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現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第2章 ウィッチ・ミーツ・ウィザード
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第29話 魔法使いは

 嵐が止んだ、と思った。


「…………」

「…………」


 気づけば人の通りがまばらになっていた。

 逢坂さんがちょっと様子のおかしいまくし立て方をしても、こうしてわたしをがっちりと掴んで詰め寄っていても、誰一人としてこちらを気にしていない。

 本当に、隠形の魔法……それに近しい効果が発揮されているのだろう。


 そして今、先ほどまでの勢いが嘘のように、逢坂さんは黙り込んでいる。

 お互いの視線が(まじ)わるだけの時間は、まるで周囲から切り離されたかのようだった。


「……すまん、取り乱した」


 逢坂さんは眼鏡(めがね)の位置を正しながら、ふうと息をつく。ひびの入ったレンズの奥で、金色の瞳がまだぎらついている。


「十八年だ」

「……え?」

「ダンジョンが現れて十八年。この中で魔術を使う方法を、世界中の魔術師が追いかけて――未だに誰一人、成功していない」


 淡々とした声だった。


「俺もその一人だ。何年やっても、まるで歯が立たん」


 十八年。わたしが生きてきたのと同じだけの時間。

 この人が今追い求めているものの重さが、一拍遅れてのしかかってくる。


「対等な取引は成立しない。お前が俺より先にいるのは見ればわかる。俺が差し出せるものは、お前にはもう要らんだろうよ」


 ……そんなことはないと言いたかったけれど、何がどう違うのか説明しようがなくて、唇を()んだ。


「それでも聞きたい。魔術師として……学徒として負けを認めた上で、頼む」


 わたしの手首を掴んでいた長い指が、ゆっくりと離れていく。

 逃げられるようになったのに、少しもその気になれなかった。


 何も答えられないわたしに、逢坂さんが眉尻を下げて笑う。


「…………ま、そうだろうな」


 自嘲(じちょう)という言葉がよく似合いそうな表情だった。

 視線を落として溜息をつき、わたしの手を掴んだときと同じように、逢坂さんは片手を上げた。


 瞬間的に、隠形の効果を解除しようとしているのだとわかった。

 諦めてしまったのだ。わたしから話を聞くことを。今までずっと追いかけてきたであろう何かが、目の前にあるのに。


 ここでこの人を行かせてしまったら、この人は今後、ありもしないものを追い続けることになってしまう。


「――待ってください」


 その手を、今度はわたしが掴んだ。


「……何だ、言う気になったのか?」

「…………」


 ……引き留めてはみたものの、どうするかは考えていなかった。

 この人に記憶を消す魔法は効かないだろう。一度わたしの正体を明かしてしまったら、もう取り返しがつかない。


 ふと思い出されたのは、二ヶ月前のあの日。

 わたしは……自分たちの秘密を守るために都合の悪いことを隠していた清野さんを、「誠実ではない」と断じた。

 もちろん、清野さんとわたしでは状況がまるで違うことはわかっている。それでも、わたしはこの人に対して誠実でありたかった。


 魔法使いと魔術師。

 呼び方以外に何が違うのかは、よくわからないけれど……両親以外で初めての、神秘に親しむ同胞(どうほう)といえるかもしれない。

 わたしは魔術師というものが実在するとは知らなかったから、きっと逢坂さんもその正体を隠すべき身分にあるのだろう。

 逢坂さんが自分の正体を明かしたのだから、わたしだってそうするべきだ。そもそも、逢坂さんがわたしの言葉を(さえぎ)りさえしなければ、さっき言っていたはずのことでもあるし。


 ――――以上、言い訳終わり。


「逢坂さん」

「……何だ」

「あの……とっても言いにくいんですけど……」


 そこで区切って、深呼吸をひとつ。それから逢坂さんの目をまっすぐ見つめて、言った。


「わたし、『魔術師』じゃありません」


 それを聞いた逢坂さんの瞳が揺れるのを、わたしは見た。


「……何だと?」

「逢坂さんがさっきおっしゃっていたこと……術式とか、地脈がどうこうとか。わたし、そういうのじゃないんです。だから、お役に立てません。ごめんなさい」

「は……じゃあ何だ、東洋魔術か? まさか巫術(ふじゅつ)じゃないだろうな? あれだって多少呼び名や手順が違うだけで結果は同じだろう。この星の力を借りないことには――」

「だから、違うんです」


 また新しい用語が出てきてこんがらがる前に、逢坂さんの言葉を止める。同時に、掴んでいる手にきゅっと力を入れた。

 逢坂さんも、わたしの話を聞いてくれる気になったのだろう。上げていた腕を下ろして、続きを(うなが)すように(あご)をしゃくった。


「……わたしは、自分のことを『魔術師』とは呼びません。わたしは…………『魔法使い』、です」


 言った。言ってしまった。

 その言葉を声に出すのは本当に久しぶりで、少しつっかえてしまったけれど、それでもはっきりと言ってしまった。


「…………」

「…………」


 (しば)し、時が止まったような気がした。


「――――くくっ」

「……逢坂さん?」

「くくっ、くふっ、ハハハ……!!」


 ……よくわからないけれど、笑われるようなことを言ってしまったらしい。

 しばらく肩を震わせて笑っていた逢坂さんは……わたしの手を、ばっと振り払った。


「――この()に及んでまだ誤魔化(ごまか)すのか?」


 口元こそ笑っているけれど、目が()わっている。

 その視線と声には、明らかに苛立(いらだ)ちが(にじ)んでいた。


 …………今度は怒らせてしまった。どうしよう。


「お前が魔法使い? ハッ、馬鹿を言うな。嘘をつくにしてももっとマシな嘘をつけ」


 その言葉に引っかかるものがあった。

 わたしは、『魔術師』と呼ばれるものの実在を知らなかった。けれど目の前のこの人は、『魔法使い』がどういうものなのかを知っていて、あり得ないと切り捨てているように聞こえる。


「……どうしてそう言い切れるんですか?」

「知らないか? そうだろうな。なら教えてやる」


 逢坂さんは馬鹿にしたように笑っている。

 そのうえ魔法使いであることを否定されても、わたしはちっとも腹が立たなかった。むしろ興味があった。


 この人は、わたしの知らない『魔法使い』を知っている。

 それを純粋に知りたくて、わくわくする気持ちで続きを待った。


「いいか。……魔法使いはダンジョンに入れない」


 …………えっ?


「魔法使いってのは、この物質界のさらに外側――星幽(アストラル)界に近しい生き物だ。人間が生きるのに酸素を必要とするように、魔法使いは星幽界の魔力を(かて)に生きている」


 ……それは……昔教わったことがある。

 わたしたちは魔法を使うとき、魂のうちにある星幽界との接点から魔力を()み上げる。

 でも、魔法を使っていなくても星幽界の魔力は常時漏れ出ていて、それがないとわたしたちは生きていけないのだと。


「一方、ダンジョンにはダンジョン特有の濃密な魔力が満ちている。ダンジョンに適性のある探索者は魔力を身体に取り込んで身体能力を上げたり、スキルとかスペルとかいう超常現象を起こすわけだが……」


 前半も理解できる。その濃密なダンジョン内魔力のおかげで、わたしは星幽界から魔力を汲み上げるという重労働をしなくても済んでいるのだから。

 後半は……ライセンスを取るときにそんな話を聞いたような気がする。


「このダンジョンの魔力というのがな。魔法使いにとっては毒らしい」


「…………」


「さっきの酸素で例えると、一酸化炭素中毒を起こすようなものと言えばいいか? ディーゼル車にガソリンを入れて動かそうとしているとも言えるかもしれんな。魔法使いにとっての弱みでもあるからか、詳しい原理は聞こえてこないが……とにかく、魔法使いがダンジョンに入ると致命的な不具合を起こすわけだ」


 ……何を言っているんだろう?

 わたしは魔法使いで、ダンジョン適合検査は陽性で、ダンジョンの中でもぴんぴんしている。

 単に逢坂さんの知っている魔法使いに探索者適性がなかっただけ、という話ではないのだろうか。


「……何だその顔は。まさかさっきの例えが理解できなかったのか? 一酸化炭素中毒というのは――」

「いや、それはわかりますけど」

「む、そうか。……ま、これでわかっただろう。ダンジョン探索者のお前が、魔法使いであるはずがない」


 逢坂さんはそう締めくくって、わたしを見下ろした。


「……その、魔法使いはダンジョンに入れないっていうの。本当に確かな情報なんですか?」

往生際(おうじょうぎわ)が悪いな。ダンジョンに全く興味のない変わり者でもなきゃ、大抵の魔術師は知ってるような常識だぞ」

「でも、原理はよくわかってないんですよね?」

「まあ、な。……だが、魔法使いってやつは仲間意識もプライドも高いからな。身内でダンジョンの毒を克服(こくふく)した奴がいたら、嬉々(きき)として喧伝(けんでん)するだろうよ。……家単位で秘密主義の魔術師と違ってな」


 ……そんなことを言われても、わたしは両親以外の魔法使いを知らない。

 仮に両親がそういう人だったとしても、わたしは両親にダンジョン適合検査の結果すら伝えていないのだ。広まりようなどあるわけがない。


「…………どうしたら、信じてくれますか」

「何?」

「わたしが魔法使いだってこと、もしくは魔術師じゃないってこと。どうしたら信じてくれますか」


 金色の瞳をまっすぐに見つめれば、逢坂さんはわずかにたじろいだ。


 魔術師だと誤認させたままの方が都合がよかったのは百も承知だ。それでもわたしはそれを(こば)んだ。

 あなたより先を行く魔術師(にんげん)なんて存在しないのだと、わからせたかった。

 ……まあ、本当に存在しないのかどうかは別として。


「……お前もしつこい奴だな」

「だって本当のことなので」

「…………はあ」


 逢坂さんはため息をついてから、胸元に手をかざして、小さく何かを呟いた。

 その直後、ところどころが切り裂かれ、血や(ほこり)で汚れていたコートが、みるみるうちに綺麗になっていく。

 切り裂かれた繊維(せんい)は再び結びつき、汚れは砂のようになってぱらぱらと()がれ落ちる。

 加えて、ぱきぱきと小さな音を立てながら、眼鏡のレンズも修復されていた。


「おお……」

「何を感心してる。お前はもっととんでもないことをしただろうに」


 そうは言っても、普通に綺麗にしたり物を直したりの魔法だとぱぱっと結果が出てしまうから、こうして過程が見えるのは新鮮なのだ。

 ……これを言うと顰蹙(ひんしゅく)を買うのはわかってるから言わないけど。


「今の、逢坂さんがやったんですか? それともそのコートとかが特別なんですか?」

「両方だ。……さて、行くぞ」


 逢坂さんがぱちんと指を鳴らす。その瞬間、世界から切り離された感覚がなくなった。


「行くってどこへ?」

「もう飯時(めしどき)だろう。(おご)ってやるから、続きはそこでだ」

「いいんですか?」

「ああ。俺の行きつけで個室が取れる店がある。そこでじっくり聞かせてもらおうか」


 思わぬところでタダ飯の機会を得てしまった。

 しかも個室がある。それはつまり、いいお店ということでは?


 たぶん、今のわたしはさぞ目を輝かせているのだろう。立ち上がった逢坂さんが、遥か頭上で苦笑した。


「そういえば、正式に名乗ってはいなかったな。逢坂(あいさか) 一夜(いちや)、魔術師だ」

「……(ひいらぎ) 千世(ちせ)、魔法使いです」

「言ってろ」

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