第41話 クラスCにむけて
『ピピ、ピピ、ピピ……』
「————んぁ」
スマホのアラームで目を覚ました。
周りの景色も寝床も、何もかもが自分の部屋とは違うことを暫し訝しみ……昨夜はダンジョンでキャンプだったのだと、ようやく思い出す。
「ふわぁ……」
洗顔と歯磨き代わりに指を回して浄化の魔法を使う。ついでに寝袋も対象に。
寝る時の楽な恰好から、ダンジョンに出かけられる恰好へと着替え、髪を整える。
その他諸々の身支度をして、ローブは——まだいいか。
寝袋や脱いだ服、身の回りのものをカバンに突っ込んで、テントのドアをそっと開ける。
「逢坂さん……?」
出入口すぐのところに銀髪が見えた。まだ眠っているらしい。
眠りの魔法が効きすぎたのか、それとも朝はこんなものなのか。
時間はあるのだし、もう少し寝かせておこう。
わたしは……のんびりと朝ごはんの支度でもしようかな。
移動は逢坂さんを起こさないよう、慎重に。
空の焚火台に魔法の火をともして、作業を始めた。
ハムチーズとツナマヨキャベツ、二種類のホットサンドを作る。
パンの焼ける匂いってどうしてこんなに美味しそうなんだろうな、なんて考えていると、向こうもそれは同じだったらしい。
背後から衣擦れの音と共に、逢坂さんが起き上がる気配がした。
「…………おはよう」
「おはようございます。もうすぐできますよ」
並行してコーヒーを淹れつつ、逢坂さんに向けて指を回す。
わたしと同じく浄化の魔法をかけられた逢坂さんは、一瞬だけ身じろいで目を見開いた。
「……今後俺に魔法を使うときは前もって言ってくれ」
「善処します」
切り分けたホットサンドを載せたお皿と、コーヒーのケトルをテーブルに置いたところで、逢坂さんはやれやれと首を横に振りつつも席に着いた。
……それにしても。
わたしの眠りの魔法を以てしても、逢坂さんの目の下の隈は未だ色濃い。
これは手ごわい相手になりそうだ。
---
「忘れ物は……なさそうだな」
「問題なしです」
来たときと同じく空っぽになった小部屋を見回して、二人して頷く。
わたしはローブを、逢坂さんはコートとプロテクターを着込んで、探索の準備はばっちりだ。
部屋を覆っていた魔法を解除して、外に出る。
まずはこの第十八階層のフロアボスを倒さなければならないので、探索用の使い魔を一斉に飛ばした。
「……運がいいですね。すぐそこにランダムポップ型のボスがいます」
「そいつは幸先いいな」
フロアボスまでの道のりは先導役の使い魔に任せ、わたしは時刻を確認する。
今日の第二十層への挑戦については、事前に協会のみなとみらい支部へ申告してある。クラスアップ審査のための撮影機材の準備がいるからだ。
その時、「できればこの時刻に来てください」という感じの案内があった。
わたしたちの他にもクラスアップ審査を受けたい人がいて、その人たちと同時に済ませたいみたいだ。
監督役の人や協会職員さんがいる間なら、早くても遅くても審査はしてもらえるのだけれど……まあ、ご協力くださいと言われたのなら、そうした方が心証がいいだろう。
「どうだ?」
「全然間に合いそうですね。むしろ待つことになるかも」
「ま、それもいいさ」
曲がり角の先には、人避けの魔法を展開中の使い魔が待っていた。
使い魔のコウモリを肩に乗せ、フロアボスのいる部屋の扉を開ける。
さて、ちゃちゃっと済ませて第二十層への階段へ向かうとしよう。
---
わたしの雷が特効となる機械型モンスターは、もはやわたしたちの敵ではなかった。
第十九層のフロアボスもサクッと見つけては倒し、とうとう第二十層へ至る階段の前までやってきた。
まだ指定の時間には早いので、少し休憩中である。
「ここのボスがどういう奴かは知ってるよな」
「雑魚湧きがあるんですよね?」
「ああ」
既に調べてはあるけれど、この機会にもう一度おさらいをしてみる。
みなとみらいダンジョンにおいて、機械型モンスターは第二十層で打ち止めだ。
そのせいか、ここのボスは機械型の集大成みたいになっている。
機動力の高い本体から大量の子機を放ってくる、ガーディアン・マザーSPD。
多脚タイプやドローンタイプなど、様々な敵を相手にすることになる。
もちろん、本体も並大抵の強さではない。
いよいよレジャー感覚ではなく、命のやりとりであることを認識させてくる頃。
それがCクラスの入口なのだ。
そのせいか、監督役のベテランさんも、第十層では一人だったのが、ここでは三人組である。
「クラスアップ対象者の方はいらっしゃいますか~!」
職員さんが待機中の探索者たちに向かって呼びかけを行っている。
スマホを見ると、そろそろ指定の時間になる頃だ。
何人かが手を挙げて、職員さんの方へ集まっている。
「ほら」
逢坂さんに軽く背中を押されて、わたしもおずおずと手を挙げる。
ずっとダンジョンでは隠形の魔法でひっそりしていたから、自己主張するのはやっぱり慣れない。
……薄々思ってはいたけれど、逢坂さんのこういうところ、お父さんを思い出すなあ。
「ライセンスを拝見します……柊千世さんですね。申し込みを確認しております。パーティメンバーは合計お二人でお間違いありませんか?」
「はい」
「承知いたしました。こちらでお待ちください」
後ろで控えていた逢坂さんと共に、他のクラスアップ挑戦者の人たちと同じ場所で待つ。
三人パーティと、五人パーティ。ソロの人はいない。
……そして、なんとなく視線を感じる。
「この度はクラスアップ審査の効率化へのご協力、誠にありがとうございます」
職員のお姉さんが頭を下げるので、こちらも会釈で返す。
「ライセンス取得時に同意していただいたと思うんですが、改めて。クラスアップ審査のため、今回のフロアボス戦では映像記録を取らせていただきます。この映像は対象者のクラスCへの昇格審査に使わせていただきますが……参加者の皆さんが今後クラスBの昇格審査を受けるにあたり、素行調査に用いられる場合がありますので、あらかじめご了承くださいね」
そういえば、そんな感じの同意書があったような気がする。
協会側の説明を鵜呑みにしてサインしてしまったけれど、今度自分でも読み込んでおこう。
「先ほど、第二十一層側からの参加者の方にも映像記録に関する同意をいただきました。向こう側で待機してらっしゃるのが四人パーティなので、合計十四人での挑戦になります」
確か、大ボスの目安は十五人だったっけ。
一人少ないけれど、まあ問題ない数ではある。
「通常の第二十層フロアボス戦と同じく、制限時間内に倒せなかった場合、または参加者に命の危険があると判断した場合、監督役の探索者が介入します。その場合でも、映像記録に基づき十分な貢献が確認されれば合格もありえますので、最後まで頑張ってくださいね」
ということは、もしベテランさんの介入があったら、映像をよりしっかりと精査されてしまうということだ。
ここは危なげなくクリアを目指したいところである。
説明を聞き終えたので、大ボスフロアへの待機列に並ぶ。
周りのパーティは、「雑魚敵に対してどう対応するか」「本体を追う役は」みたいな相談をしている。
「いいか。雷は使うな」
逢坂さんがわたしの耳元まで屈み込み、低い声で囁いた。
「風か、水か。基本属性で通しておけ」
「了解です」
「……それと、もし支援型魔道士にバフをかけてもらえる状況になったら——」
「わかってます。読み取り、試してみますね」
こちら側の参加者の中には、杖を持っている魔道士らしき人が二人いる。
攻撃型と支援型の区別は、見ただけではつかない。光か闇の特化型の可能性だってある。
この中に支援型魔道士がいて、パーティ外の参加者にまで支援スペルが飛んでくる可能性は低いけれど……機会があるなら逃す手はない。
「逢坂さんも、自分の身体を盾にするような戦い方、やめてくださいね?」
「…………」
「わたし、絶対解除しませんからね。もし録画されたら困るんですからね」
言わずもがな、障壁の魔法の話である。
逢坂さんは黙って肩を竦めた。……それは了承の意ということでよろしいのか。
「出発しまーす! お気をつけて!」
職員さんの合図と共に、わたしと逢坂さんを含む一団が、ゆっくりと第二十層への階段を上り始めるのだった。




