表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第2章 ウィッチ・ミーツ・ウィザード
29/35

第26話 はじめましての

 小さい頃、カラスに襲われていた捨て猫を助けたことがある。


 段ボールの中身をカラスがつついていて、そこから弱々しい鳴き声がするものだから、慌てて追い払ったのだ。

 わたしが駆けつけたとき、段ボールの中には二匹の仔猫がいて、一匹はお腹を上下させていたけれど、もう一匹は動いていなかった。


 すぐさま、二匹の時を巻き戻した。

 当時はほんの数分しか戻せなかったけれど、カラスにやられた深い傷をなくすには十分だった。


 一匹は助かった。動物病院で()てもらい、家で引き取って育てた。

 今はいない。お母さんが大層気に入って、海外まで連れて行ってしまったのだ。

 わたしは一人暮らしで構ってあげられないから仕方ないとはいえ、無念である。


 もう一匹は、傷がなくなっても動くことはなかった。

 魔法使いの力の(みなもと)でもある魂は、そこらの魔法ではどうにもならない領域だ。一度失われた魂を元に戻すことは、わたしにはできなかった。

 もっと早く見つけていればと泣くわたしを、お父さんが(なぐさ)めてくれたのを覚えている。


 もうひとつ昔話をしよう。


 仔猫を助けたのよりもっと前、小学生になったかどうかの頃。

 両親が目を離している(すき)に、わたしは何か怪我をして痛い痛いと泣き叫んでいた……らしい。

 けれど、両親が駆けつけたときには、傷一つない姿でけろっとしていたそうだ。それどころか、「痛い? なんのこと?」とまで言い放った。


 このことはわたしも覚えている。

 ただし、両親が突然謎の心配をしてきたというエピソードとして。


 このときも、いや、物心ついてから今に至るまで。

 わたしには、「怪我をした」という記憶が一切ない。

 紙の端で指を切ったとか、タンスの角に足の小指をぶつけたとか、そういうのも含めて、ない。


 絶対的な証拠はないけれど、確信はある。

 時間を戻してなかったことにするなんて便利な魔法、わたしが自分に使わないはずがない。

 なのに、わたしが自分に時戻しの魔法を使った記憶もまた、ない。


 ――生物の時間を巻き戻したとき、記憶もそのぶん巻き戻る。

 おそらく、そういうことなのだろう。生物の状態を戻すなら、そこには脳みそも含まれる。当たり前といえば当たり前だ。


 ちなみに、身体の一部だけ時を戻すとか、そういうことは実験としてやってみたことがあるけれど、結果としてできなかった。

 血がそこだけ逆流したらどうなるんだろうとか、余計な知恵をつけてしまった代償である。



 ---



 約束通り、これで彼を助けることができた。

 わたしが壁を壊したあとの記憶もなくなっているだろう。ここからは、辻褄(つじつま)合わせの時間だ。


 最後の記憶が不自然に途切れているだろうから、少しだけ暗示をかける。

 自分はモンスターを相打ち気味に仕留め、()うようにして部屋の外に戻ってきて、そこで倒れた。そんな感じだ。


 ドロップアイテムには手を付けないでおく。未練があるなら、この人がまたここに取りに来るだろう。できるかどうかは置いといて。

 どうしても欲しいものがあったなら申し訳ないけれど、わたしが持っていくわけにもいかない。

 フロアボスを倒した証のプレートの一枚だけ、手に握らせておいた。どうやらあいつはフロアボスとして扱われたらしい。これに関してはありがたくわたしの分をいただいておこう。


 ちょうどいい感じに壁の魔力が薄れている。

 今度は壁の向こうにまで気を(つか)って、人避け・不可視・消音の魔法を展開する。誰もいないことも、使い魔で確認した。


 本当はもっと静かに壁に穴を開ける方法もあるんだろうけど、停滞の魔法をふたつも維持して、最大限の時戻しの魔法で少し(だる)くなっている今、面倒なことはしたくない。

 ここに来たときと同じように見えざる手の魔法で壁をぶち破り、ようやく本来のマップの範囲まで戻ってきた。

 壁への停滞の魔法を解除すれば、瓦礫(がれき)も含めて勝手に直っていく。これで証拠隠滅は完了だ。


「ふぅ……」


 カバンに入れていたブランケットを枕にお兄さんを寝かせ、ようやく一息つく。一旦壁にもたれかかって座り込んだ。

 壊した壁が完全に修復されたのを確認し、ついでにこの階層に散っていたコウモリたちも回収したあと、彼への停滞の魔法も解除した。正常な呼吸に一安心である。


「…………」


 一仕事終えて気が抜けたからか、ふと、清野さんのことを思い出した。

 あの人は、秘密を守るためにわたしたちを――遥香ちゃんたちを引き込むことを選んだ。そして、そのために遥香ちゃんたちの思考を操作していた。

 秘密を守るためにお兄さんの記憶をいじくっているわたしと、何の違いがあるのだろうか。


 言おうと思えばいくらでも自己弁護できる。

 わたしはお兄さんの意思を変えたわけではないし、お兄さんの人生を変えたわけでもない。命を助けたという点では変えたと言えるかもしれないけれど。

 でも、そうやって言い訳を並べたって(むな)しいだけだ。なら、せめて自分の行動には責任を持つことにしよう。


 さて、わたしはここで倒れていた彼を介抱(かいほう)する善意の探索者である。

 カバンからポーションを取り出し、残っている傷に()らしていく。本当は飲むのがいいんだけど、眠っている人にそれは無理だ。

 効果は傷口を清浄にして(ふさ)ぐ程度と聞いていたけれど、思ったより効きが悪い。

 完全に治癒させるにはもっと奥の階層でドロップするポーションが必要だから、そこは我慢してほしい。


 彼が目を覚ますまでの間、先ほどのモンスターについて調べてみることにした。

 この階層には機械系モンスターしかいないはずだから、イレギュラーであることは間違いない。ただ、イレギュラーでいるはずのないモンスターが現れるとき、そのモンスターは別の階層から来ていることがほとんどだ。


 みなとみらいダンジョンにおいて、モンスターが機械系だけで構成されるのは、第二十層まで。第二十一層からはアンデッドが出現するという。

 あの黒い(もや)のモンスター……調べたところによれば第二十一層の徘徊型フロアボス『スペクター』は、そこから来たのだろう。

 壁も天井もすり抜けて突然現れる厄介なモンスターだそうだ。全く羨ましい限りである。

 ちなみに第三十一層からは、機械による改造生物のようなモンスターが混ざってくるらしい。何となく物語性を感じてしまう。


 なお、ドロップしたプレートは第十一層からのものだった。損した気分である。


「……ぐっ……」

「あ、目が覚めましたか」


 お兄さんが身じろぎと共に小さな(うめ)き声をあげたので、手をついて顔を覗き込む。

 長い銀の睫毛(まつげ)に縁どられた(まぶた)がゆっくりと開かれて、金色の瞳と目が合った。


「…………ここは?」

「みなとみらいダンジョンの第十一層です。あなた、ここで傷だらけになって倒れてたんですよ。何があったか覚えていませんか?」


 ここまで堂々と嘘をつくことはあんまりないからか、つい早口になってしまった。

 けれどお兄さんはまだ少しぼんやりとしている。気付かれはしないと思いたい。


「――そうだ。イレギュラーでスペクターが現れて、俺は、…………?」


 頭を抱えるように額に手を当てて、それっきり黙り込んでしまった。

 混乱しているように見える。暗示で()り込んだ記憶がうまく繋がっていないのかもしれない。

 まあ、少なくともお腹の派手な傷ができる前まで巻き戻したのだ。わたしのことを覚えていなければそれでいい。


「すみませんが、その手に握っているものを確認しました。フロアボスを倒したんじゃないですか?」

「……そう、らしいな」


 そう言って、彼は上体を起こした。ふわりと煙草(たばこ)の匂いがしたような気がする。


 お兄さんは手の中にあったプレートをしげしげと眺めてから、それをポケットの中にしまい込み、立ち上がった。


「傷が塞がっているな。……これは君が?」

「あ、はい。浅層のポーションなので、応急処置程度ですが」

「十分だ、ありがとう。後ほど謝礼とポーション代を払わせてもらう」

「気にしないでください。ダンジョン探索は助け合いですし、ポーションだってしまいっぱなしになってたようなものですし」


 むしろスペクターのドロップ品を置いていくことになって申し訳ないくらいなのだ。受け取るわけにはいかない。

 それにしても、並んで立ってみると本当に背の高さが際立つ。遥か上方から声が降ってくる感じだ。


「とりあえず、もうダンジョンからは出たほうがいいですよ。歩けますか?」

「ああ、問題ない。……一人なのか?」


 一瞬周囲に視線を巡らせてから、そう問いかけられた。


「……ええ。あなたもですよね?」

「……まあ、そうだな」

「じゃ、ここにいても仕方ないですよ。行きましょう」


 ブランケットを回収し、通路の先を指差せば、彼も(うなず)いて歩き出した。

 その足取りは勝手知ったるという感じだ。今日初めてこのダンジョンに来たばかりのわたしの案内は不要だろう。むしろ、わたしが案内される側まである。


 それにしても、ゴースト系の上位モンスターに剣の魔法が有効とわかったのは意外な収穫だった。

 お兄さんには災難だろうけど、今日は良い日かもしれない。


 そんなことを考えているのがバレないように、わたしはお兄さんの隣を早歩きで進むのだった。



 ---



 このとき、わたしは気づかなかった。


 金色の双眸(そうぼう)が、わたしをじっと見下ろしていたことに。




 ★★★


【Tips: イレギュラー】

 ダンジョン内のモンスターが通常とは異なる挙動を示す現象を総称して「イレギュラー」と呼ぶ。

 その階層にいないはずのモンスターが現れたり、同じモンスターでも異常に強化された個体が現れたり、一定の場所から動かないはずの固定シンボル型・ランダムポップ型のフロアボスが移動を始め徘徊型へと変化したりなどが確認されている。

 ダンジョン内でイレギュラーを確認した探索者には、探索者協会のアプリによる報告の義務が課されている。危険性があると判断された場合、該当の階層にいる探索者に対して、アプリを通じた警報が発せられる。

 イレギュラーの発生原因は未だに判明していない。強化個体に関しては、フロアボスへと進化する手前の個体なのではないかという説がある。

 また、モンスター寄せの効果をもつアイテムを使用したときに、イレギュラーが発生したという事例が過去に複数確認されている。モンスター寄せの効果がフロアボスや別の階層のモンスターまでも呼び寄せるのではないかと主張する者もいるが、再現性に乏しく因果関係ははっきりしていない。

 モンスター寄せアイテムを悪用した事件の発生に加え、上記のような噂による影響もあり、現在モンスター寄せアイテムの許可なき使用は禁じられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ