第31話 対等
「……驚いたな」
向かいに座るわたしと、その隣に立つ使い魔を見比べて、逢坂さんはそう零した。
「地脈エネルギーを取り込む感覚がなかった。その代わりに未知のエネルギーが柊自身から湧き出ていた……これが星幽魔力だとでも?」
何やら早口で呟きつつまじまじと見つめられても、使い魔は少しも動じていない。微笑みを返すだけだ。
やがて、逢坂さんはゆっくりとわたしに視線を向けた。
「お前……本当に魔法使いなのか?」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
逢坂さんは信じられないものを見るような目でわたしを見ている。
まあ、逢坂さんの常識がわたしに当てはまらないというのは本当なのだろう。
わたしだって、「自分はマグマに浸かっても平気だ」と豪語してそれを実践する人間がいたら、たぶん同じ目で見ると思う。
あと、逢坂さんが感じ取ったのは星幽界の魔力じゃなくて、魔力機関が生み出したエネルギーの可能性が高い気もするけど、まあそれを指摘しても仕方ないだろう。
「それに、そっちのは……分身、か?」
「人間型の使い魔です。いくらでもお好きに調べていいですよ」
「…………」
逢坂さんがわたしを見る目の温度が変わった。
何というか……「こいつマジか」みたいな。
「……はあぁ……」
眼鏡を正しながら溜息と共に立ち上がった逢坂さんが、使い魔の肩にそっと触れる。
「……幻影、ではないな。依り代があるようには見えなかったが、使い魔ってのは無から作り出せるのか」
「無からと言えば、まあ、そうですね」
「とんでもないな……」
その言葉とは裏腹に、逢坂さんの口角は上がっている。
次は使い魔の手首を取って、しげしげと眺め始めた。
「……脈はある。肌の質感も人間のそれだ。ここまで精巧なものだとは——」
「…………ふふ」
わたしを魔術師だと思って色々まくし立ててきたときの、あの目の輝きが戻ってきていた。
目の下の隈とその輝きがアンバランスに見えて、思わず少しだけ笑ってしまう。
幸い、逢坂さんは使い魔に夢中で気づいていないようだった。
いろんな角度であちこち観察しながら、「魔力的繋がりは」とか「人体の組成は」とか、一人の世界に沈み込んでいる。楽しそうで何よりだ。
その様子を動かずじっと見ていた使い魔が、こてりと首を傾げてみせる。
瞬間、逢坂さんの動きが止まった。
「おい……まさかこいつ、意思があるのか」
「ないですよ? それっぽい反応をしてるだけです。命令すれば自律的に動きますけど、それ以上のものはないですね」
「……そうか……」
まあ、勘違いする気持ちはわかる。
よろしくといえば頷き返し、撫でれば気持ちよさそうにする使い魔は可愛いものだ。
「なら……こいつも魔法を使えるのか?」
「いえ。わたしと同じ姿をしているだけで、それはあくまで人間を模したものなので。使い魔を通してわたしが魔法を使うことはできますけど」
わたしが直接操作しないと喋ることもできないし、結構不便なのだ。
せいぜい、アリバイ作りに使えるくらいだろうか。あと危険な場所に替え玉として送り込むとか。
「そういえば、人間型だとか言ってたな……他に作れるのは?」
「あくまでわたしの場合ですけど、空を飛べる鳥全般とか、ネズミとかの小動物とか、偵察に向いてる感じの生物ですかね。そのうち、わたしが実際に見たことがあるものに限ります」
そう、見たことがあるものに限られるはずなんだけど……わたしのお母さんは竜だの天馬だのの使い魔に乗って戦ったりしていたらしい。
一体どこで見たのやら。
「……とりあえず、よくわかった」
「もういいんですか?」
「ああ。ここで出来ることは限られてるしな。魔術の痕跡もないし、そもそも依り代なしというのが信じ難い。……認めざるを得んだろう」
その言葉を待っていたとばかりに胸を張って笑ってみせると、逢坂さんはなぜか胡乱な目を向けてきた。解せぬ。
「まあ……正直持ち帰って詳しく調べたい気持ちはあるが……」
「別にいいですけど、長持ちするようには作ってないですからね。わたしと離れすぎたり時間が経ったり、強い負荷がかかったら消えちゃいますよ」
逢坂さんがどこに住んでるのか知らないけれど、たぶんわたしの家は範囲外だろう。
「……強い負荷?」
「うーん、例えば……解剖したりとか?」
「俺を何だと思ってるんだ」
逢坂さんは憮然とした顔をしてそう言った。
もしこれが人間じゃなくてネズミとかだったとしても、そう言えるのかと聞いてみたかったけれど、一応食事の場なのでそれはやめておいた。
逢坂さんが解剖と聞いて眉を顰めたように、わたしにだって良識はあるのである。
---
無事に魔法使いだと認めてもらい、使い魔を片付けてからも、逢坂さんからの質問は続いた。
まず、ダンジョンへの適性があることについて、心当たりはないかということ。
これについては、全くわからない。何しろ、他の魔法使いがダンジョンに入れないなんて、ついさっき初めて知ったのだ。
「とんだ箱入り娘だな。両親なり何なり、先達の魔法使いから何も聞いてなかったのか」
「適性検査を受ける頃にはほぼ一人暮らしだったので……あと、大学を出るまでは人間として生活する約束なので、他の魔法使いがどんな感じなのかも聞かされてないんですよね」
「…………そうか」
そういうわけだから、逢坂さんも深く追求してはこなかった。
次に、ダンジョンの壁をどうやって壊したのかということ。
これも正直に包み隠さず伝えた。壁には高密度のダンジョン魔力が満ちていて、それを取り除けば脆くなる。
ただし、普通に吸い上げると周囲から魔力が補充されてしまうので、何らかの手段で魔力の流れをせき止めなければならないことも。
「ダンジョンの魔力を吸い上げる……だと?」
「魔道士型とか、魔術師なら似たようなことができるんじゃないですか?」
「……大まかに感じ取るだけならともかく、ダンジョン魔力ってのは荒々しすぎて操作できるような代物じゃないぞ。いやしかし、普段から星幽魔力を扱う魔法使いならば、そういうこともあるか——」
……さっきからちょくちょく「マナ」と聞こえてくるけれど、それはつまり魔力ということでいいのだろうか。
魔法使い当事者であるわたしの知らない用語が使われている。
わたしが大学を出たあとに、両親が教えてくれるはずだったのかもしれない。
気になる。
逢坂さんのような魔術師から見た魔法使いがどういうものなのか、とても気になる。
うずうずしているわたしの気持ちを知ってか知らずか、それからも逢坂さんの質問責めは続く。
両親のことを聞かれたらさすがに断ろうと思っていたけれど、逢坂さんが尋ねるのはわたしの魔法についてばかりだった。
「スペクターを仕留めたあの剣も魔法だな?」
「はい、剣の魔法です。なんでか効いたんですよねぇ……概念を形にする魔法だからかも」
「……つくづく有効打があってよかったよ」
眉尻を下げて笑う逢坂さんに、わたしも曖昧な笑みでもって返した。
「そして、俺の傷を消した——恐らく、俺の記憶を一時的に消したのもそうなんだろうが。あれはもしや、俺の時間を戻したのか?」
「……そうです。大した時間は戻せなくて、全部は治せませんでしたけど」
「それでも、未だ魔術では到達し得ない領域だ。……本当に、魔法使いってやつはいつも手の届かないところにいてくれる」
……そうは言うけれど、逢坂さんはわたしが時戻しの魔法を使ったとき、確実に気を失っていた。その間のことは、さすがに覚えていないようだった。
その上で、結果だけを見てわたしの魔法がどういうものかを当ててみせたのだ。
すごいことだと思うんだけど、なあ。
そうやって一頻り聞きたいことを聞き終えたのか、逢坂さんは軽く溜息をついて、ソファに身体を預けた。
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや……色々と聞いておいてあれだが。知りたいことがあっさりと返ってくるというのは、なかなか新鮮なもんだ」
そう言って苦笑するさまを見て、少し前の逢坂さんの言葉を思い出す。
魔法使いと違って魔術師は秘密主義、だったっけ。
わたしとしては、世間に隠れて生きている魔法使いだってじゅうぶん秘密主義な気がするけれど、魔術師は魔術師同士でも隠し事が多いのだろう。
「命を救われたことも含めて、何か対価が必要だろう。……何がいい」
「今まさに美味しいご飯を奢ってもらってますけど」
「こんなんで足りるわけないだろうが」
ならばあのタラの芽の天ぷらをもう一皿、と出かけた言葉を飲み込んだ。
「……わたしのことを秘密にしておいてくれるなら、それだけでじゅうぶんです」
「それじゃあ俺の気が済まない。……一介の魔術師である俺が魔法使いに差し出せるものなんて、早々ありはしないだろうが、な」
——またこの顔だ。
自嘲するような、無力感に苛まれるような、自分の価値を否定するような表情。
その顔を見るたびに、ふつりと胸にこみ上げてくるものがある。
確かにわたしが迂闊だった。正体を知られてしまったのはわたしのミスだ。
けれど、この人は初めてわたしの擬態を見抜いた人だ。わたしを出し抜いて、上回った。
そんな人がこんな顔をするのは、なんとなく嫌だった。
そう、なんとなく。
「————じゃあ、対価として逢坂さんもわたしに教えてください」
「……何を?」
「魔術師のこと。逢坂さんが追いかけていること。……わたしの知らない、魔法使いのこと」
見開かれた目の中、金色の瞳がレンズの向こうで揺れた。
「そういうの、魔術師にとっては大事なものなんですよね?」
「……俺の研究については、まあ、そうだが。…………親御さんの意向はいいのか」
「内緒でダンジョンに潜ってるんです。もうひとつふたつ隠し事があったって、今更ですよ」
「悪い奴だ」
呆れたような声音で言う逢坂さんだけれど、その笑顔の方がよほど悪そうに見えると言いたい。
にぃと口角を上げた逢坂さんの口元から、尖った歯が覗いていた。
「…………いいだろう」
テーブル越しに手が差し出される。少し節くれだった長い指がこちらを向いている。
その手を掴むでもなく、掴まれるでもなく。
わたしと逢坂さんは、お互いの手をしっかりと握りしめた。
★★★
Q. なぜ偵察用使い魔のラインナップに人間が?
A. 千世の知っている中で最も偵察・諜報に優れた存在が人型だから
2026/07/06
今回から週一更新とします。
『現代魔女はダンジョンに潜る』を今後もよろしくお願いします!
逢坂 一夜のプロフィールおよびイメージ画像を公開しています。よろしければ。
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