第37話 二週間の成果
みなとみらいダンジョン第十一層。
次のフロアへの階段や、フロアボスのポップ地点へのルートから外れた、人気のない袋小路。
人避けや不可視の魔法まで重ねたその場所で、わたしと逢坂さんは機をうかがっていた。
「そろそろ次のが来ます」
「ああ」
使い魔を使っておびき寄せている機械型モンスターが、もうすぐこの角から現れる。
それを知らせると、逢坂さんは短く返事をして、片腕でわたしを抱え上げた。
「これ、やっぱりバランス悪くないですか?」
「問題ない。それより、もっとしっかり掴まっておけ」
「はぁい」
逢坂さんの邪魔にならないよう気を付けながら、落ちないようにしっかりとしがみつく。
地面が遠い。天井が近い。
「これが地上二メートル超の視界……」
「普段飛んでいる奴が言うことか? 口開けてると舌を噛むぞ」
「…………」
きゅっと唇を引き結んだわたしを逢坂さんは鼻で笑い、それから通路の方を見据えた。
わたしの耳にも足音が聞こえてくるところまで近づいている。
「いいか、タイミングはモンスターがこっちに駆け寄ってきた直後だ」
こくりと頷くと、逢坂さんも頷きで返した。
目を閉じて集中し、手のひらから伝わる感触に集中する。
使い魔を追ってきたモンスターの足音が、わたしたちの前まで到達して……こちらの姿を見つけて向かって来る。
「——バックスタブ」
逢坂さんがスキルを宣言するのと同時に、突風が吹いた。
「ゔ」
振り落とされそうになって、しがみつく力を強める。
目を開けると、モンスターの背後に移動した逢坂さんが短剣を振りぬき、モンスターの頭部——カメラとかセンサーがついているところ——を斬り飛ばしたところだった。
残った胴体も逢坂さんに蹴り上げられて、壁にぶつかったところで沈黙し、塵と化す。
「どうだった」
若干目を回しているわたしの顔を、逢坂さんが覗き込んできた。
「…………」
「…………」
「……よくわかりませんでした」
沈黙。
わたしたちはたっぷり数秒間顔を見合わせて——どちらからともなく、大きく溜息をついた。
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逢坂さんと出会い、研究のお手伝いを始めてから、早いもので二週間が経った。
大学のある平日は、授業終わりにまっすぐ逢坂さんの研究室に向かい、術式とにらめっこしたり大学の課題を済ませたり、美味しいご飯を食べさせてもらったりした。
先週の土日も午後いっぱいそんな感じで、まさに座学・座学・座学という日々だった。
今週になってやっと、逢坂さんが組んだ魔術式を読み取る練習まで漕ぎつけたところである。
逢坂さんのみならずたくさんの魔術師の人が目指している、ダンジョン内での魔術行使。
魔女であるわたしは「星幽魔力が使えない(わけじゃないけどせっかく)ならダンジョン魔力を使えばいいじゃない」という感じでカジュアルに代替しているけれど、緻密な術式で事を為す魔術師にとってはそうもいかない。
「まず大前提として、人間はダンジョンに満ちる魔力を操作できない」
「荒々しすぎて操作できるような代物じゃない、でしたっけ?」
「ああ。普段から星幽魔力を扱うお前にはできても、今のところ人間には無理だ」
確かに、わたしは星幽魔力やダンジョン魔力で自分の魔力機関を回せるけれど、魔術師が普段扱うという地脈魔力にはそこまでのパワーを感じない。
というか、それができるなら魔法使いがわざわざ魂に負荷をかけてまで星幽界と接続する理由がない。
だから、そういうものなのだろうと納得した。
「この問題を解決するのが、探索者の体内魔力だ」
身体能力を強化するためなのか、あるいはスキルやスペルの発動に使うのか、探索者の身体にはダンジョン魔力が馴染んでいることがわかっている。
そして、そうやって身体に馴染んだ魔力は、使い勝手自体は地脈魔力とそう変わらないのだそうだ。
「訓練にそこそこの時間はかかったが、体内魔力を意図した形に組むのには成功している」
「もうそこまでできてるんですか」
「ああ。ただ、探索者として活動するためのリソースでもある以上、実戦で余分に使うためには相当の経験値稼ぎが必要になるだろう」
何にせよ魔術抜きである程度戦える必要はある、と。
「そして次の問題が……地脈魔力とダンジョン魔力の術式言語の違いだ」
「わたしがこの前パッキパキにしたあれですよね」
「パキ……まあ、そうだな」
魔術式は地脈魔力を使用することを前提に設計されている。
逢坂さんの扱う術式回路だけでなく、どんな魔術式も例外なく……他の魔力、つまりダンジョンの魔力では動かない。
ダンジョンのスキルやスペル、ギフトなんかは地球の言葉を使っているくせに、そういう言葉を使った術式でもダメらしい。
なんとも小癪である。
ダンジョン魔力は、地脈魔力と同じ理を持っていない。
ただ、スキルやスペルは画一的で再現性のある現象で……その性質は、術式によって決まった結果を導く魔術とよく似ている。
「——だから、魔術と同じく設計——術式を与えればその通りに現象を起こす性質を、ダンジョン魔力もまた持っている……ってのが、俺の支持する仮説だ」
ゆえに、地球の魔術式をダンジョン用に翻訳すること。
これが今の逢坂さんの——ううん、わたしたちの課題だ。
「当てずっぽうの総当たりだが、一応今までに『水』『風』といった一部の効果を表していそうな術式は発見している」
「総当たり……」
「そんなやり方を続けていたらあと何十年かかるかわからん。お前には期待してるぞ」
「……任されました!」
そして今日、満を持してダンジョンでの実地検証を行っていた……わけなのだけれど。
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「……やはり俺のスキルじゃ難しいか」
「すみません、力不足で」
「いや、気にするな。……しかし、どうしたもんか……」
考え込む逢坂さんの横で、さっきの一瞬で掴み損ねたものに思いを馳せる。
わたしに期待されているのは、既存のスキルやスペルに存在するであろう、ダンジョン魔力による術式を読み取ることだ。
スキルやスペルの宣言という同じ入力によって同じ結果を返すならば、そこにも術式に相当する構造があるはず、というのは理解できる話である。
でも、逢坂さんは自分の体内魔力を組み立てることはできても、ダンジョンのスキルやスペルからそういうものを感じ取ることはできないそうだ。
自分で自分の魔力を捏ねているときは、どういう形になっているのか自分でわかる。
けれどスキルを使うときは、(おそらく)ダンジョンが勝手に魔力を捏ねてしまうから、どんな形になっているのかわからない。
平たく言うと、そういうことであるらしい。
一応、逢坂さんが組んだ体内魔力の構造をわたしが感じ取れることは、ダンジョンに潜って真っ先に確認した。
ただ……それには素手での接触が必要だった。目で見ただけではわからない。
そんなわけで、スキルを使っている最中の逢坂さんにしがみつくことで、何とかスキルの術式を読み取ろうとしたのが、今。
…………結果は失敗。
「俺のスキルはどれもこれもああだからな……高速移動、効果は一瞬ときた」
「あの状態で術式を読むっていうのはちょっと厳しいです……」
逢坂さんの動きは斥候というより、もはや暗殺者である。
どう考えても、最初のサンプルとしては難易度が高い。
「理想としては、お前自身がスペルやスキルを覚えていれば、かなりやりやすいだろう。……敢えてもう一度聞くが、スペルは?」
「覚えてないです」
「スキルもか?」
「全然ひらめかないです」
このざまである。
「となると……次善の策は他者からの術式の転写。つまり支援型魔道士の協力か」
「支援型魔道士……」
一番に遥香ちゃんの顔が浮かんだ。
……今頃どうしているんだろう。
「持続性のある支援スペルなら、俺のより余程わかりやすいだろうよ。……支援スペルを受けたことは?」
「……インテリジェンス・ブーストなら何回か。でも正直何の意味もない効果だったので、変化とか全然意識してなくて」
「ま、それは仕方ないさ」
逢坂さんは肩を竦めると、今度はスマホを取り出して何やら呟きだした。
「……来週は確実に混むだろうが……まあ、その方がいいと言えばそうか」
「? 何の話ですか?」
「支援型魔道士を探すのもいいが、他にもできることがある、ってな。お前のクラスC昇格の話だよ」
「??」
どういうことだろう。
まあ、確かにそろそろ昇格したいなと思ってはいた。ダンジョン内での通信制限のせいで動画が見れないのは不便だし。
「このままだとお前がダンジョンにいる時に電話連絡が取れないってのもそうだが……」
「あっはい」
「スキルやスペルのひらめきは必要に応じて発生するという説がある。ならばいつまでも同じモンスターを相手にするより、違う行動をしてみるべきだろう」
「……確かに」
ダンジョン探索者の能力を使わず突っ立って魔法を使っているだけのわたしじゃ、スキルやスペルをひらめく必要性がないということだろうか。
せめて攻撃を避けるくらいはした方がいいのかもしれない。
「クラス昇格の条件はダンジョンによって多少違うが、このみなとみらいダンジョンだと『第十層を五人以内のパーティで突破』か『第二十層の突破』のどちらかになる。他にも魔石の納品なんかの条件はあるが、柊なら問題ないはずだ」
なるほど。
出会ったときの逢坂さんは第十一層からのプレートを持っていなかったけれど、提げている探索者ライセンスには「Class C Explorer」とある。
五人以下であのガーディアン・クレーンを倒したのか、そうでなければ他のダンジョンで昇格したのだろう。
「お前の事情を考えると、大人数に紛れて第二十層を突破する方がいい。自分でもわかってるだろうが」
「ですね。それに大規模戦なら支援魔道士からスペルをかけてもらう機会もあるかも」
「運が良ければな」
それに加えて、二十一層からはモンスターの構成がアンデッド系になる。あのスペクターも、本来は二十一層のフロアボスのはずだ。
剣の魔法が有効なのはわかっているものの、それ以外の魔法は効かない状況。まさに、必要性ってやつが生じるかもしれない。
スマホを取り出して、自分でもクラスアップ要項を調べてみる。
第十層の少人数クリアより細かくは見られないものの、通例にならって立ち合いの探索者が見ているし、クラスアップ対象者がいる時は映像も記録されるらしい。
前回のように全員の記憶からわたしを消すわけにはいかないし、変な証拠が残らないようにしないと。
……軽く隠形の魔法をかけるくらいなら大丈夫かなあ。
「既にクラスCの俺についていくという形なら、一人で悪目立ちすることもないはずだ」
心を読まれたのかと思ってしまうタイミングで、逢坂さんからの補足が入った。
「逢坂さんも来てくれるんですか?」
「当たり前だろ。お前が支援スペルの読み取りに成功したらすぐに確認せにゃならん。……それに、お前がいる今、俺も本腰入れて体内魔力を増やすいい機会でもある」
そうと決まれば、と逢坂さんは短剣を手元でくるりと回す。
「第二十層への挑戦は来週だ。今日は行けるところまでフロアボスを倒しておくぞ」
「了解です。……来週ってゴールデンウィーク始まってますよね?」
「ああ、だから相当混む。ま、その方が立ち合いの目も適当になるだろうよ。……さて、行くか」
再び肩を竦めてから歩き出す逢坂さんの、そのうなじで揺れる髪を追いながら思う。
誰かと一緒にダンジョン探索するのは久しぶりで——やっぱり楽しいな、なんて。




