
「アタシは毅にさんせーい」
「俺も、待たずに旨味が得られる方がいいと思うけどね。肝心のボスはどうやって見つける?」
「……他の奴らも同じことを考えてるはずだ。ポップ候補のうち一か所に張り込んでりゃ、いつかは俺たちんとこに当たるだろ。他の奴に陣取られる前に確保しなきゃなんねぇってのに」
未だに名前の聞けていない、支援魔道士さんに反対された……と。
彼の方に視線を向けると、ばつが悪そうに目をそらされてしまった。
「うーん……」
この場を収める方法なら、わたしたちの手元にある。
支援スペルをかけてもらうチャンスにもなる、一石二鳥の方法が。
逢坂さんを見上げてみる。
わたしの考えていることがわかったのだろう、肩を竦めて返してきた。
「……その、皆さんに提案があるんですけど」
手を挙げてそう切り出すと、八つの目がこちらを向いた。
知らない人たちに注目されるのは慣れないけれど、これくらいは逢坂さんに任せず、わたしの口から言わなければ。
「わたしたち、もうゾンビーアルファを見つけてます」
「……何だと?」
「でも、二人だけだと厳しいと思って、一緒に戦ってくれるパーティを探してたんです」
我ながらまあまあ上手い嘘だとは思う。
重戦士さんが大股でこちらに歩いてきて、威圧するかのように見下ろしてきた。
逢坂さんに匹敵する圧である。
マザーのドロップ分配のとき、逢坂さんが受け取りに行っていたように、このパーティの代表は重戦士さんだった。
だから、この人がパーティリーダーのはず。
「確か、あなたがリーダーなんですよね。えっと——」
「……岩本だ」
「あ、俺は早瀬 俊ね。よろしく~」
口を挟んできた早瀬さんを、岩本さんが睨みつける。
おおこわ、と呟いて早瀬さんは引っ込んだ。
「今すぐ行けばまだ誰もいないはずです。そっちの人が心配してた戦力の問題も解決すると思います。……合わせて六人にはなりますけど、レイドよりは取り分もマシでしょう? どうですか?」
実際には前衛の薄さに不安は残るものの、逢坂さんが遅れをとるとも思えない。
その上支援スペルをしっかりかけてもらえば、マザー戦のときを上回る動きができるはずだ。
「いいじゃない。乗っちゃいなさいよ、この話」
「ああ。時は金なりだぜ、岩本。……与田も文句はないよな?」
「…………まあ、そういうことなら」
お仲間の方は満場一致のようだ。
一方岩本さんの方は、わたしと逢坂さんを交互に見比べていた。
「……条件がある」
「はい」
「道中は俺たちだけで戦う。それで、お前らの手伝いをしてやるよ」
……率直に表現するならば、「めちゃくちゃ不服だけど益が大きいのは事実なので、プライドを保ちつつ実利を取った」といったところか。
まあ、争いが収まるのならそれでいい。
できればあの暴言も取り消してほしかったけれど……機会がなかったなあ。
戦いの中で証明したいところだ。
「ああ、俺たちはそれで構わん」
「チッ……なら、さっさと行こうや。他の奴に取られて台無しになる前にな」
先導役をやれとでも言うように、岩本さんが顎をしゃくる。
まあ、場所はわたしたちしか知らないのだから当然だ。
警戒を任せていた使い魔のコウモリは、ずっと不可視と隠形のかかった状態でいる。わたしと逢坂さんにだけ見える状態だ。
そのコウモリくんがわたしの肩から飛び立つ。最適なルートでゾンビーアルファの居場所まで案内してくれるだろう。
早瀬さんはやはり斥候らしく、後方を警戒するため最後尾につく。
先頭に逢坂さん、その後ろにわたし、それから他三人のグループが固まっているという隊列になった。
「あの、すみません。挨拶が遅れちゃって」
道中、支援魔道士さんが声をかけてきた。
「俺、与田 恵夢っていいます。逢坂さんも柊さんも、ボス戦までよろしくお願いします」
こげ茶の髪と柔和な顔立ちをもつ彼は、そう言ってわたしたちに頭を下げるのだった。




