第18話 知らないとでも
今、清野さんはなんと言ったのだろう?
私たちと同じ立場、というのはつまり婚約者ということで。
皆さん全員で、というのは……わたしたち全員、ってこと、で?
……いやいやいや、どう考えてもおかしいだろう。
遥香ちゃんの目を見てほしい。ハイライトが消えようとしている。
遥香ちゃんに婚約の話を持ち掛けるならまだしも、他三人は初対面だし、むしろわたしは神林さんに苦手意識すら抱いているのだが。
「私たちは正光様を中心とした婚約関係。つまり、身内パーティということです」
身内パーティって別にそういうガチ身内みたいな意味ではないだろうと、そう突っ込みたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、清野さんは一切の淀みなく話を続ける。
「今回は桃園さんが正光様の大切な後輩ということで、一回限りの特例として同行に賛同しました。しかし今後も共に活動していくなら、皆さんにも『身内』になっていただきたいのです」
「……それって本当に必要なことなんですか?」
思わず口をついてしまったその疑問に、清野さんは微笑みでもって返した。
まるで、小学生の素朴な疑問に答える先生みたいに。
「正光様には探索者としての素晴らしい才能があります。大前提として、私たちは正光様を心からお慕いしていますが……そんな近しい立場だからこそ、正光様と共にダンジョン探索をしてその恩恵を受けているのもまた事実。同じ恩恵を受けるのならば、同じ立場になっていただくのが筋ではありませんか?」
「…………」
「ちなみに、ヒルデさんも同じ条件でパーティに加入していますよ」
そう言われたら反論しにくい。
でも、確か今日聞こえてきた話では、ヒルデさんは自ら望んでパーティに入ったはず。一方、今はわたしたちが加入を打診されている側だ。
もうわたしは断ると決めたけれど、とにかく釈然としなくて、何か言い返そうと口を開いた。
「――――」
「あの、いいですか」
それを遮ったのは、遥香ちゃんだった。
「何でしょう?」
「さっきの……自分の好きな人のことを好きな人が増えると嬉しい、みたいな話……ほんとですか?」
遥香ちゃんは俯いたままで、その声はかすかに震えている。
「辛くなったり、後悔したりしたこと、ないんですか」
清野さんは目を閉じて、少し間を置いた。
「……ないとは言いません」
その言葉に、遥香ちゃんがぱっと顔を上げる。
「最初は戸惑いました。正光様への気持ちは本物でも、他の方と分かち合うことへの抵抗は確かにありました。辛いと思ったことも、あります」
「……ありました、ってことは、今はないんですね?」
まるで、何かを確かめるような言い方だった。羨ましがっているようにも聞こえた。
「いえ。今も、そうとは言い切れません」
清野さんは静かに続ける。
「それでも……正光様が私たちを同じように大切にしてくださったから。それで、それだけで心が満たされるようになりました」
「……自分が一番になりたいって、思ったりもしないってことですか……?」
遥香ちゃんの声は、今度はもっと小さかった。まるで自分自身に問いかけているような。
「思いますよ。今でも、ごくたまに」
清野さんはそこで少し目を伏せて、それからまっすぐ遥香ちゃんを見た。
「ですが正光様は、私たちの誰一人を疎かにしたことがありません。誰かを優先して誰かを後回しにするということをせず、もしやむを得ない状況があってもしっかりと埋め合わせをしてくださる方です。その誠実さを見続けるうちに……一番でなくても、正光様の隣にいるだけで幸せだとわかりました」
「…………」
「皆さんのことも、正光様は平等に大切にしてくださるはずです。私たちと同じように」
「……平等……」
夢見るような声色でそう零したのは、遥香ちゃんではなく、茜ちゃんだった。
なるほど、平等。平等ね。
「……一旦、みんなで相談させてもらっても……いいですか」
「ええ、もちろん。色よい返事を期待しています」
これで話は終わったとばかりに、清野さんはにこりと笑って立ち上がる。
「すみません、最後にいいですか」
けれど、わたしにはまだ言わないといけないことがある。
「千世?」
那月ちゃんが訝しげにこちらを見てくる。
ちょっと今は目を合わせたくない。きっと、少なからず顔に出ている。
言いたいことは色々ある。
神林さんが最初から遥香ちゃんを――わたしたちパーティを婚約者にするつもりで同行を提案したとは思っていない。そういう人には見えなかった。
それでも相手の人生に責任をとるのは神林さんなのに、こんな大事な説明を他の恋人に任せるなんてどういうつもりなのか。ふざけてるのか。
けれど、それを清野さんにぶつけても仕方ない。
息子を甘やかす母親のごとく擁護するのが目に見えている。「よく言い聞かせておきますから」とか、「こういう話は女性同士の方が」とか。
清野さんに今問うべきなのは、別のことだ。
「…………何でしょう」
「本当に平等なんですよね?」
「……不安なのは理解しますが、正光様は――」
「いや、神林さんがどうとかじゃなくて」
清野さんの目をまっすぐに見つめる。涼やかな青い瞳が、一瞬、ほんの少しだけ揺れていた。
「世間的に……社会的に同じ立場に立たせてくれるのか、聞きたいんですけど」
その問いを受けて、清野さんはしばし目を閉じる。
そして、ひとつだけ息を吐いて、こちらに向き直った。
「……専業探索者である正光様のパーティメンバーとして、ひなたさん、柚希さん、そして私が既に知られるところとなっています。そして、何と言ってもヒルデさんのネームバリューは大きい。ヒルデさんの在留資格の問題が片付き次第ではありますが、メディアに変に探られる前に、関係性は公にしなければなりません」
「…………」
「一方、皆さんにはこれからの学生生活や進路があります。正光様との関係の公表は、その妨げになりかねない。ですから当面は、正光様のパートナーとして表に出るのは私たちだけです。そういう意味では同等とは言い難いですが……ご希望があれば公表もできますので、ご安心を」
なるほどなるほど、実にそれらしい説明だ。
「……納得いただけましたか?」
「ええ、お話を聞けて安心しました。ありがとうございます」
「いえ……」
そうして、今度こそ清野さんは退室していった。来た時と同じく、見事な一礼と共に。
残されたわたしたちの間には、しばらくの間沈黙が広がっていた。
数十秒か、数分か。みんなどう話を切り出すか迷っているように見えた。
「……どうしよっか?」
ついに口火を切った遥香ちゃんの笑顔は、あまりにも痛々しかった。
★★★
【Tips: マルチパートナーシップ制度】
2026年の法改正により、日本において『マルチパートナーシップ制度』が施行された。
少子化の加速に加え、ダンジョン探索者の死亡・行方不明者数の増加による家族形態の変化、および多様性への配慮を背景として誕生した制度である。
制度について簡単にまとめると、一人の筆頭者を中心に、複数の成人が配偶者となることを法的に認めるというもの。
参加者の性別を問わず申請が可能であり、財産・相続・扶養といった権利と義務は、原則として婚姻と同等のものが付与される。参加者全員の合意が必須であり、参加者は別の婚姻・パートナーシップを結ぶことができない点も、婚姻制度と同様である。
施行から数年が経過した現在においても、制度を利用するのはまだごく少数派である。社会的な受け入れは進みつつあるものの、価値観・倫理観に関わるセンシティブな問題であることには変わらず、当人たちが周囲に公言しない場合も多い。
制度がどう運用されるかは、ひとえに当事者たちの誠意と覚悟によるところが大きい。
なお、この制度によって一人が持てる配偶者は、四人を上限とする。




