表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第2章 ウィッチ・ミーツ・ウィザード
35/35

第32話 隠し事

「…………ふぅ」


 マンションに帰りつき、エントランスに灯った明かりに、ほっと息をつく。

 すっかり遅い時間になってしまった。


 あれからお店を出て、逢坂さんに駅まで送ってもらった。

 これ以上話し込んでいたら電車がなくなってしまうからと、続きは明日に持ち越しになったのだ。

 逢坂さんと待ち合わせるために、連絡先も交換した。


 あんなに誰かと会話したのは、いつぶりだろうか。

 大学で友達はできたけれど、長話に花を咲かせるような仲ではない。


 ……遥香ちゃんたちといるときでも、わたしからあんなに喋ることなんて、なかったかもしれないな。


「……ん?」


 ポストを確認してみると、不在表が入っていた。

 宅配ボックスに配達されたらしい。差出人の名前は——"Marya Hiiragi"。

 ……お母さんだ!


 急いでボックスを開けると、小包がひとつ入っていた。国際便だ。

 今度はどこの国から送ったんだろう。差出人住所をパッと見てもよくわからない。


 いそいそとエントランスを抜け、エレベーターで上る。七階の一番奥がわたしの部屋だ。


「ただいま」


 鍵を閉めたことを確認して、カッターで小包を開封する。


 中に入っていたのは、綺麗なポストカードセットと、これは……スカーフだろうか。珍しい模様をしている。

 それから、いかにも高級そうな箱に入っているのは、これまたお高そうな革の財布。

 最後に、両親の連名での、大学入学祝いの手紙。


「…………ふふ」


 手紙に書かれた近況を見るに、どうやら相変わらず仲良くやっているようだ。


 さて、向こうは今何時なのだろう。メッセージなら、まあ、いつ送ってもいいかな。


「入学祝い届きました、ありがとう……と」


 家族グループ宛にメッセージを送り、届いたものを整理する。

 ポストカードはどこかに飾って、スカーフは……明日出かけるときに、細長くして髪にでも巻いてみようかな。

 お財布も明日から使おう。中身を移し替えておかないと。

 それから、手紙も引き出しにしまっておく。


 最後に空になった段ボール箱を畳み、一息つく。

 ……そこにある段ボール箱も、いい加減片づけないとなあ……


『~~~~♪』


「わっ」


 寝室からビデオ通話の着信音が流れ出した。

 慌ててローブを脱ぎ、杖を立てかけて、ビデオ通話用端末の前に座る。

 緑色のボタンをタップすれば、ぱっと画面が切り替わった。……お母さんだ。


『千世、久しぶり』

「うん、久しぶり。お祝いありがとう」

『気に入ってくれたならよかったわ。ごめんなさいね、入学式に行けなくて』

「ううん……気にしないで」


 画質はあまり良くないけれど、お母さんの姿がちっとも変わっていないのはわかる。

 背景に映る窓の外は明るい。向こうでは昼間のようだ。


『そちらはもう真夜中でしょう。もしかして今帰ってきたの?』

「あー、うん。まあ」

『夜遊びはほどほどにしなさいね』

「はぁい」


 具体的に何をしていたのかまでは追及されなかったことにほっとしていると、画面の端からひょこりと人影が現れた。


「お父さん、と……みー太!」


 画面の向こうにいるお父さんの肩には、サビ柄の猫が乗っかっていた。

 昔わたしがカラスから助けた猫、みー太である。


『おお、千世。元気かい?』

「うん、元気。お父さんとみー太も相変わらずだね」


 お母さんが連れて行ってしまったみー太だけれど、一番(なつ)いているのはお父さんだ。

 それもそのはず。みー太を迎えた当時、お母さんは家を空けがちだったし、わたしは学校があって、普段みー太のお世話をしていたのはお父さんなのだ。


『はは、昨日久しぶりに仕事から帰ってきてね。それからずっとこれだよ』

『……むぅ。みー太は私の——』

『はいはい、わかってるから』


 夫婦仲がいいのも相変わらずだ。


『新しいお家はどうかな? もう慣れた?』

「うん。駅が近くて助かってる」

荷解(にほど)きは?』

「……おおむね」


 お母さんがじとりとした目をする。お父さんは肩のみー太を()でながら苦笑していた。


 大学のことや横浜の街のことなど、他愛(たあい)のない近況をしばらく話した。

 そのうち両親の旅先での話に移って、最近はわりと暖かい国にいるらしいとか、みー太は暑がりだけど元気にやっているだとか、そんな調子でぽつぽつと続いた。


『にゃあん』

『ああ、ご飯の時間かな。向こうで用意してくるよ。……それじゃ、千世。また』

「ん、またね。お父さん、みー太」


 画面の外へ消えていくお父さんとみー太を見送る。


 こういうときにお母さんがご飯をあげれば、「ご飯をくれる人」扱いくらいはしてくれると思うんだけど。

 ……いや、お父さんが仕事の間はお母さんが面倒見てただろうに結果はアレだから、変わらないか。


『そういえば』


 そんなことを考えていると、お母さんが何かを思い出したように声を上げた。


『お家と大学の近くにいくつかダンジョンがあるでしょう?』

「……うん」


 ダンジョン。

 その言葉がお母さんの口から出てきたことに、心臓が小さく跳ねる。


『千世は近づいちゃダメよ。危ないんだから』

「……どうして? モンスターが外に出てきたりとか、今まで一度もないよ?」


 この会話がビデオ通話越しで本当によかった。

 対面だったら、お母さんに動揺を見抜かれていたかもしれない。


『人間でもダンジョンにあてられちゃう人がいるでしょう。魔法使いはそういう拒否反応がとても強いのよ』

「そう、なの?」

『そう。最近知ったのだけれど、日本だと適性検査が義務になったのよね? 具合悪くなったりしなかった?』

「……別に、大したことなかったけどなあ」


 陽性だったし。ダンジョンに入ってもなんともなかったし。

 ……ここでそう言ったら、どうなるのだろう。お母さんは、お父さんは、何と言うのだろう。


 ————身内でダンジョンの毒を克服(こくふく)した奴がいたら、嬉々(きき)として喧伝(けんでん)するだろうよ。


 逢坂さんの言葉が、今になって胸に突き刺さった。

 言葉通り、喜んでくれるのかもしれない。すごいと褒めてくれるのかもしれない。

 わたしが『時間』の魔法領域を持っているとわかったときと同じくらい。いや、もしかしたらそれ以上に。


『あら。じゃあ、検査だけなら安全なのかもね』

「うん、そうかも」


 でも、それを明かすのは……わたしが両親に黙ってダンジョン探索者になったのを明かすのと同じこと。


 後ろめたいとか、怒られるのを先延ばしにしたいとか、そういう気持ちはもちろんある。

 一度秘密を作ってしまったら、時間が経つほど打ち明けられなくなるものだ。

 それこそ、向こうから暴かれるまでは。


『とにかく、ダンジョンには不用意に近づかないこと。今は大丈夫でも、何があるかわからないんだから。約束ね?』

「……わかった」


 我ながらあまりにも白々しい声だなと、ぼんやり思った。


『よし。……そうそう、千世あなた、お風呂もまだなんじゃない? 早く入って、そうしたら今日はもう寝なさいな』

「はいはい。……おやすみ、お母さん」

『おやすみなさい。またね、千世』


 お互い手を振って、通話終了ボタンをタップする。

 端末がホーム画面に戻るのと同時に、部屋がしんと静かになる。


「…………」


 久しぶりの会話は楽しかった。みんな元気そうでよかったと心から思う。

 同時に、言い逃れできない嘘をついてしまった事実が、胸に重くのしかかる。


 そのまま隠し通せばいい、とわたしの中の悪魔が囁く。


 わたしがダンジョンに入るのは、人目を気にせず魔法を(みが)くため。

 魔法を磨いているのは、魔法使いとして生まれたからにはというのもそうだけど——将来両親の仕事を手伝うためでもある。


 ダンジョンとの縁はいつか切れる。

 魔法使いが入れないダンジョンは、魔法使いの仕事場にはなり得ない。


 そうしたら罪悪感もなくなるだろうと、わたしの中の悪魔がけたけた笑う。


 一方わたしの中の天使はといえば、「両親に無用な心配をかけるのはよくない」「探索者をやめさせられてしまうかも」と同調してくる。

 ……君たち仲いいな、と突っ込みたくなった。


 まあ、ダンジョンに入るのをやめろと言われたら困る。魔法を使う場所がなくなってしまうから。それは間違いない。

 間違いないのだけれど……何かが引っかかる。


「……逢坂さん」


 ふと、駅で見送った後ろ姿が脳裏に浮かんだ。

 どうして今、あの人のことを思い出したのだろう。


 探索者をやめたって、あの時の握手がなかったことになるわけじゃない。そのはずなのに。


「わっかんないなあ」


 自分が何を思っているのか、自分でもよくわからない。

 いろんなことがありすぎて、頭がオーバーヒートを起こしているような気がする。


 お母さんの言う通り、さっさとお風呂に入って、今日はもう寝よう。

 明日は逢坂さんと待ち合わせがあるし、昼まで寝ているというわけにはいかない。


 ……そういえば、魔術師の人に会って正体を言っちゃたってことも、二人には言えないな。


 また隠し事が増えてしまったことに辟易(へきえき)としながら、髪に結ばれたリボンを(ほど)いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ