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現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第2章 ウィッチ・ミーツ・ウィザード
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第27話 はずだったのに

「ウォーターボール……ウィンドカッター……トルネード」


 水球からの不可視の刃をぶつけ、最後に竜巻に巻き込んで、モンスターを破壊する。

 運悪くわたしたちの前に現れたドローン型のモンスターは、哀れにも破壊されて(ちり)となった。


「よし……先を急ぎましょう。あ、ドロップアイテムは後で分けておくので」

「いらん。俺は何もしてないしな」

「でも……」

「いいから、しまっておけ」


 お兄さんがそう言うので、わたしは大人しく引き下がって魔石と金属片をカバンに突っ込んだ。


「さっきのスペルだが。やけに発動が早かったな」

「ええ。わたしのギフト、『スペルキャスト短縮』なんです」

「そりゃいいこった。それで一人でもこの階層を進めるってわけか」


 偶然にもソロでいたことを納得してもらえたらしい。

 不本意な接敵だったけれど、怪我の功名(こうみょう)ということにしよう。


 それからこれといった会話もなく、わたしたちはフロア内の階段を下へ下へと降りていく。


「……ここまで来ても、モンスターはさっきの一体きりか。楽でいいな」

「ですね」


 モンスターがいなくなった通路を進みながら、お兄さんが呟く。

 わたしは適当に相槌(あいづち)を打ちつつ、新たに生み出したフクロウの使い魔で、進路からモンスターを遠ざけていた。


 スペクターとの戦いで、わたしの魔法はダンジョンのスペルとは違うということを改めて思い知らされた。

 そうなると雷一発だけで機械系モンスターがおかしくなるのも、本来の雷属性とは違う挙動なのかもしれない。

 多人数に(まぎ)れるならともかく、できるだけ人前でスペルを見せるのはやめた方がいいと思って、こういう手をとった。


 最初の一体は接敵に間に合わなくてわたしが相手をしたけれど、無難なスペルに見せかけたから大丈夫だろう。


「もう夕方ですから、ダンジョンから帰る人たちが先に片づけていったのかもしれません。……着きましたね」


 第十層と繋がる階段——の近くの小部屋が、第十一層からの帰還地点だ。もう遅い時間だから、帰るために入っていく人はいても、部屋から出てくる人はいない。

 部屋の中にはオベリスクがあって、その周囲に転移陣が描かれている。ここに立っていれば第一層に戻れるという仕組みだ。


「査定の依頼、していきますか?」

「俺はいい。君は?」

「わたしも大した収穫はないので。このまま帰ります」


 本当は九体分のフロアボスの戦利品があるのだけれど、今はこの人が地上に帰るのを見届けるべきだろう。そもそも、一度に提出するわけにもいかないし。


 オベリスクを通じて第一層に戻ると、やはり帰り支度や査定の依頼に向かう人たちで賑わっていた。

 それらを横目に、まっすぐ出口のゲートへと向かう。


 それを潜り抜け、地上に出たと思った瞬間。


「————くっ」


 お兄さんが小さく(うめ)き声をあげて、その場に(うずくま)ってしまった。


「ど、どうしました!? 傷開いちゃいましたか!?」

「……いや……問題ない」

「いや、でも……」


「あらまあ、逢坂(あいさか)さん!」


 ゲート前で立ち止まったわたしたちに、入退場管理をしていた協会職員さんが駆け寄ってきた。

 ……あいさかさん、というのか。この人。

 その名前を、そっと口の中で転がした。


「また無茶したのね!? せめてパーティくらい組んでっていつも言ってるでしょ!」

「……余計なお世話、だ」

「んもう……あらっ、でも今日は一人じゃないのね?」


 職員さんの視線がわたしに向かう。

 ここで「ダンジョン内で彼を救護した者です」などと言おうものなら逢坂さんがさらに怒られそうなので、会釈(えしゃく)を返すに(とど)めておいた。

 お兄さん——逢坂さんもまた職員さんには何も言わず、わたしの方に向き直る。その表情は未だ(けわ)しい。


「はあ……騒がせたな」

「……やっぱり、協会の救護室とかに行った方が」

「いらん。……あそこで休めば十分だ」


 逢坂さんの視線の先には、空いているベンチがあった。

 本当にそれでいいのか心配だけれど、本人がそう言うなら仕方ない。いつでも身体を支えられるように準備しつつ、ベンチに向かう彼についていくしかなかった。


「もう無茶はダメですからねー!!」


 背後から職員さんにそう声を掛けられるも、逢坂さんは振り返らず、片手をひらひらと振るだけだった。



 ---



「…………はあ」


 ベンチに腰を落とすなり、逢坂さんは大きく息をついた。


「本当に大丈夫なんですか?」

「……ああ……俺のギフトは『痛覚遮断(つうかくしゃだん)』でな……ダンジョンにいる間は平気だが、出ると一気に傷に響く」

「それはダンジョンにいる間から平気じゃなかったのでは?」


 思わずそう突っ込めば、逢坂さんは少しきょとんとした顔をした。それから、ふっと気の抜けたような笑みを返してくる。

 美形はどんな表情でも絵になるな、とぼんやり思った。


 スペクターと戦っていたとき、重傷にも関わらず平然としていたのも、そのギフトのおかげなのだろう。

 そして、痛くないからと無茶苦茶をして、ダンジョンから出るたびにああなるわけだ。職員さんに目を付けられるのも頷ける。


「————さて」


 逢坂さんが片手を上げる。ぱちん、と指を鳴らす音が響いた。


 その瞬間、ダンジョンゲート前の喧騒(けんそう)が遠くなる。


「……えっ?」


 何が起きたのかと混乱しているうちに、大きな手に手首を(つか)まれた。

 逢坂さんの革手袋がきゅうと(こす)れる音がする。


 さっと周囲に視線を巡らせるも、こちらを気にしている人は誰もいない。

 これはそう、まるで——隠形(おんぎょう)の魔法を使ったかのような。


「…………」

「あ……逢坂、さん? 何を——」

 

「スペクターのドロップアイテムはどうした?」


 ——その問いを投げかけられた瞬間、さあっと血の気が引くのがわかった。


「……え……っと、スペクター、ですか? 確かイレギュラーで現れたんですよね? 倒したのは逢坂さんじゃないですか。プレートもご自分で持ってましたよね。わたしに言われても……」

「それはないな」


 いつの間にか、逢坂さんの指先でひとつの結晶が(もてあそ)ばれていた。

 目を()らすと、その中には短剣が浮かんでいた。逢坂さんが使っていたものだ。


「俺がスペクターを倒せたわけがない」

「……それはほら、火事場の馬鹿力ってやつで」

「スペクターは二十一層のフロアボスだぞ? 壁を抜けて入ってくるわ、弱体化と回復阻害の呪詛(じゅそ)を食らうわ、脱出する隙を見せられないわで散々だったんだよこっちは。……だが、仮に一人であいつを相手取れる実力があったとしても、無理だな」


 短剣の結晶を手にして、逢坂さんは笑う。

 …………まさか。


「戦ってる間に俺の属性武器はぶっ壊された」

「…………」

「こいつは何の属性もついてない予備の短剣だ。……わかるよな?」

「……ゴースト系モンスターは、属性を(ともな)う武器か魔道士のスペルじゃないと、攻撃が通らない」

「ご名答」


 やってしまった。


 もっとちゃんと確認しておくべきだった。でも属性付与された武器は見たことがあっても、元々属性がついている武器は見たことがなかったから——なんて、言い訳か。


 ライオンに追い詰められるウサギになった気分だ。

 せめて顔を見られないように、視線を落として(うつむ)く。


「……だからって、わたし、スペクターがどうなったかなんて知りませんよ」

「いいや。お前は俺がスペクターと戦っていた、あの場にいた」


 どうして、と問う代わりに唇を()む。


「き、記憶が混乱してるのかも」

「そいつはすごいな。お前が雷を放ったのも、何らかの衝撃を与えたのも、剣でスペクターを散り散りにしたのも、全部俺の見た幻ってわけか」

「…………」

「そして……お前が俺を助けると言ったのも」


 その低くて静かな声音に、思わず顔を上げた。


 切れ長の目を少しだけ伏せて、わたしをじっと見下ろしている。手首を掴む力もいつの間にか弱まっていた。

 あまりにも真剣な眼差しに、喉の奥で何かが詰まったような気がした。


「……なんで、覚えてるんですか」


 事実上、認めたのと同じだった。

 そんな目をされたら、さすがに(こた)えてしまう。


「一応()()で飯食ってるもんでな。一度見聞きしたものは忘れないよう対策している。……まあ、思い出すのにちと時間はかかったが」


 長い指の先でとんとんと米神(こめかみ)を叩いて、逢坂さんがにぃと笑う。


 対策と一言で簡単に言われても、とても理解が及ばなかった。

 確かにあの時、逢坂さんの全身はもちろん、身に着けているものに至るまで、全ての時間を巻き戻したはず。実際、目を覚ました逢坂さんの記憶が消えていたのも明らかだった……はず。

 何かあったのだろうか。わたしの時戻しの魔法から(のが)()る、何かが。


 じゃあ、これから逢坂さんの記憶を消そうと思っても、やっぱり失敗に終わるのか。

 そんなの、もう勝ち目がないじゃないか。


 はあ、とため息をつくしかなかった。


「……ごめんなさい、嘘をつきました。スペクターを倒したのはわたしです」

「そうか」

「あの……目立って、変な注目をされるのが嫌で。それで——」


 この()に及んで嘘を重ねるわたしの心を知ってか知らずか、逢坂さんは(しば)し目を閉じた。


「つまり、俺はお前に命を救われたというわけだ」

「…………」

「————ありがとう」


 目を開けた逢坂さんが意外なほど柔らかく微笑むものだから、思わず目を見張った。

 たった一言だけだし、何ならお礼は逢坂さんが目を覚ましたときにも聞いた。

 なのに、何となく胸のあたりが変な感じがしてしょうがない。


 ああ、このまま、お互い詳しいことは何も聞かないで、よかったですねで終わりたい。そういう終わり方が今とても似合う気がする。


「ところで」


 手首を掴む力が強まる。逢坂さんの表情は、元通りになっていた。


「まだ話は終わってないんだが、いいか?」


 ……胸のあたりの違和感は、一瞬にして消し飛んだ。

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