第38話 麻婆豆腐は少し辛い
「使い魔から報告です。ランダムポップの前に徘徊型を見つけちゃったみたいで……ここから二つ分階段を上がったところにいるそうです」
「ああ。……いい時間だ、ここのフロアボスを倒したら引き返すか」
「了解です」
あれからフロアボスを探しては倒しを繰り返すこと三回。第十五層のフロアボスを見つけたところでタイムアップ。
使い魔のおかげでフロアボス戦の待ち時間なしで探索を進めてきたものの、徒歩での探索はここらが限界である。
「しかし、やはり機械に雷は効果覿面だったな」
「でもさすがに効きすぎだと思うんですよね。やっぱりスペルとは違うからでしょうか」
「おそらくは——待て、魔法で生み出す雷と魔術で生み出す雷にそう違いはないはずだが……雷属性のスペルにも術式があるとすれば、その中に示される『雷』は魔術のそれとは性質が異なる可能性も……それで正確な翻訳と言えるのかどうか……」
「また考え込んでる……」
わたしの魔力機関と同じくらい、逢坂さんの頭もよく回るようだ。
「ダンジョンの中で使う魔術なら、ダンジョンの中の『雷』の方が便利なんじゃないですか? 機械に多少よく効いたって、ゴースト系には全然効かないんですよ、ただの雷は」
「…………確かにそうだが、ここははっきりさせておく必要が」
「そういうのは実際に術式がわかってから考えましょう? ね?」
使い魔に指示を出しながら、逢坂さんの背中を押す。
同時に、せっかく見つけたフロアボスが他の探索者に見つからないよう、隠形と不可視の魔法を使い魔越しに展開しつつ、こちらへ誘導する。
全く、わたしが仕事のできる魔女であることに感謝してほしいものだ。
「……あ、右の角から四足型が三体——」
「今いいところなんだ、邪魔するな」
さすがは斥候型というところか、わたしの使い魔による前方索敵とほぼ同時に、逢坂さんが駆け出して機械型モンスターを解体しにかかる。
ちゃんと周りが見えているなら、まあ、いいか……なんて思いながら、わたしもモンスターに直接雷撃をお見舞いした。
かつての逢坂さんの目的はあくまでダンジョン内で何らかの術式を見つけることであって、探索を進めて強くなることではなかった。
だから、あの隠し部屋を見つけて以降、みなとみらいダンジョンの探索を進めることはなかったそうだ。
でも、それは「みなとみらいダンジョン第十一層程度の実力しかない」とイコールにはならない。
先日、二十一層ボスのスペクターの経験値をわたしと二等分したこともあるだろうけど、わたしがいなくてもいいくらいの活躍を見せてくれている。
そのスペクターだって、もし逢坂さんが不意打ちの弱体化を食らわず、属性武器が壊れなかったら、わたしの手はいらなかったかもしれない。
「……雷を表す術式そのものに仕掛けがあるのか、それだと属性武器に一切の術式が感じられなかったのはどういうことか……属性にまつわる資源がダンジョン外でも使えることとの関連性は……」
——で、戦闘が終わったらまたこうなってしまうわけだけれども。
「このひとつ上の階でボスと合流予定ですからね。油断は駄目ですよ」
「わかってる」
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そうして道中の敵を蹴散らしつつ、階段を上がってからしばらく。
優秀なわたしの使い魔が、予定通りに徘徊型のフロアボスをこちらに誘導してくれていた。
「人型ですか……」
「武器持ちか。ま、俺としちゃこっちの方がわかりやすくていい」
使い魔を回収すると、標的を見失ったフロアボス——アドバンスド・ヒューマノイドTYPE-Bというらしい——がこちらに頭部センサーを向けた。
おそらく、正確にはわたしに。
「よそ見するなよ——バックスタブ」
逢坂さんが飛び出したかと思えば、モンスターの背後に移動していた。
続けてモンスターの頸椎にあたる部分を抉り取るように攻撃する。
けれどそれでも浅かったのか、それとも見るからに弱点となりそうな部位は対策されているのか。
フロアボスは動きに精彩を欠きつつも、手に持った剣で反撃してきた。
「チッ」
逢坂さんが後方に大きく跳んで距離を取る。わたしと一緒に挟み撃ちする形だ。
「雷撃いきます!」
気持ち強めに雷を落とす。
それだけでモンスターは一瞬動きを止め、それから各所に火花を散らして無秩序に暴れだした。
「おっと」
キィン、という甲高い音。
逢坂さんが左腕を盾に剣を防御していた。あらかじめわたしがかけておいた障壁の魔法だ。
……あれをわたしの魔法なしでもやらかすのが、逢坂さんの恐ろしいところだ。
普段からそんな感じの肉を切らせる戦法だったらしい。軽傷で済むうちに発覚して本当によかった。
「もう一発!」
暴れるモンスターに向けて、二回目の雷撃を放つ。
再び一瞬動きを止めて——そして、その一瞬で十分だったらしい。
逢坂さんの短剣が、モンスターの首を今度こそ斬り飛ばした。
「よし」
制御を失ってふらつくモンスターの胸部に、ダメ押しの一突き。
そうしてモンスターは崩れ落ち、遠くに転がっていた頭部と共に塵と化した。
その場にはドロップアイテムが残り、塵となった魔力は床をすり抜けて消えていった。どうやら次のポップ地点は階下であるらしい。
「……次は下か?」
視線を感じたので顔を上げると、逢坂さんがこちらを見ていた。
フロアボスの残滓である魔力を、わたしが目で追っていたことがわかっているのだろう。
「はい。また遭遇しても面倒なので、さっさと帰りましょう」
「同感だ」
ドロップアイテムを回収し、二人で来た道を引き返す。
戦っている最中は人避けの魔法を使っていたけれど、今はそうではない。
同じく戻っていく探索者の人もいれば、この階にある中継キャンプを目指しているであろう人もいる。
一方で隠形の魔法は継続中なので、会話内容に気を遣う必要はなかった。
「ねえ、逢坂さん。さっきの話なんですけど」
「あん?」
さっきの逢坂さんの独り言に思うところがあったので、この機会に披露してみることにした。
「ダンジョンにおける属性って、概念だと思うんですよね。剣の魔法だって、あれは剣という概念を形にしたものだからスペクターに効いたと思うんです」
わたしの雷は物理現象だから、機械にはよく効く一方でゴースト系には効かない。
ダンジョンの属性攻撃とわたしの剣の魔法の共通点が「概念による攻撃」だとしたら、しっくりくる。
「で、魔術師の人が魔術の道具を作るとき、媒体に術式を刻むってこの前本で読みましたけど……魔法使いの製作品ってそういうことしないんですよね。効果を概念として付与するんです」
「…………」
「それと同じことをしていると考えれば、最初から属性がついてる武器に術式が感じられなくてもおかしくないですよね? 属性の力をもつ資源……ううん、装備以外のドロップアイテム全般がダンジョン外で使えるのも、術式で動いてるわけじゃなくて、そういう概念が付与されてるんじゃないかなあって——」
自分でも考えながら喋っていたところで、逢坂さんが足を止めているのに気づく。
「逢坂さん? ……わたし、とんちんかんなこと言っちゃいました?」
「…………柊」
「はい?」
逢坂さんの大きな手が、わたしの両肩をガシッと掴んできた。
「俺は今、お前を持ち上げて三回転くらいしてやりたい気分なんだが」
「……やってもいいですけど、たぶん後悔するのは逢坂さんですよ」
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逢坂さんがおかしなテンションから黒歴史を作るのを何とか阻止して、ダンジョンから無事帰還した。
晩御飯はわたしのリクエストを何でも聞いてくれるというので、前々から食べてみたかったものをお願いすることにした。
「……もっと高い店でもよかったんだぞ」
「いいじゃないですか、町中華」
横浜に越してきたからには食べてみたかったのだ。
でもこういうお店は当たりはずれが大きそうだから、地元民である逢坂さんを頼ったわけである。
駐車場に車を停めてから少し歩いたところに、黄色い看板の町中華があった。
年季の入った引き戸を開けると、油と醤油と炒めものの匂いが一気に押し寄せる。
カウンター席と小さなテーブル席がいくつか。壁にはメニューの短冊がずらりと並び、奥の棚の上にテレビが乗っている。
土曜の夜という時間帯にしては、運よくカウンターの端の二席が空いていて、わたしたちはそこに並んで座った。
「ご注文は?」
「麻婆丼をお願いします」
「レバニラ定食と、餃子一皿。飲み物はジンジャーエールと……」
「あ、オレンジジュースで」
カウンターの向こうの店員さんに注文を伝えて、二人してお冷で喉を潤す。
……うーん、水道水の味。
「第二十層を目指すのは来週として、それまではどうするんですか? 明日とか」
「ん? ああ……平日は座学の続きとして、明日は休養日ってことでもいいが」
「お休み……」
……正直、わたしは明日も勉強しに行ってもいいのだけれど。
逆に逢坂さんの方にもお休みが必要だろう。
わたしはわたしで、そろそろ実家に一度帰って手入れしておきたいし。
「じゃあ、それで。逢坂さんも休んでくださいね」
「はいはい」
……それにしても、ここ二週間毎日のように逢坂さんのところに通い詰めていると思うと、不思議なものだ。
それまではお互い全く知らない他人だったのに。
なんとなく店内を見回してみる。
お父さんも、よくこんな感じのお店に連れてきてくれたっけ。
中華屋さんじゃなくて、ラーメン屋さんだったけれど。
「お待ちどう」
「あ、はい。ありがとうございます」
わたしの側に麻婆丼とオレンジジュース。逢坂さんの側にレバニラ定食と餃子、それからジンジャーエールが運ばれてきた。
逢坂さんは自分のレバニラ定食のトレイを手元に引き寄せてから、餃子の皿をわたしとの間に置いた。
「ほら、これも食え」
「いいんですか?」
「ああ」
お言葉に甘えて、端のひとつを口に運ぶ。
焼きたての餃子は皮がカリッとしていて、かじった瞬間お肉の旨味が口いっぱいに広がった。
麻婆丼の方は家庭的な味で、辛さも程よい具合である。
逢坂さんはといえば、レバニラを口に運びながらも、やっぱり考え事をしているようだった。
さっきのわたしの思いつきについて、真剣に考えているのかもしれない。
黙々と箸を進めるわたしたちをよそに、テレビではニュースが流れている。
政治の話、天気の話、連休前の交通情報。
聞くともなしに耳に入ってくるそれを、特に気に留めることもなく——
『——続いては、話題のダンジョン探索者についてです。先日、日本最速でのクラスB昇格を果たした探索者・神林正光さんが、パーティメンバーの女性四名との婚約を発表し——』
餃子をつまむ箸が止まった。
テレビの画面には、見覚えのある顔がある。
まっすぐな目をした、まるで少年みたいな雰囲気の男性。その隣に並ぶ、四人の美しい女性たち。
……脳裏に浮かぶ三人の顔がそこにないことに、安堵すればいいのか、憤ればいいのか。
「やってんなあ」
逢坂さんが箸を止めないまま、テレビをちらりと見てそう言った。
ニュースキャスターの声がマルチパートナーシップ制度の概要や法的な位置づけを説明している。
「お前もああいうのは女の敵だとか思う口か?」
からかうような声が上から降ってくる。
「……別に、本人たちが心から納得してるなら、個人の自由でいいんじゃないですか?」
事実だった。
わたしの知らない誰かが何人妻を持とうと、何人夫を持とうと、その両方を持ったって、それはその人たちの自由なのだから。
それが、本当に本人の意思ならば。
「ほう。ドライだな」
「今時の子はだいたいそうですよ」
画面の中の笑顔を、それ以上見ないようにした。
麻婆豆腐がさっきより辛く感じるのは、たぶん、気のせいだろう。
「——ごちそうさまでした」
「ごちそうさん」
帰り道の夜風は、辛い物を食べて火照った身体にはちょうどよかった。
逢坂さんの車に揺られて、いつもの駅で降ろされる。
「じゃあ、また明後日に」
「おう。……ああ、わかってると思うがキャンプの準備はしておけよ。テントは俺が用意する」
「はーい」
逢坂さんと別れて、ひとりで駅の構内を歩く。
さっきのニュースのことなんて、もう頭の隅にも残っていない。
——残っていない、ということにした。




