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現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第2章 ウィッチ・ミーツ・ウィザード
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第24話 メイズ・エンカウント

 わたしは今、迷宮型ダンジョンの洗礼を受けている。


「えーっと……ここに階段があるから……合ってる……?」


 スマホと周囲の景色を見比べながら首を捻る。


 みなとみらいダンジョンのマップ自体は、探索者協会のマップアプリにもしっかり収録されている。

 でも、自分の現在位置に関しては精度が低いのだ。特に垂直方向に関しては。

 一応何回階段を上ったかは覚えているけれど、アプリを見るとたまに今いる階がちらちらと変わったりするので、不安になる。


 既にフロアボスのポップ候補地点には使い魔を派遣していて、あとはボスのいるところに辿り着けばいいのだけれど、これがもう遠い。

 なんで階によって全然違う場所に階段があるんだ。建築士の顔が見てみたい。存在しないんだろうけど。


「――! ――――!!」


 警戒役の使い魔から警告。次いで、前方曲がり角の向こうから戦闘音が聞こえた。

 他の探索者と同じく正規のルートを通っているので、当然こういうこともある。


 危なそうならこっそり助ける程度の良心はあるけれど、その必要はないらしい。

 天井すれすれを飛んで通り抜けさせてもらおう。


 曲がり角の先を目視すると、五人のパーティと三体のモンスターが戦っていた。

 壁まで移動する虫みたいな多脚式の機械が一体と、エネルギー弾みたいなのを撃ってくるドローン型のが二体。

 このダンジョンで撮影用ドローンを飛ばす人は(まぎ)らわしくて大変だな、なんて、どうでもいいことを考えてみる。


 モンスターの近くすれすれを通ることになるけど、盾役がちゃんとヘイトをとっているし、大丈夫だと思いたい。

 そう願いつつ天井まで浮かび上がり、ドローンの横を素早く通り抜けようとした、その瞬間。


「――――!」


 ドローンが、くるりとこちらを向いた。


 すれ違いざまに砲口が光って、至近距離から、光弾、が――


「きゃっ」

「何だ!? 暴発か!?」


 …………思わず雷の魔法を使ってしまった。


 ばくばくとうるさい胸元を抑えつつ通路を()けぬけて、角を曲がったところで座り込む。


「びっ……くりしたぁ」


 彼我(ひが)のスピードから考えて、何もしなくてもあの弾は当たらなかっただろうし、そもそも当たったところでどうということもないのだけれど。

 予想外の動きをされて慌ててしまった。これはそう、ジャンプスケアみたいなものである。うん。


 不可視と消音の魔法は完璧だった。ということは、それ以外の方法で感知する機体がとうとう現れたのか。

 赤外線かもしれないし、レーダーかもしれない。いずれにせよ、浅層の(にぶ)い機械たちとは一味違う。

 今後他のダンジョンでヘビとかのモンスターが出てきたら、同じように感知される可能性にも思い当たった。


「面白くはあるけど……道中で絡まれたりはちょっとなあ」


 やっぱり壁抜けの魔法を使えるようになるべきなのかもしれない。

 いやでも怖いなあ……いっそ壁やら天井やらを壊して通り抜ける方法を考えた方がマシな気がする。

 けれど迷宮型ダンジョンの壁は破壊不可能と言われているし、もしもどうにかして壊せたとて、その跡が見つかったら大騒ぎになってしまう。


 ……まあ、ちょっとだけ。試してみるだけ、ね。



 ---

 


 フロアボスを目指すのは一旦中止。使い魔たちは待機させたままとする。


 ボスのポップ地点への順路に含まれない袋小路(ふくろこうじ)に移動し、人避け・不可視・消音の三点セットを使う。

 とりあえず、雷一発いってみよう。


『バチィッ!!』


 壁に向かって雷を放つ。

 大きな音を立てて雷光が(ほとばし)るも――受け止められるでもなく、弾かれるでもなく。行き場を失ったように、ただ、なくなった。


「……ふぅん?」


 それならばと、今度は見えざる手の魔法を使う。魔力機関を回し、その(こぶし)を思いっきり硬くしていく。

 壁や地面に叩きつけられたモンスター――あるいは探索者――が大ダメージを負うことは知っている。ということは、物理的な力が消えることはないはずだ。作用反作用の法則ってやつである。たぶん。


 ダンジョンに潜り魔法を頻繁(ひんぱん)に使うようになって、もう三ヶ月が経っている。

 今のわたしは、大きなカメをひっくり返すだけで気合を要していたわたしではない。

 これがもしダンジョンの壁ではなく、普通のコンクリや金属の壁だったら、簡単に打ち砕ける自信がある。それだけのパワーを拳に込める。


「せー……のっ!」


 ガァン、という轟音(ごうおん)。そしてこちらまで伝わってくるかのような衝撃。

 見えざる手は……破壊こそされなかったものの、構成するエネルギーの大部分を失ってしまった。一方、壁には(へこ)みひとつ見当たらない。


「……へーぇ?」


 雷は消えて、見えざる手は弾かれた。


 ならば氷はどうだろうとぶつけてみると、氷の槍が砕けた代わりに、当たったところが凍り付いた。

 氷属性のスペルは当たったところを凍らせるものが多いから、わたしの魔法でもそういうふうにしているけれど、これは効くのか。まあ、壁にはヒビひとつないわけだけど。


 次に水球をぶつけてみるも、当然のように濡れた。その状態でもう一度雷を放つと、今度は濡れた部分に雷が拡散した。


 なんというか……作為的(さくいてき)なものを感じる結果である。


 色々試すうちに、フロアボスを探して周回するよりも、こうやって人気のないところに陣取(じんど)って、魔法を文字通り壁打ちした方がいいんじゃないかとすら思えてきた。

 ただ、こうも何の手ごたえもないとイラッとするのも事実である。どうにかしてこいつにヒビのひとつでも入れてやれないものか。


 壁にそっと手を触れてみる。

 凹凸(おうとつ)はなくなめらかで、コンクリとも金属ともつかない不思議な質感をしている。指先に感じるのは無機質な冷たさと――ダンジョン由来の膨大な魔力。


「おっ?」


 素手で触ってやっとわかった。この壁には……おそらく、床や天井も。とんでもない密度の魔力で満たされている。

 もしかしなくても、これが無敵性の正体では?


 ならば、やるべきことはひとつ。


 いつもは空気中から取り込んでいるダンジョンの魔力を、壁についた手のひらから吸い上げる。身体の奥底で、魔力機関がきゅいんきゅいんと回り続ける。

 少し壁の魔力が薄くなってきたと思ったら、(おぎな)うように周囲の壁から魔力が注がれてきた。小癪(こしゃく)な壁だ。


 どうせ魔力機関が生み出したエネルギーを消費しないといけない。ここは大掛かりな魔法を使ってもいいところだろう。


 魔力を吸い上げているのと反対の手も壁につく。イメージするのは、家の玄関のドア。

 そのくらいの範囲に対して、停滞の魔法を行使する。

 無事に魔力の流れは()き止められた。これは効くようで何よりだ。

 停滞の魔法は他の魔法と違って維持が必要だ。魔力を消費するのにはちょうどいい。


 そうして壁から魔力を吸い上げては停滞の魔法の維持に回すこと数分。壁に宿る魔力の濃度が、空気中と同じくらいになった。

 ここまでくれば、もう壊せるのでは?


 魔力の吸い上げに消費が追い付かず、わたしの身には未だ膨大なエネルギーが宿っている。

 それら全て……はやりすぎなので、大半を見えざる手の魔法に注ぎ込む。

 さて、今度こそ思いっきりぶん殴ってみよう。破壊するまでが暴力だと、お母さんも言っていた……気がする。


「いっ、せー……」


 ――拳を振りかぶった瞬間、わたしの脳裏にとある思考が駆け巡った。


 ダンジョンの壁を壊す実験の場所に、わたしは誰も来ない行き止まりを選択した。それは間違っていないと思う。

 ここは探索者協会が作ったマップの(はし)っこで、この壁の向こうには何もない。


 じゃあ、この壁を壊した先には何があるのだろう?

 もしかして、わたしは今とんでもないことをしようとしているのでは?


 だがしかし、拳は急に止まれない。


「――――のッ!!」


 轟音、衝撃。そして、確かな手ごたえ。

 わたしが停滞の魔法を使った範囲だけが、綺麗にぶち抜かれていた。


「……おぉ……」


 やればできるものだな、と我ながら感心してしまう。

 真っ暗で何もない謎の場所に繋がることも覚悟していたけれど、穴の向こうはここと変わり映えしない景色だった。大部屋、だろうか。


「っとと」


 停滞の魔法を解除した瞬間に壁が修復され始めたので、慌ててもう一度停滞させる。

 穴の先に杖を突きだして問題ないことを確認し、向こう側へと踏み入った。


 最初に目に入ったのは、黒い(もや)のような何か。

 少なくとも、みなとみらいダンジョン第十一層にいるはずのないモンスター。


 そして――――


「…………何事だ?」


 ――――人間だった。

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