第16話 ゲストルームにて
自分の気持ちを処理できないまま、シャワーをもらうことになった。
宮森さんが人数分の寝間着や新品の洗面用具を揃えてくれていて、わたしたちのパーティで先に済ませてほしいとのこと。
わたしは最後にシャワーを使わせてもらうことにした。
まず最初に遥香ちゃんがシャワーを浴びて、ゲストルームまで戻ってきた。
いつものツインテールを下ろした遥香ちゃんは、上気した頬も相まって大人っぽくて、少しドキリとする。
「どうだった?」
「家と全然変わらない使い心地だったよ。シャワーヘッドもいいの使ってて、水圧も温度も文句なし」
「さすがですねぇ……」
キャンプのシャワーよりよっぽど良さそうですね、と。
そう言いかけたけど、やめておいた。
「次、おれ行くわ」
「はーい」
那月ちゃんを見送って、手にしていたスマホに視線を戻す。
……鈴村さんの言葉が正しいなら、神林さんたちはマルチパートナーシップ制度を使うのだろう。
遥香ちゃんがどういう答えを出すにしてもわたしはそれを尊重したいけれど……もし相談を受けるようなことになったら、何も知らないでいるのは困る。
あの場にいたのはわたしだけなので、たぶん、相談されるとしたらわたしだ。いや、みんなにという可能性も高いと思うけど。
そういうわけで、国のサイトを見て制度について調べていたというわけだ。
そうして調べるうちに、少し気になることを見つけてしまった。
これを遥香ちゃんにどう伝えるのかは迷うところである。そもそもとっくに知っているのかもしれないし。
そのあたりを先延ばしにする代わりに、わたしは遥香ちゃんに声をかけた。
「あの、遥香ちゃん」
「ん?」
「食材は、もういっぱい手に入っちゃいましたけど……ダン活は卒業まで続けるんですよね?」
それを聞いた遥香ちゃんはきょとんとした顔をして……やがてにっこりと笑う。
「当たり前じゃん! これでやめちゃったらあたし、薄情者になっちゃうよ」
「あ、そういうつもりで言ったわけじゃ」
「ふふ、わかってるわかってる。どのみち実力つけて自力で取りに行けるようにならないと先がないしね~。それより何より、みんなとのダン活、楽しいし!」
その言葉に、わたしは胸がじんと熱くなった。
同じ気持ちでいてくれると信じていたけれど、こうして改めて言葉にされると、やっぱりうれしい。
「……ありがとうございます。よかった」
「えへへぇ、私も安心しました。ちょっと気になってたので」
「なになに、茜ちゃんも? もー、大丈夫だって」
三人で笑い合いつつ、わたしはそっと息をついた。
少なくとも今の時点では、遥香ちゃんが神林さんを選んでパーティを離れてしまうということはなさそうだ。
けれど、それは卒業までの話。そこから遥香ちゃんがどうするかは自由だ。
遥香ちゃんが神林さんと一緒にいたくて、それを神林さんが――パーティメンバー全員が受け入れるのなら、応援したいと思う。
決して反対はしたくない。したくないけれど、遥香ちゃんに不幸になってほしくもない。
……いや本当に、どうしようか。これは明日までの課題にしようと思う。
「っていうか、あたしだけあんなに色々貰っちゃうの絶対よくないよね。みんな戻ったらそのへん話し合わないと」
「あれは遥香ちゃんへのお祝いでしょう? 気にしなくていいですよ」
「ですです。なっちゃんもそう言うと思います」
考え事をしているうちにまた遥香ちゃんの遠慮癖が始まったので、恒例の説得をしていると、ちょうど名前の挙がった那月ちゃんがシャワーから戻ってきた。
「ただいまー。なんの話?」
「えっ、那月ちゃん早くない? ちゃんと髪乾かした? 保湿は?」
「おれはこんなんだし自然と乾くだろ。顔につけるんはどれがなんだかよくわからんかった」
「もー! ほら、クリーム貸したげるから!」
遥香ちゃんが持ち歩いていた、青いチューブの保湿クリームを顔に塗られる那月ちゃんに、わたしと茜ちゃんはくすくすと笑い合うのだった。
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茜ちゃんがシャワーに行って戻ってきて、最後にわたしの番だ。
このあとは神林さんたちがシャワーを使うだろうし、ゆっくりはしていられない。
本当はお湯のかたまりを浮かべて浸かりたかったけど、さっさと身体を洗うに留めておこう。
そもそも、わたしだけそんな優雅なバスタイムを送るのは他の人に申し訳ないし。
顔、身体、頭の順に洗い、いい香りに包まれながらシャワースペースを出る。
着ていた服は下着も含めて、魔法で綺麗にしておいた。お高い洗濯機を使う勇気はない。
まあ、なんなら全身魔法で綺麗にすることだってできるんだけど、お湯を浴びる気持ちよさの方が大切だ。
寝間着はとても綺麗に畳まれていた。
今はわたしの分しかないけれど、上下一着ずつ、セットにして並べてあったのだろう。用意してくれた宮森さんの細やかな仕事を感じる。
スキンケアも普段わたしが使っているもの以上に揃っていて、つくづくダンジョン内だとは思えない。
冷たい化粧水で肌を引き締めて、ヘアオイルをつけてからドライヤーを使わせてもらう。
ちょっと魔法を使って素早く乾かしてダイニングに出ると、椅子のひとつに清野さんが腰かけていた。
何か書き物をしていたようだけど、それをぱたんと閉じてこちらに向き直る。
「あ、お湯いただきました。ありがとうございます」
「お気になさらず。柊さんで最後ですか?」
「ええ」
「そうですか」
清野さんは立ち上がり、筆記用具をまとめて神林さんたちの生活スペースの方へと歩いていく。
「では、私は皆さんにそのことを伝えてまいりますので。また後ほど」
「? はい」
綺麗に一礼されたので、わたしも慌ててお辞儀する。
……てっきり「おやすみなさい」で締めるとばかり思っていたのだけれど。
後ほどということは、まだ何かあるのだろうか?
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ゲストルームに戻って一息ついた頃になって、その疑問は解消された。
『コンコン』
「はーい」
一番近かったわたしが立ち上がって扉を開けると、ノックの主は清野さんだった。
「夜分失礼します。皆さん起きていらっしゃいますか?」
「ええ、まあ」
三人とも、なんだなんだといった様子でこちらを見ている。まだ眠くなるには早い時間だ。
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
「もちろんです。そもそもお邪魔してるのはこちらなので」
パーティリーダーの遥香ちゃんの言葉にみんなで頷くと、清野さんは一礼して部屋に入り、扉を閉めた。
ゲストルームの床には、一人がけのソファが二つ置いてある。
下の部屋を使うわたしと茜ちゃんは個室のふちに腰掛けて、上の部屋を使う遥香ちゃんと那月ちゃんがソファを使っていた。
「ここ、どうぞっす」
「痛み入ります」
自分のソファを清野さんに勧めて立ち上がった那月ちゃんが、茜ちゃんの隣へと移動する。
清野さんは胸元に抱えていたノートを膝に置き、また一礼した。動きのひとつひとつが優雅である。
このカプセルホテル式のゲストルームにおいて、個室の外――共有スペースはそこまで広くない。
ソファを使わない人は個室のふちに腰かけているので、床面積が狭まったわけじゃないけれど、人が一人増えただけで多少の圧迫感を感じるようになった。
「あの、今日はありがとうございました。何からお礼を言えばいいのか」
「お気になさらず。正光様がお世話になっていた方とそのお友達ですから、力になるのは当然のことです」
清野さんはそこで言葉を一旦切り、眼鏡の位置を正す。それから、ゆっくりとわたしたちを見回した。
その視線に少し違和感があり、思わず身じろぎする。他の三人も程度の差はあれど、どことなく姿勢を正していた。
言葉を選ばず言うと、まるで品定めでもされているような……
「ああ、失礼」
こほん、と咳払いをひとつ。それで空気が少し和らいだ。
正直なところ、清野さんはとっつきにくいところがある。いつも涼しげな顔のままで、表情があまり変わらない。
真面目で厳しい先生を前にした時のような緊張感があるのだ。
あと、単純に凛とした美人さんなので、迫力がすごい。
「さて、実は皆さんにご提案したいことがあり、こちらに伺ったわけなのですが……その前に」
清野さんがもう一度わたしたちを見回す。今度はその視線におかしなところはない。
それから膝の上に置いていたノートを開き、右手にペンを持った。
「皆さんがどうして探索者になったのか、聞かせていただけますか?」
その言葉に、わたしは受験のときに受けた面接を思い出し、ちょっと胃が痛くなった。




