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現代魔女はダンジョンに潜る  作者: 齋藤 真白
第1章 青春短し潜れよ乙女
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第20話 覗き見

 今、わたしの手のひらの上には、小さなネズミがいる。

 ダンジョンの中でお世話になったのと同じ、魔法で生み出した使い魔だ。


 隠形(おんぎょう)、不可視、物体の透過。とにかく見つからずどこにでも入り込めることを重視した。


「よろしくね」


 声を潜めて、使い魔を送り出す。

 閉め切られたゲストルームの扉をするりと通り抜け、向かう先は――神林さんたちの生活スペースだ。



 ---



 使い魔が見聞きしたものはわたしにも共有される。

 生活スペースに入り込む手前、わたしもお世話になったシャワー室の方から水音が聞こえた。誰かが使っているのだろう。

 人の裸を覗く趣味はないので、そのまま生活スペースの扉を通り抜けていく。


 扉の向こうは、わたしたちのいるゲストルームとは大違いだった。

 カプセルホテル式じゃなくて、ちゃんとしたドアがある。

 ホテルの廊下みたいになっていて、普通のドアが左右に二つずつ。そして一番奥に豪華なドアが一つ。

 このコンテナハウスはヒルデさんのお父さんが娘に用意したプレゼントという話だから、一番奥の部屋がヒルデさんの部屋だろう。


 まずは右側手前の部屋。

 入ってみると、ビジネスホテル並みの広さの部屋だった。ベッドがあって、収納棚があって、椅子と机も置いてある。

 水回りは共用部で済ませているのか見当たらなかった。

 ベッドにいるのは鈴村さん。ここは鈴村さんの部屋らしい。うつ伏せになった状態でスマホを眺めている。

 何も得るものはなさそうなので、次。


 左側手前の部屋へ移動する。

 誰もいない。けれど特徴的な和風の杖が立てかけてあって、ここが宮森さんの部屋であると知る。

 今シャワーを浴びているのは宮森さんなのだろうか?

 やはり何も得られないということで、次。


 左側奥の部屋にも誰もいない。

 弓が置いてあったので、ここは清野さんの部屋だ。

 ここが目的だっただけに、当てが外れてしまった。

 まあ、おそらく神林さんの部屋で、わたしたちについての話をしているのかもしれない。

 さっさと向かいの部屋へと移動する。


 右側奥の部屋は暗かった。

 ベッドで眠っているのは――――


「…………っ」


 思わず声を上げそうになる。

 見間違えようがない。ヒルデさんだ。

 

 ということは、一番奥の豪華な部屋が神林さんの部屋ということ? このハウスはヒルデさんの持ち物なのに?

 ヒルデさんも納得してのことだろうけど、どうも釈然(しゃくぜん)としない。


 とにかく、ここに用はない。

 最後の部屋へと使い魔を移動させる。


 一番奥の部屋は、ドアと同様、他の部屋よりも豪華な作りだった。

 さすがにホテルのスイートルーム並みとはいかずとも、ずっと綺麗で広くて、居心地がよさそうな。


 部屋の隅には色々と荷物が置いてある。

 食事を作っている間、神林さんと清野さんはドロップアイテムの仕分けをしていたみたいだけれど、その作業はここでやっていたのかもしれない。

 

 一見、ここにも誰もいない。でも、部屋の主と――おそらく清野さんがどこにいるかはわかる。

 この部屋には他の部屋とは違い、中にも扉がある。……浴室への扉が。


 どうしよう、すごく嫌になってきた。あんなことやこんなことしてたらどうしよう。

 それでも、情報を得るためにここまで使い魔を送り込んだのだ。

 覚悟を決めて、使い魔を浴室の中へと滑り込ませる。


『……沙苗のやることだから、ちゃんと考えがあるって信じてるけどさ。俺はそういうつもりで遥香たちを誘ったわけじゃないんだぞ』


 ビンゴ。ちょうど目的の話をしている。

 二人が泡だらけの体を密着させているのは……見なかったことにしよう。ネズミくんは壁の方を向いているように。


 それにしても……まさか今の言葉からすると、清野さんは神林さんの了承を得ずにあんな話をした……ってこと?

 …………くらくらしてきた。


『正光様が誘ってしまうからそういうことになったのですよ。ご自分のギフトが露呈(ろてい)しかねないような言動は(つつし)んでくださいと、いつも申し上げているはずです』

『うっ……ご、ごめん。でも遥香の力になってやりたくて……』

『そうやって名前で呼び合うくらいの仲の方とそのお友達ならば、信用できるという理由もありますが』

『……怒ってる?』

『いえ?』


 遥香ちゃんとは何もなかったとか、そういう目で見てたわけじゃないとか、そんな神林さんの言い訳が続く。

 向こうは必死なんだろうけど、遥香ちゃんの気持ちを思うと最悪な気分だ。


『ともあれ、正光様には新たなパートナーを迎えていただこうと以前から考えておりました。今回がちょうどいい機会かと』

『ヒルデの時もそうだったけどさ、俺が望むならともかく、なんでお前がノリノリなんだ?』

『正光様との未来を第一に考えてのことですよ。私だけでなく、婚約者一同の総意だと思っていただければ』


 大層な総意である。

 鈴村さんは遥香ちゃんにお嫁さんがどうこうと(けしか)けてきたし、ヒルデさんは自分が四人目だとわかっていて加入したのだという。似たような考えでもおかしくない。

 ……宮森さんもそうなのだろうか?


『繰り返しますが、正光様が軽率(けいそつ)な行動をしなければもっと吟味(ぎんみ)できたということをお忘れなく』

『だからごめんって……』

『もしや、彼女たちに何かご不満でも?』


 その言葉に息を吞む。

 もし遥香ちゃんに「そういう目で見れない」とか言い出したら、雷のひとつでも叩き込まないといけない。


『そりゃ……ないよ。遥香は可愛い後輩だし、頑張り屋なのもよく知ってる。他の三人のことはまだよく知らないけど、全員女の子として魅力的だと思う』

『なら、問題ありませんね』


 気づけば人差し指をくるっと回し、個室全体に消音の魔法をかけていた。


「――――大アリだわ!! ふざけんな!!」


 肩で息をしながら、個室の外の様子をうかがう。魔法はきっちり機能していたようで、誰も気づいた様子はない。


 ああもう、鳥肌が止まらない。どうしてくれよう。

 

 遥香ちゃんはともかく、半日ぽっちでわたしたちの何がわかるというのか。

 いや、わからない上で魅力的とか受け入れてもいいとか、そういう態度でいるわけか。


 雷のついでに氷も叩き込んだ方がいいかもしれない。真面目にそう思った。



 ---



 それから二人がいちゃつくだけになったので、監視を使い魔の自律行動に任せることにした。


 いちゃついている間の会話を少し聞いてみた限り、順番にこうやって神林さんの相手をしているらしい。すごい世界だなと改めて思う。

 さすがに今日は同じハウスに客であるわたしたちがいるから、その、本格的なアレはないみたいだけど。


 ……ということは、普段はやってるのかな。

 ヒルデさんのお父さんが娘のために用意したベッドやお風呂で。ヒルデさんだけじゃなく、他の女の人とも。

 このこと|ルイス・フォルスター氏《親御さん》にチクったら、このパーティ(こじ)れさせられないかな。無理か。忘れよう。


 さて……結論から言うと、わたしたちをパーティに取り込もうとしているのは、神林さんのギフトが原因らしい。

 たぶん、あの異常な経験値効率のことだろう。

 そんなものが世間に知られたら神林さんのところに人が押し寄せ、取り合いになってしまうのは間違いない。

 秘密の一端に触れてしまったわたしたちを取り込もうとすること自体は、まあ、わかる。最初から触れさすなとしか思えないけど。


 理由はわかったけど、そうなるとどうやって円満に断ろうか。

 気になるのは、清野さんが断られる可能性を全然考えてなさそうなことだけれど――……


「ん?」


 使い魔から反応が届いた。二人に動きがあったらしい。

 正確には、清野さん。


 二人はベッドに横になっていて……清野さんだけが起き上がった。

 清野さんの身の回りの私物はこの部屋に持ち込まれているようで、何やら自分の荷物を(あさ)っている。


『……このことを知ったら、正光様も幻滅(げんめつ)するでしょうね』


 そんな(つぶや)きを拾った瞬間、咄嗟(とっさ)に使い魔越しに魔法を使った。


 人の思考を読む魔法は存在する。何故ならお父さんが使えるから。

 でも、魔法は個人によって得手不得手(えてふえて)があって、わたしはそこまで得意ではない。せいぜい、嘘をついているかどうかわかる程度だ。

 そもそもたとえ読めたとて、人の思考というのはとても複雑なものだ。即席の使い魔越しでは上手く受け取れないだろう。


 そこで逆転の発想。

 思考を読めないなら、向こうから単純な形で開示してもらえばいい。

 たとえば――思っていることを全部独り言で言いたくなっちゃうような暗示をかけてみたり、とか。


『――正光様はこれからさらに上へと上り詰めていくお方。欲にまみれた有象無象(うぞうむぞう)に足を引っ張られるわけにはいきません』

『不安要素は全て排除しなければ……だから、これは仕方ないことなのです』

『彼女たちにも決して悪い話ではないのですから……しかし……』


 清野さんが手にしているのは、一冊のノートだった。

 市販のものとは違い、(ひも)()じた古風なデザイン。

 そう、ゲストルームにも持ち込んでいたもの――それ以前に、わたしがシャワーから上がったときに、何かを書き込んでいたものだ。


『……もう少し、効果を強くした方がよかったでしょうか?』

『明日返事をいただくときのために、もう少し保険をかけておきましょう』


 そう言うと、清野さんはデスクライトのスイッチを入れ、ノートを開いた。

 書かれた内容を覗き見るために、使い魔を机の上まで移動させる。大丈夫、隠形は完璧だ。


 さて、何が書かれているのか――――



 ---



 桃園遥香・蓮見那月・芒原茜・柊千世の四名にとって、清野沙苗の提案は人生最良の機会である。

 桃園遥香・蓮見那月・芒原茜・柊千世の四名にとって、清野沙苗は誠実であり、その言葉は信頼に値する。


 桃園遥香は、ダンジョン産の食材を研究するという目標を、神林正光のパートナーとなることによって果たせると考える。

 蓮見那月は、ケガに備えてポーションを得るという目的を、神林正光のパートナーとなることによって達成できると考える。

 芒原茜は、探索を通して強い自分になりたいという願いを、神林正光のパートナーとなることによって叶えられると考える。


 柊千世は、




 ★★★


【Tips: アイテム鑑定】

 ダンジョンから得たあらゆる資源は、『アイテム鑑定』のギフト、または鑑定用のアイテムによってその詳細を知ることができる。

 戦闘に直接寄与しないギフトを授かる者は(まれ)であり、『アイテム鑑定』の持ち主の需要は高い。探索者協会は彼らを積極的に職員として好待遇で雇用している。

 ダンジョン黎明(れいめい)期には、パーティに自前で『アイテム鑑定』の持ち主を囲い込み、探索に同行させるのがステータスであった時期もある。

 ただし、多くの鑑定用アイテムが鑑定結果を外部に出力する機能をもつ一方、『アイテム鑑定』による結果は、ギフトを持つ本人にしか把握できない。

 この特性を悪用して鑑定者が希少な資源や高性能なアイテムの鑑定結果を偽り、自分の懐に入れてしまうトラブルが相次いだ。

 そういった経緯から、探索活動で得た成果の鑑定は探索者協会に料金を払って依頼するのが慣例となっている。

 もしもパーティの成果をメンバーの『アイテム鑑定』に一任しているならば、それは余程の信頼があってのことであろう。

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