第19話 それぞれの答え
今日の日本において、いわゆる重婚とか複数婚のような形で家族になるためには、マルチパートナーシップを締結する必要がある。
これは実際には近親婚と児童婚以外のほとんどの形の関係性を網羅するもので、何人もパートナーを作らず同性婚や事実婚みたいに使っている人もいる。
実質カジュアルな結婚みたいなもので、イギリスとかフランスの似たような制度を参考にしたとかネットに書いてあったけど、まあそれは置いといて。
大事なのは、これが法的に保証された身分という点だ。
配偶者の権利とは存外強いもので、だからむやみに濫用されないように、この制度を作った人は諸々の制限を設けた。
税金周りで有利になりすぎないようにだとか。外国人のビザやら在留資格やらに関する審査が、配偶者のそれより厳しくなったりだとか。
でも、それよりもっと単純で分かりやすいルールがある。
この制度によって一人が関係を結べるパートナーの数は、最大四人。パートナーシップ全体で五人。
ちょうど、一般的な探索者パーティの人数と、同じように。
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「いきなり婚約とか言われてもさっ、困っちゃうよね」
「まあ、だよなあ」
「強引です……はぅ……」
「ヤバいですよね」
つとめて明るい口調で言う遥香ちゃんに、みんな口々に同意する。わたしの場合は気遣いと本音が半々というところだ。
茜ちゃんの場合は……いつもと同じか。
「……でも、先輩の……あの人たちのパーティの一員になれるなら、それってすごいこと、だよね」
その言葉に、みんなが再び口を閉ざす。
遥香ちゃんと那月ちゃんは欲しいものが手に入って、茜ちゃんも目標に近づける。
今後もダンジョン探索を続けるなら、条件自体は申し分ない。
「そりゃなあ。婚約前提ってのは極端だと思うけど」
「うん……あの、それでね、思い上がりかもって思うんだけど……」
下ろした髪をくるくると指に巻き付けながら目を伏せるその姿は、どう見ても恋する乙女のそれで。
「この話が来たってことは、さ。……正光先輩、あたしと……ううん、あたしたちと、そういう関係っていうか……結婚してもいいって、思ってくれてるのかな?」
自分事として考えると、想像しただけで鳥肌が立ちそうになるのは、まあいいとして。
……友達として、ここで迷いなく「きっとそうだよ」と言ってあげられれば、どんなに良かったことか。
「んー……少なくとも遥香はそうだろ? おれみたいなんはとりあえず傍に置いとくだけでほっときゃいいけどさ、仲いい奴にそういうことすんのは気まずいだろ。ちゃんと筋は通すんじゃね?」
「……まあ、それは一理ありますね」
「わ、私だったらなっちゃんをほっとくなんて絶対ありえないです!」
「へいへい」
それを聞いた遥香ちゃんは、寝間着の袖で口元を隠して俯いてしまう。
揺れているのだろうし、期待しているのだと思う。清野さんが語った、平等に愛される未来に。
「…………これからを決める前に、みんなに聞いてほしいことがあるんです」
だからこそ、わたしは言っておかなければならない。
清野さんが、最後まで隠していたことについて。
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できるだけ主観が入らないように伝えたつもりだ。
現状この国で複数人と『結婚』の形をとるためには、マルチパートナーシップ制度を使うしか方法がないこと。
鈴村さんが、マルチパートナーシップと聞いて「サインした」と漏らしたこと。
ひとつのパートナーシップに記名できるのは五人までであること。
清野さんは自分たちを神林さんの『婚約者』だと表現したけれど、わたしたちのことは一度もそうは言わなかったこと。
パートナーシップに記名していなければ、ただ愛人を囲っているのと変わらず、法的な効力を持てないこと。
……わたしの最後の問いかけでも、このことを教えてくれなかったこと。
きっと、もっと直接的に「法的にどうなのか」「例の制度を使うのか」と聞いていれば、清野さんも観念して白状しただろう。
でも、わたしは清野さんが誠実であるかどうかを知りたかった。
ある意味神林さんの代理人ともいえる彼女が、相手の人生を左右する選択を迫ったとき、不都合な事実を明かしてくれるかどうか。
「……なるほどな。そんであんときの千世はやたらと怖い顔してたってわけだ」
「そ、そんなに?」
「そんなに」
…………詳しくは聞くまい。怖いから。
「んんっ……まあ、そういうわけなんです。わたしは……少なくとも清野さんのことは、信用できません」
わたしがそう言って膝の上に視線を落としたのを最後に、何度目かの沈黙が部屋に広がる。今までのそれよりも、いくらか重く感じられる。
遥香ちゃんの幸せに水を差してしまったかもしれない。
それでも、わたしは――――
「…………ありがとう、千世ちゃん」
顔を上げると、遥香ちゃんが微笑んでいた。
柔らかく、それでいて眉尻を下げて、困ったように。
「あたしのこと、心配してくれてたんだよね?」
「……みんなそうですよ」
「ふふ、嬉しいな」
でもね、と遥香ちゃんが片腕をさする。
「あたし、やっぱり……正光先輩のこと、好きだから。そばにいられるなら、そうしたい」
「…………」
「もちろん、さっきのことは明日の朝にでもしっかり清野さんに聞くつもりだよ。それに……」
「……それに?」
「……正光先輩がみんなを平等に扱ってくれるっていうのは、きっと本当だから。そういう人なんだ」
それを聞いて、わたしはどんな顔をすればいいのかわからなくなった。
一年間慕っていた後輩の自分と、ぽっと出のわたしたち(わたしは御免だけれど)が一緒に扱われるなんて、本当に何も思わないんだろうか。
「んじゃ、遥香はこの話受けるっつーこと?」
「うん。……みんなはどう?」
その問いかけに、心臓がひくりと跳ねた。
「おれも受けようかな。どうせおれみたいなんは嫁の貰い手もいないし。玉の輿だろ、玉の輿」
那月ちゃんが頭の後ろで手を組んで無邪気に笑う。
どうしてそんなに軽く決めてしまえるのだろう。楽しそうで、気軽で、まるでバイト先でも選ぶみたいに。
決断が速いのが那月ちゃんの美点ではあれど、今は理解できない。
「か、神林さんと……皆さんと……私が……ふへ、ふふ……」
「……茜も受けるってことでよさそうだな」
茜ちゃんはいつも通りだった。もうどうしようもない。
むしろ神林さん以外に浮気しやしないかを気にした方がいいだろう。
「千世ちゃんは?」
みんながわたしを見ている。
わたしの返事を待っている。
「……わたしは……」
そのとき、ふと、両親の姿を思い出した。
わたしが物心ついたときから何年経っても変わらず、いつも仲睦まじく寄り添っている二人。
ダンジョンが発生してから急に忙しくなったみたいで、わたしが小学生になってからはお母さんが、中学生になってからはお父さんまで、なかなか帰ってこなくなってしまった。
それでも、送られてくる写真やビデオ通話の画面の中では、こっちが恥ずかしくなるくらいにくっついている。
そんな両親の馴れ初めについて、小さい頃に一度聞いたことがある。
好きなったのはお父さんの方から。モテモテだったのにお母さんに一途にアタックするものだから、他の魔女から嫌がらせまで受けたと、お母さんが零していた。
今ではお母さんもベタ惚れになっていて、未だにお父さんに言い寄ってくる魔女を牽制するので大変なんだとか。
まあ、何が言いたいのかというと。
わたしは、そんな両親の在り方に憧れを抱いている。
たとえ相手が神林さんじゃなくても、本当に恋した相手だったとしても。
わたしの返事は、きっと変わらなかっただろう。
……まあ、後者の場合泣いてたかもしれないけど。それはもう盛大に。
「わたしは、遠慮します。ごめんなさい」
一瞬、みんながきょとんとした顔になった。
まるでわたしも話を受けて当然だと、そう思っていたみたいに。
「……そっか。うん、そうだよね」
「そりゃ困るわな、普通は」
「で、でも、大丈夫でしょうか? 清野さん、全員で受けてほしいって感じでしたけど」
「元からとんでもない話だったもん、そこはわかってくれるって」
その反応に、内心ほっとした。
わたしが正直思いとどまってほしかったように、みんながわたしを説得してきたらどうしようかと思っていた。
「……うん、よし。今日は早めに寝よっか! 明日早起きして、清野さんに色々聞かなきゃいけないしね」
その提案に反対する理由は誰にもなく、流れで今日はもう寝ることになった。
時計を見るとまだ寝るには早い時間だけれど、色々考えて、わたしも――遥香ちゃんも疲れているのだろう。
遥香ちゃんと那月ちゃんが梯子を上っていき、茜ちゃんもいそいそと自分の個室に入る。
わたしも同じように、スリッパを揃えて個室に上がった。
「じゃあ、また明日ね」
「おう、おやすみー」
「はーい、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
そんな挨拶を最後に、みんなが個室のシャッターを閉める。
それから聞こえるのは、ベッドへ移動する足音や、かすかな布擦れの音。
「…………」
本当なら、みんなでの初めてのお泊りは、テントでのキャンプのはずだったのに。
決して広々とは言えないテントの中で四人で寝袋を並べて、ほのかな明かりの下でいろんな話をする。
そんな青春らしい光景を、楽しみにしていたのに。
「…………はぁ」
ため息をついて、わたしもシャッターを落とした。
ベッドの上で三角座りになって――人差し指をくるりと回す。
眠るにはまだ早い。
まだ、わたしにはやることがあるのだから。
★★★
【Tips: 魔法使いの誕生】
新たな魔法使いが生まれるには、二通りの方法が存在する。
ひとつは、主に老いた魔法使いが他の人間に——ほとんどの場合女性から女性——継承の儀を行うことである。魂に組み込まれた魔力機関を移植することで、儀式を受けた人間は魔法使いへと生まれ変わる。その際、魔力機関の持ち主は当然のように魔法の力を失い、程なくして命を落とすことになる。
もうひとつは、魔法使い同士の男女、あるいは強力な魔法使いの血を引く者が子をなすことである。人間・魔法使い共に、ほとんどの男性は継承の儀への適性を持たないため、男性の魔法使いはこの方法でしか生まれないとされている。それでもどういうわけか女性の方が生まれやすく、魔法使いは常に男性不足に陥っている。
そのため、魔法使いの男性は子種としての役割を求められ、後継を望む何人もの魔女と子供を作ることがほとんどである。




