第42話 vsガーディアン・マザーSPD
第二十層——大ボスフロアに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ガーディアン・クレーンのいた第十層よりもずっと広い。
工場の生産フロアのような天井の高い巨大な空間が、薄暗い照明の下に広がっている。
壁にも天井にも、レールやパイプなど、足場になりそうなものが縦横無尽に張り巡らされている。
もちろん、人ではなくモンスターのための足場だろう。
事前の情報通り、反対側の階段からは四人のパーティが入ってきていた。
遠目から装備を見た限りでは——重戦士、斥候か軽戦士、そして魔道士が男女二人。
……よく身に覚えのある構成だ。
両方が攻撃型の可能性は低い。もしかすると、どちらか一人が支援型かもしれない。
思わず逢坂さんを見上げると、目が合った。
逢坂さんは小さく顎を引いた。気づいている。
全員がフロアに足を踏み入れた瞬間、両側の階段が閉鎖された。
撮影機材を携えた監督役の三人が、素早く後方へと移動する。
天井の奥で、何かが動いた。
逆さに張り付くようにして現れたのは、巨大な蜘蛛のような多脚式の——ううん、違う。
背中にいつぞやのヒューマノイドみたいな機体が生えている。
言うなれば、アラクネ型だ。
腹部にあたる部分は不自然に大きく膨らんでいて、何かを内包しているかのように脈動、いや明滅している。
あれが、マザー……
「来るぞ! 十九層組は雑魚処理!」
二十一層側にいる重戦士が叫ぶのと同時に、マザーの腹が割れるように開いた。
小型の多脚ユニットが、次々と射出される。
五体、十体——見る間に数を増やしながら、壁を伝い、床を走り、参加者めがけて殺到してきた。
続いて、飛行するドローン型や二足の歩兵型までもが追加される。
「アジリティ・ブースト!」
——支援スペル!
声の主はすぐにわかった。二十一層側から入ってきた魔道士のうち、男性の方だ。
近くに行けば、支援スペルを受ける番が回ってくるかもしれないけれど……そのパーティはマザー本体を追っていて、移動が激しい。
「柊、こっちだ」
支援魔道士に気を取られていたわたしの腕を、逢坂さんが引いて壁際に寄せる。
子機が壁面から降りてくるルートのすぐ下だ。
「まずは戦いに集中しろ。まともな支援型なら、パーティ外にスペルを使うときは声をかけるはずだ」
「……はいっ」
ぼーっとしているところを録られたら、クラスアップ審査に響くかもしれない。
両頬をぱちんと叩いて、壁に向けて杖を掲げた。
「トルネード!」
まずは壁に貼りついた子機を引きはがす。
空中のドローン型も含めて巻き上げられた子機たちが、竜巻が消えると共に落下する。
ドローン型は落下まではいかなくとも、ふらふらと高度を下げていた。
「いいぞ。そのくらいで行け」
逢坂さんが白いコートをはためかせて、センサー、関節、プロペラといった部分をピンポイントで破壊していく。
無力化さえしてしまえば、とどめはまとめてでもいいはずだ。
地の利に驕る子機たちを逢坂さんの手の届く場所へ叩き落し、積みあがってきたらまとめて片付ける。
そうした二人の連携が噛み合ってきたころ、天井に変化があった。
レールを掴みながら高速で移動していたマザーが、こちら側の壁面へ向かってくる。
頭上を通過していくその腹部から、至近距離で子機が射出された。
さっきまでとは密度が違う。
多脚型、ドローン型、歩兵型……それぞれ複数体が矢継ぎ早に降ってきた。
「————ッ」
逢坂さんが短剣を逆手に構えてわたしの前に出る。
多脚型の一体を蹴り飛ばし、歩兵型を踏み台にして、ドローン型に斬りかかった。
「ウォーターボール……ウォーターボール……ウィンドカッター!」
スペルの宣言と見せかけの待機時間がもどかしい。
水球で動きを鈍らせて、不可視の斬撃で叩き落す。
残りを一掃しなければと思って——一瞬、指先に雷が走りかけた。
「っだめ、」
慌てて不可視の斬撃に切り替えて、数体まとめて床に転がす。
逢坂さんはそれを見もせずに踏みつけて短剣を突き立てた。
……なんで見なくてもわかるんだろう。
子機の残骸が降ってくるのを避けながら、頭上を見上げる。
マザーは自分を追うパーティに対応して動き回りつつも、こちらに集中的に子機を送り込んでいる。
対して他のパーティの手は空いていそうで、ちょっと移動して巻き込んだ方が——
「ッぐ」
短い呻き声に振り返ると、逢坂さんの左腕に歩兵型の刃が食い込んで——は、いなかった。
障壁の魔法が刃を弾いている。
慌てて監督役の方に視線を走らせるも、ちょうど死角になっていたようだ。
というか、咄嗟に死角になるよう体勢を変えたせいで無理が出たらしい。そうなれば、痛みはなくとも息は詰まる。
「……逢坂さん?」
「…………」
小声で言うも、逢坂さんは何も返さず歩兵型を片付けていた。
……全くもう。
「向こう、人数が少ない! カバーに入って!」
大声が響く。例の支援魔道士の人の声だ。
それを聞いた十九層側のパーティの人たちが、こちらの状況に気づいて振り返る。
けれどそれよりも早く、支援魔道士の男性がこちらへと駆け寄ってきた。
速い。自分にアジリティ・ブーストをかけているのかも。
「支援いきますよ!」
「!」
来た。
わたしにインテリジェンス・ブーストなり何なりをかけてもらえば、そこから術式を読み取って——
「ストレングス・ブースト!」
——しかし、支援魔道士の男性が杖を向けたのは、わたしではなく……逢坂さんだった。
「……感謝する」
一瞬ものすごく微妙な顔をした逢坂さんは、すぐに切り替えて子機への対応に戻る。
短剣の一振りだけでとどめになってしまっている。明らかに膂力が上がっていた。
……まあ、そりゃね?
Dクラスの魔道士を守るCクラスの斥候。どちらを先に強化するかと言われたら、わたしも斥候の方を選ぶだろう。
残念だが当然である。
そうこうしているうちに、手の空いた三人パーティまでも援護に入ってきた。
わたしが支援スペルを受けることは、もうなさそうだ。
「おいおい、もう品切れらしいぜ!」
威勢のいい声を受けてマザーを見上げると、割れた腹からはもう何も出てきてはいなかった。
「こうなるとマザーは直接戦闘モードに入る。一気に叩こう」
支援魔道士の人の言葉通り、ガーディアン・マザーは床に降り立った。
大きい。かなりの迫力だ。
八本の脚が地面を蹴り、滑るように移動する。機動力は健在であるようだ。
上半身にある腕の先には、鋭い鉤爪が光っている。
薙ぎ払うように振るわれたそれを、重戦士の男性が弾き飛ばす。
「オラァ!!」
その重戦士——二十一層側からの参加者——は、盾役ながら盾を持っていない。攻防一体の、分厚い両手斧を振り回している。
盾持ちならば「シールドバッシュ」なんかのスキルで突進するところを、彼はその身ひとつでタックルしてマザーの体勢を崩した。
いくら肩周りに装甲があるとはいえ……とんでもない。
これもあの男性の支援スペルの力なのだろうか。
その隙に同じパーティの斥候らしき人と攻撃魔道士が左右から挟み込む。慣れた動きだ。
たぶん、何回かこのガーディアン・マザーを相手取っているのだろう。
そんなマザーは重戦士の斧をなんとか弾いて、こちら側へ旋回しようとしていた。
「柊。脚を止めろ」
「っはい!」
杖を構え、マザーの前脚が踏み出す瞬間を狙う。
「トルネード……!」
前脚二本に纏わりつくように竜巻を叩きつけると、マザーの巨体がわずかにつんのめった。
ほんの一瞬。それで十分だった。
逢坂さんが低い姿勢から駆け出す。蜘蛛の脚の間を潜り抜けて、短剣がヒューマノイド体の脇腹にあたる継ぎ目を抉った。
引き抜きざまに身を翻して離脱する。
「傷口を狙え!」
誰かが叫ぶ。五人パーティも追いつき、四方から攻撃が集中し始めた。
マザーが逃げ出そうとするのを、両手斧の重戦士が正面から押し留める。
斥候がもう一本、脚の関節を斬り飛ばした。マザーが大きく傾く。
攻撃魔道士たちが火と土のスペルを浴びせる。わたしも不可視の刃を逢坂さんが暴いた継ぎ目に向けて飛ばした。
外装が剥がれ、中から火花が散る。
戦士たちの攻撃によって、一本、また一本と脚が折れる。
マザーのヒューマノイド体が仰け反って、鉤爪が虚しく空を掻く。
そして——ガーディアン・マザーは、支えを失ったかのように崩れ落ちた。
鉤爪が力なく床に垂れる。脚の一本一本から光が消えていく。
腹部の明滅がひときわ強くなって——消えた。
「————やった!!」
「これで合格かな!?」
歓声が上がる。
わたしも混ざりたいところだけれど、今はそれよりも重要なことがあった。
「逢坂さん!」
今、逢坂さんにはストレングス・ブーストがかかっている。
効果が消える前に触れることができれば、術式を読み取れるかもしれない……!
逢坂さんとの間には距離があった。思いっきり駆け出して、ジャンプして飛び込む。
向こうもそれを察したように両腕を広げて————
「っ! ……?」
——何か一瞬掴みかけたと思った瞬間、それがすり抜けるようにして消えた。
逢坂さんの肩口の向こうで、マザーの巨体が塵となって消えていく。
……戦闘終了と共に、支援スペルの効果は終わった。
「…………」
「…………」
何の意味もなくただ抱き着いただけの人になったわたしを、逢坂さんはそっと地面に降ろした。
…………悲しい。




