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現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第2章 ウィッチ・ミーツ・ウィザード
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第22話 現代魔女、新天地へ

 咄嗟(とっさ)に魔法を使ってしまったことを、この短い時間で何度後悔しただろう。


 目の前のこの人の命を助けたことを後悔しているわけじゃない。わたしだって、そこまで落ちぶれてはいない。

 ただ、もっと上手いやり方があったんじゃないか。

 もっと気を付けていれば、少なくともこの状況は回避できたんじゃないか。


 今しているのは、そういう後悔だ。


「身体は動くが、全快ではない。一方、致命傷と思われた腹の傷は、身体どころか服にも跡が残っちゃいない。どういうことだろうな?」


 この手を振り払ってしまおうかと思うも、その前にわたしの手首を掴む力が強まった。

 切れ長の金色の瞳が、ひび割れたレンズの奥からわたしを射抜く。


「……お前、一体俺に何をした?」


 その一言と同時に、とっくに逃げ場がなくなったことを悟った。


 ――ああ神様、あるいはわたしよりずっと偉大な魔法使い様。

 叶うなら、この世界の時間を巻き戻してほしい。具体的には、そう、二時間くらい。


 ……まあ、たぶん。

 この人を前にしたら、それだって無駄に終わると思うけれど。



 ---



 オオミヤダンジョンであのとんでもないパーティから逃げ出してから、およそ二ヶ月。

 (つつが)なく高校を卒業したわたしは、新天地である横浜でキャンパスライフを謳歌(おうか)していた。


 あまり大宮近辺にいたくなくて、予定より早く新居に移り住んだ。

 家の手入れをするために定期的に実家に帰るつもりなので、荷物は最小限に。

 それでも、未だに整理できていない段ボールがいくつか残っている。


 遥香ちゃんたちからの心配のメッセージには、今も既読をつけられていない。その代わり、彼女たちと繋がっているアカウントのプロフに「卒業しました」と書き記し、アイコンを初期状態に戻しておいた。

 これでわたしが無事であることだけは伝わっていれば幸いである。


 解かれないまま部屋の隅に鎮座(ちんざ)するダンボール。

 プロフを変えただけでブロックも削除もできていないアカウント。

 それらが目に入るたびに、何とも言えず暗い気持ちになる。


 けれど、これはわたしが選択したことだ。

 いつまでも引きずってはいられない。


 さて、今日は休日。

 なんとなく気分を変えて、最寄りのヨコハマダンジョンではなく、みなとみらいダンジョンまで足を運んでみようと思う。


 ちなみに、このダンジョンはカタカナ表記にはならないらしい。不思議なものだ。



 ---



 引っ越してから初めてヨコハマダンジョンに行ったときは、オオミヤダンジョンよりずっと人が多くて圧倒された。

 一方、このみなとみらいダンジョンは、おそらくオオミヤ以上ヨコハマ以下といったところだ。


 なお、立地に関係なく四月はダンジョンに人が増える。大学合格を勝ち取り、そのあと探索者講習を受けた大学一年生たちが、バイト感覚で押し寄せるのだ。

 わたしもその中の一人として見られるのだろう。


「お一人ですか?」

「いえ、中で合流します」

「承知しました。お気をつけて」


 お決まりのやりとりを経て、ゲートを潜る。


 みなとみらいダンジョンはちょっと変わったダンジョンで、わりと近代的な趣向をしている。大規模な廃工場というか、人工的な地下空間というか、そういう感じだ。

 出てくるモンスターも、生き物というより機械のようなものが多いらしい。


 写真や動画をいくつか見ただけでも、オオミヤダンジョンやヨコハマダンジョンのような自然豊かなフィールド型より、個人的にわくわくする雰囲気を感じ取れた。

 空中を飛べるくらいの広さはあるし、それによって立体的な足場をショートカットできる。魔法による移動にも問題はない。


 そういうわけで、周回先として新たに開拓しようと思ったのだ。

 そして、それは正解だった。


「おお……」


 装備を整える人たちを横目に、歩みを進めながら辺りを見回す。


 動画の印象よりずっと広い。


 頭上には無骨な鉄骨の(はり)や、何らかのパイプなどが走っている。ところどころに照明器具があって、ちらちらと明滅しながら最低限の視界を確保してくれていた。

 きっとこのダンジョンには昼も夜もないのだろう。


 気になることといえば、わたしの知るオオミヤダンジョンやヨコハマダンジョンより魔力が薄いことだろうか。ファンタジー色が薄いと魔力も薄いのかもしれない。

 まあ、魔法を使うのには問題ない程度だ。


 オオミヤとヨコハマは階層ごとに階段を下りていくタイプだったけれど、こちらは上を目指していくタイプのダンジョンらしい。

 そこかしこに階段が見えて、先に入った人たちが移動する足音が響いていた。


 そう、音が響く。これも今までのフィールド型ダンジョンとは違う点だ。

 消音の魔法も使っていく必要があるだろう。


 人目を避けて物陰に入り、いつもの魔法を使う。

 気配は消え、目には見えず、ついでに今日は音もしない。


 その状態で、まずは使い魔を放つ。今回はコウモリだ。


 このダンジョンのフロアボスも、例に漏れず固定シンボル型・ランダムポップ型・徘徊型がいる。

 そして前二つのタイプはあちこちの扉の奥にある大部屋にいるのがほとんど、らしい。

 扉を開けないとボスがいるかどうかわからないけれど、物体を通り抜けられる使い魔には関係ない。


 コウモリくんたちが空いているフロアボスを見つけるまで、機械系モンスターとやらがどんなものなのか確認してみるとしよう。


「よっと」


 翼の魔法を使ってから床を蹴り、上方へと飛び上がる。

 周りに人がいないところを選んで飛び回っていると、ちょうど一体でうろついている個体を発見した。


 大きさはわたしの膝くらい。最低限物が掴めるようなアームが二本伸びており、ずんぐりむっくりとしたフォルムをしている。

 不可視と消音だけで機械をごまかせるか不安だったけれど、どうやら至近距離にいるわたしには気づいていないようだ。

 まあ、所詮(しょせん)は第一層のモンスター。感知能力は低いのかもしれない。


 魔法を使う瞬間を見られないように気を付けながら、モンスターのいるあたりも含めて人避けと不可視の魔法を重ねる。

 さて、機械といえば雷や水に弱いイメージだ。このダンジョンについて調べるときに目を通した記事や動画でも、それらの属性が効きやすいとあった。


 人差し指をくるりと回す。

 まずは軽い電気ショックからいってみよう。


 初めてダンジョンで雷の魔法を使ったときよりもずいぶん控えめな電流が、機械のモンスター目掛けて(はし)る。


『ビガッ……』


 魔法を受けたモンスターは、一瞬しびれたようにおかしな動きをして――崩れ落ちて動かなくなってしまった。


「…………壊れちゃった」


 本当にこれだけで終わったのかと呆然としているうちに、モンスターは塵となって消えてしまった。

 あとに残されたのは、小さな魔石と何らかの金属片。


「ほんとにあの程度で……?」


 釈然(しゃくぜん)としないまま戦利品を拾う。

 まあ……繰り返すけれど、所詮は第一層のモンスターだ。このみなとみらいダンジョン自体が他のダンジョンより難易度が低い可能性だってある。

 そもそも、第一層で活動するような探索者が雷属性を扱うことは考慮されていないのかもしれない。誰が何をどう考慮するんだって感じだけど。


 フロアボスが見つかるまで、もう少しだけ実験しようと、わたしは次の標的を探しに飛び立った。



 ---



 結論。

 みなとみらいダンジョンはハズレかもしれない。


「はぁ……」


 あっさりと辿り着いた第五層の中継キャンプで休憩しながらため息をつく。


 あれから四体のフロアボスを倒してここまで来たものの、そのどれもが雷一発でおかしくなってしまったのだ。

 さすがに倒すまでにはもう何発か必要だったものの、オオミヤダンジョンやヨコハマダンジョンに比べて明らかに手ごたえがない。


 ちなみに、雷ほどではないけれど水の魔法もまあまあ効いた。

 水の魔法で濡れた状態だと雷の魔法がさらに効きやすくなるのも確認した。


 嫌な言い方をするけれど、ダンジョンのモンスターというのは、わたしにとって魔法のサンドバッグだ。

 魔法をどんどん撃つためにフロアボス周回をやろうというのに、そのサンドバッグが(もろ)いのはいただけない。


 雷と水を封印すればいいとはわかっている。でも、わたしは雷の魔法が一番得意だ。

 できればたくさん研鑽(けんさん)を積みたい。


 まあ、さすがに上の階層に進めば、もっと電流に強い機械モンスターが出てくると思う。

 しかし、みなとみらいダンジョンがわたしにとってハズレといえるのには、他にも理由がある。


「まさか第十層を超えたら飛べなくなるとは……」


 そうひとりごちながら天を仰ぐ。


 ダンジョンは、十の倍数の階層を除き、奥の階層ほど徐々に広くなっていく。今までに例外は発見されていない。

 だというのに、わたしの視界に広がるみなとみらいダンジョン第五層の空間は――第一層のそれよりも、幾分(いくぶん)狭くなっていたのだった。




 ★★★


【Tips: 迷宮型とフィールド型】

 世界各地のダンジョンの構造は一律ではなく、それぞれ異なる規模や環境の空間が広がっている。

 そんな数多くのダンジョンを分類するにあたり、探索者協会はダンジョンの構造を「迷宮型」と「フィールド型」の二種類に振り分けるよう定義した。

 多くの人が「ダンジョン」と聞いたときに想像する、主に狭い通路で構成され迷路のようになっているダンジョンまたは階層が迷宮型。

 地形の良し悪しはあるものの、決まった道筋がなく階層内のどこでも自由に移動できるダンジョンまたは階層がフィールド型である。

 探索者協会の発表では、確認されているダンジョンのおおむね5割が迷宮型、3割がフィールド型、残りの2割が両方の階層をもつ複合型とされる。

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