第28話 勘違い
「さて、何から聞いたもんか」
逢坂さんが片方の手を顎に当てて、考え込むような仕草をする。
その目つきが、まるで四肢をもぐのに両手両足のどこから手を付けようか吟味しているかのように見えるのは、わたしの気のせいだろうか。
「壁を壊して入ってきたのは、まあ置いておこう。そもそもあそこは隠し部屋だからな。俺は隠された転移陣とその発動方法を解き明かして入ったが、他にも力技で入る方法が用意されていた可能性も否定はできん」
左手は指一本折られただけで許されたらしい。
そんな冗談が脳内を過ぎる程度には、現実逃避したくて仕方なかった。
「次だ。スペクターへの攻撃、あれは何だ?」
「……あれは、雷属性と……そう、風属性のスペルです。あとは、結晶から取り出した属性剣ですよ」
「ほう? 剣はともかく、スペルに宣言がなかったようだが?」
「っ……逢坂さん、あの時意識朦朧って感じでしたよね? 聞こえなかっただけじゃないですか」
自分でも稚拙な言い訳だと思うけれど、そう言うしかなかった。
一方で、何かが引っかかる気がする。何か、忘れているような——
「ほう。まあ、ありえない話じゃないが……いいんだな? それで」
「……どういうことですか?」
「スペクターへの攻撃はスペルだった。間違いないな?」
「だから————ッ!」
瞬間、自分の失言に気づく。
……いや、もうこうなることは確定事項だったのかもしれない。それでも、してやられたという気持ちが強かった。
「お前の雷撃と、あれは……衝撃波か? よくわからなかったが……スペクター相手にちっとも効いているようには見えなかった」
「…………」
「スペルなら多少なりとも効くはずだ。だがお前の攻撃は違った。あれは何だ?」
右脚がひしゃげ、左脚が完全に引っこ抜かれた。そんな気分だった。
「そして、一番興味深いのが」
突然、掴まれた手を引き寄せられた。
指先に無機質なプロテクターの感触。そのままつうっと指を滑らせられる。
……その行為が意味するところを、察してしまった。
「ここに穴が開いていたはずなんだがな」
「……それは」
「ポーションや回復スペルで治したと? そんなもんで装備まで直るかよ。……そもそも、あの傷が治るほどのポーションやスペルなら、今残っている傷の方が先に治っているはずだ」
——最後に残った右腕が、締め上げられて砕け散る。
「身体は動くが、全快ではない。一方、致命傷と思われた腹の傷は、身体どころか服にも跡が残っちゃいない。どういうことだろうな?」
答えられないまま、ふと、掴まれた手首が目に入った。
ここから逃げるのは簡単だ。逢坂さんの手に軽く雷でも当てるか、見えざる手の力で無理やり振り払うか。最悪、わたしの手首を切り落としたっていい。絶対やりたくないけど。
そんなことを考えているのがバレたのか、手首を掴む力が、ぐ、と強まった。
切れ長の金色の瞳が、ひび割れたレンズの奥からわたしを射抜く。
「……お前、一体俺に何をした?」
その一言と同時に、とっくに逃げ場がなくなったことを悟った。
——もし、彼と出会う前まで時間が巻き戻ったなら、わたしはもっと上手くやれるだろう。
終始姿を現さなければいい。彼が目を覚ます前に帰還ポイントまで送り届けたっていい。
それができていたら、こうはならなかったはずだ。
けれど、逢坂さんには時間を巻き戻されてなお記憶を失わないための『対策』があるらしい。
きっと、わたしが何度繰り返したって、彼はわたしを追ってくるのだろう。
…………対策。
それが意味するところを、わたしはひとつ思いついた。
「……まあ、そう悲観するな。何せ俺たちは『ご同業』……そうなんだろう?」
思わず逢坂さんの目を見つめ返す。
わたしの魔法を上回ったということは、わたしより格上の魔法使いと考えるのが自然だ。
きっと逢坂さんも魔法の研鑽のためにダンジョン探索者になった口なんだ。それでスペクターに魔法が効かなくて、属性武器に頼るしかなかったせいで苦戦していたのかも。
そうとわかれば、一気に気が楽になった。
魔法のことも魔女であることも、誰にも知られてはいけないと言われてきた。
でも、もう逃げ場はないし、どうせこの人には全部見られている。同じ側の者同士なら、隠したって仕方がない。
お父さんお母さん、約束破ってごめんなさい。でもさすがにこれは不可抗力だと思います。
「……ええ。実は——」
「なあ? 小さな『魔術師』さんよ」
「………………へっ?」
……まじゅつし?
「まさかもう先を越されていたとはな。どこの派閥の者だ?」
逢坂さんの目の色が変わっていた。
さっきまでの、視線だけで人を串刺しにできそうな感じじゃなくて、まるで——欲しくてたまらなかったものを、ようやく見つけたみたいな。
「いや、答えなくていい。どうせ吐かんだろう。それより、どうやった」
ぐい、と顔を寄せられる。
「ダンジョン内に地脈は通っていない。魔術式を組み上げるのも発動するのも不可能だ。なのにお前は、あの密室で確かに現象を起こした。雷、衝撃、あの剣もどうせただの武器じゃないんだろう——どれも魔術の産物にしか見えん。どうやって式を駆動した?」
「いや」
「最もメジャーなアプローチは外部蓄積だが、封じた程度じゃダンジョンの魔力に当てられて一刻ともたん。断絶させたとて展開した瞬間おじゃんだ。そこを解決したのか?」
「あの」
「あるいは変質系の現地調達式か? 実際それを狙ってる家があったな、行き詰まって当主が頭を抱えていると聞いたが——まさか、そこを抜けたのか? 相当なブレイクスルーが要ると侮っていたが……」
「えっと」
「それともやはり、探索者の体内魔力か? 俺が攻めてるのもそこだ。記述体系を一から組み直したのか? その上であの短時間のうちにあそこまでの術式転換を? そこまで実用化されているのなら——ハッ、ずいぶんと引き離されていたもんだ」
逢坂さんはぶつぶつと呟きながら自分の世界に潜っていく。
わたしは、ただぽかんとするしかなかった。
……なんだろう、これ。
逢坂さんの口から出てくる言葉は、どれもこれも聞き覚えがない。
ちみゃく。じゅつしき。きじゅつたいけい。
わたしの魔法にはそんなもの、ひとつも要らないのに。
魔法使い同士でも流派の違いがあると聞いているから、そういうものかと思おうとした。
正直、ちょっと早口すぎて右から左へ聞き流してしまった部分もある。
それでも、なんとか逢坂さんの言葉を拾ってみると、ダンジョンの中で魔法を——逢坂さんが魔術とか術式と呼ぶものを使うのは不可能だと、そう言っているように聞こえる。
「……あの、逢坂さん」
「しかも、だ」
わたしの声は、軽々と踏み越えられた。
「俺の傷を治したあれは治癒魔術じゃないな。傷を塞いだんじゃなく、傷を負った事実そのものがなくなっている。因果干渉——あるいは、初期に負った傷だけ残っていることからして時間遡行系か? そんな形で事象に干渉する式なんざ、たとえ地脈を好きなだけ使えたとしても理論上の代物だぞ。それをお前は、あろうことかダンジョンの中でやってのけた。どこまで先を行ってる、お前の家系は」
きらきらと、あるいはぎらぎらとした目で、本当に楽しそうに。
目の前のこの人は、わたしの知らない言葉で、わたしの知らない誰かのことを、ずっと喋っている。
「……もう、俺の知ってるどの筋を辿っても、お前に届かん」
その時になってようやく気づいてしまった。
——この人の言う『ご同業』は、わたしの思っていた『ご同業』じゃないのかもしれない。
それは、まあ、ともかくとして。
「どうやった。さっき並べたどれかか、それとも全部外れか。もういい、お前の口から聞かせろ。さあ吐け。全部吐け。さあ!」
…………助けて!!




