第39話 はじめてのキャンプ
「……本当に俺が持たなくていいんだな?」
「斥候に荷物を持たせるパーティなんてありませんよ。中身ほど重くないので大丈夫です」
来る五月一日、土曜日。
有給休暇なんてない学生のわたしは昨日普通に講義があったものの、世間的にはもうゴールデンウィークの最中である。
カレンダー的にも、今日が五連休の初日となる。
この連休中に探索を進めようという人が多いのか、みなとみらいダンジョンも大盛況だ。
お母さんのお下がりを引っ張り出してきたわたしのカバンは、魔法によって空間拡張が施されているので、キャンプギアが詰まっていても大した荷物にはなっていない。
一方、一緒にゲートの順番待ちをしている人たちを眺めてみると、テントやら何やらの大荷物を抱えているパーティが少なくない数見て取れた。
ダンジョン由来の技術による空間拡張はそこそこのお値段がするので、手が届かない人も大勢いるのだろう。
「にしても、こりゃ中継キャンプを使うのは無理そうだな。端からそのつもりはないが」
「ですねぇ……」
「幸いこのダンジョンは全部屋内だし、部屋も多い。適当なところでテントを張りゃいいだろう」
「お風呂とかはわたしが何とかするので安心してくださいね」
「頼りになるこって」
そんな話をしているうちにわたしたちがゲートを潜る番になり、順番待ちからやっと開放されたと思ったら……第十一層へ繋がるオベリスクにもまた、かなりの行列ができていた。
たぶん、今のわたしはチベットスナギツネみたいな顔をしているだろう。
何せ、頭上の逢坂さんの横顔もそうなのだから。
「思わぬところで時間を食うな……」
「ま、まあ、どうせ泊まりですし。気長にいきましょうよ」
「……そうだな」
逢坂さんを励ます一方で、わたしの脳内にはいつかネットで見た「計画性」の三文字が浮かんでいたのだった。
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モンスターがすっかり掃討された道のりを進み、第十六、十七層のフロアボスを倒し。
特筆すべきこともないままに、第十八層まで辿り着いた。
もうすぐ晩御飯の時間ということで、今日の探索はここまで。
探索者アプリのマップを眺めながら見繕った、キャンプに良さそうな小部屋まで歩く。
「ここですね。階段までのルートからは外れてますし、わたしたちが占有しても大丈夫そうです」
「だな。早速設営するか」
テントの用意はあるものの、整備された中継キャンプではなく小部屋を使うとなれば、プライバシーやらセキュリティは気になるもので。
わたしたちは小部屋を丸ごとひとつ使って、そこで野営をすると決めていた。
もちろん、人もモンスターも入ってこれないよう、魔法でしっかり対策するものとする。
逢坂さんにテントを渡して、わたしは晩御飯の準備を始める。
——そう、キャンプ飯である!
「ふふーん」
鼻歌を歌いながら、まずは熱源となる焚火台をセットする。
本当は魔法でなんでも温められるのだけれど、こういうのは雰囲気が大事だ。
なお、さすがに燃料は用意とか後処理とかが大変だし、魔石式のコンロは高かったので、炎だけわたしが魔法で用意する。
……かつて楽しみにしていた遥香ちゃんたちとのキャンプは、結局あんな形になってしまった。
今の相手は逢坂さんだけど、この際贅沢は言うまい。やりたかったことをやらせてもらうことにする。
まずはスキレットでベーコンを炒める。カリカリにせず、ちゃんと肉感を残す方がわたしは好きだ。
その間に器を兼ねる小さな手鍋を二つ、水と牛乳を入れて火にかける。
どれも小さいので、焚火台に設置した金網の上に収まって助かる。
「パスタか何かか?」
「ラーメンです」
「ほーん」
ベーコンと牛乳の匂いが届いたのか、設営中の逢坂さんから声がかかった。
そう、今日は塩ラーメンをクリームパスタ風にアレンジするつもりだ。
小鍋が沸騰してきたので、麺とスープを投入し、スマホのタイマーをセットする。規定の時間より短めに。
時間を見ながら麺をかき混ぜて、あと少しというところでピザチーズを投入。
具材として先ほど炒めたベーコンと、それからベビーリーフ。仕上げに黒コショウをかけて……
「できましたよー!」
振り返って声をかけると、既にテントはもちろんのこと、テーブルと椅子まで用意されていた。
鍋敷きと割り箸を先に並べていると、逢坂さんが湯気の立った小鍋を二つ持ってきてくれていた。
テーブルの向かいに二つ置かれたラーメン入りの小鍋。紛うことなきキャンプ飯である。
「ありがとうございます」
「これくらいはな」
「設営の方が大変だったと思いますけど……そうだ、手を出してください」
「? こうか」
訝しげにしながらも差し出された手に向かい、人差し指をくるりと回す。浄化の魔法だ。
「はい、これで綺麗になりました。寝る前にこれを服まで含めて全身にかけますね」
「…………便利なもんだな」
「そうでしょうそうでしょう。あ、ほら、ラーメン伸びちゃいますよ。食べましょう」
逢坂さんは一瞬固まっていたけれど、わたしが声をかけたら再始動して席についてくれた。
そういえば、何度か魔法を見せてはいたけれど、逢坂さんに対して使うのは初めてだったかもしれない。
……驚かせてしまっただろうか。
「いただきます」
「……いただきます」
ふーっと息を吹きかけて、まずは一口。……うん、硬めに茹でたのは正解だった。
「美味いな……お前、料理できたのか」
「全然大したことはしてないんですけど……でも、一人暮らしが長いですからね。人並みに自炊はできますよ」
キッチンの使用形跡のない逢坂さんと違って、という言葉は飲み込んだ。
「足りなかったら言ってくださいね。ご飯もあるので、〆のリゾットにしましょう」
「ああ……なら、後でいただくか」
「はーい」
それにしても。
自分の作った料理を誰かが食べてくれて、しかも美味しいと言ってくれることが、これほど嬉しいなんて思わなかった。
——いつかの遥香ちゃんも、こういう気持ちだったのかな。
向かいの逢坂さんから表情を隠すように、わたしは小鍋に視線を落とし、スープを一口啜った。
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二人して麺を食べ終えたので、ご飯を一膳用意する。
本来は電子レンジで温めるものだけれど、そんなものはないので、今回は魔法で。
四分の一だけわたしがもらって、残りを逢坂さんのスープに投入した。
「……もし、逢坂さんがよければ、なんですけど」
小鍋を二つ、もう一度火にかけながら、ふと思いついたことを口に出してみる。
「何だ」
「逢坂さんのお家にお邪魔するとき、わたし、何か作りましょうか」
すぐに返事がなかったので振り返ってみると、逢坂さんは目を丸くしていた。
「……そこまでする必要はないんだが」
「逢坂さん、わたしがいない平日の日中、何食べてるんですか?」
質問で返すと、逢坂さんは黙り込んで目をそらした。
案の定である。
リゾットがいい具合にふつふつと温まったので、少しかき混ぜてスプーンと共に差し出す。
「今日こんなの出してるわたしが言えたことじゃないですけど、結構偏ってると思うんですよね。ダンジョンに持ち込んでるお弁当も、なんか……アレでしたし」
「…………」
「別にわたしが作り置きとかしなくたって、今は冷食のサブスクとかありますから、何でもいいんですけど……今後ダンジョン探索を積極的に進めるなら、体は資本だと思います」
予防線を張りつつ、向かいに座ってリゾットをいただく。
逢坂さんも、黙ったまま一口目を口に運んだ。
「……本音は?」
「久しぶりに料理して楽しかったので」
ばれてーら。
「だって……朝はわたしだって簡単に済ませますし、昼は友達と学食ですし。機会がないんですよ、機会が」
「だからってなあ……はあ」
溜息をつく逢坂さんに、思わず笑顔になってしまう。
これは観念したときの溜息だ。
「……材料費は先に渡しておく。キッチンは好きに使え」
「はーい、ありがとうございます」
「礼を言うのは俺の方だと思うんだが……」
苦笑する逢坂さんの顔を眺めながら、わたしはダンジョンから帰って最初のメニューを何にするか考えつつ、リゾットを口に運ぶのだった。




