第15話 よかったね
「遥香? どうした?」
「……あ、えっと、なんでもないですっ」
神林さんに声をかけられて、ようやく遥香ちゃんが再始動する。
二人で手を洗い、見たことのない色をした野菜の皮を剥いていく。
以前ダンジョン産のキノコを使った料理の試作会にお呼ばれしたときからわかっていたけれど、遥香ちゃんの方がずっと手際がよかった。
「二人とも上手いね~!」
明らかに差があるのに平等に褒めてくれる鈴村さんに気配りの心を感じつつ、遥香ちゃんの様子をそっとうかがう。
目標としていたダンジョン産食材を前にしても、遥香ちゃんは舞い上がることなく真剣だ。ただ、そうあろうと感情を押さえつけているようにも思える。
少し心配になったけれど、一応刃物を扱っている途中なので、視線を手元に戻した。少しばかり分厚くなってしまった皮がまな板の上に落ちていく。
「じゃ、俺は向こうで沙苗を手伝ってくるよ。何かあったら呼んでくれ」
「ドロップの仕分けね。りょーかーい」
神林さんはそう言って、パーティの生活スペースであろう扉の奥へ消えていった。
それからしばらく、野菜の皮を剥く音と、ブロック肉を切り分ける音、ついでに鈴村さんの鼻歌だけがキッチンに響く。
沈黙を破ったのは、遥香ちゃんだった。
「……あの、鈴村さん。聞いてもいいですか?」
「ん? なに~?」
「正光先輩って、その……みなさんのうちの誰かと……?」
その震えた声に、思わず手を止めてしまう。
鈍いわたしでも、遥香ちゃんが神林さんに単なる先輩後輩以上の感情を抱いていることはわかる。同じコミュニティにいるわけでもない男の先輩を、名前で呼ぶのは相当なことだ。
当然、鈴村さんだって気付いているだろう。
「お、やっぱ気になる? 気になっちゃうよねぇ」
鈴村さんも作業の手を止め、目を細めてにんまりと笑う。
自己紹介のときの、あの挑発的な眼差しに重なった。
「まさみっちはねぇ、ウチと……って、言いたいけど。ウチら全員、まさみっちのお嫁さんになりたくてここにいるんだな~、これが」
「……お、およめさん」
「ま、今時珍しいことでもないっしょ? んー、なんていうんだったかなぁ」
珍しいかどうかはともかく、ありえないことではない。
少子化だとか多様性がどうとかで、一夫多妻あるいは一妻多夫による家族の形が、数年前から公的に認められている。
男女一対一で籍を入れる結婚と、だいたい同じくらいの権利が認められているとか、なんとか。
制度の名前はそう、確か――
「あー、マルチパートナーシップ……でしたっけ?」
「そうそれ! ウチはもうサインだけしたんだけど……ってやば、これ言ってよかったんだっけ? そのうち発表あるまで内緒にしといて!」
「……それは、はい。もちろん……」
わたしもコクコクと頷いておく。
そのお嫁さんになるメンバーの中にはヒルデさんがいるのだから、スキャンダルには違いないだろう。……もう遅い気もするけど。
「あ、遥香ちゃんも立候補しちゃう? まさみっちのお嫁さん!」
「えぇっ!?」
鈴村さんの台詞と遥香ちゃんの大声に、思わずナイフが野菜の奥深くに刺さってしまった。危ない。
遥香ちゃんは見るからに動揺していた。
片思いの相手がたくさんの美人さんに囲まれているのを、一体どういう気持ちで見ていたのだろう。そして、どれほどの勇気を出して今ここで言及したのだろう。
その上、神林さんを囲む一員にならないかと、認めるような言い方をされて。
……これは、今真面目に考えさせることじゃないな。
「もう、鈴村さん。うちのリーダーをそんな軽く引き抜こうとしないでくださいよ」
「あはっ、ごめんごめーん」
語尾に星がつきそうなノリの謝罪に、ひとまず息をつく。
遥香ちゃんもそれで思考を切り替えたのか、乾いた笑いと共に作業を再開した。
キッチンは再び沈黙に包まれる。今度は鈴村さんの鼻歌も聞こえない。
遥香ちゃんの様子を盗み見ると、さっきまでの動揺は鳴りを潜めたものの、考え込むように目を伏せていた。
会話の流れを切りはしたけれど、最終的に尊重されるべきは遥香ちゃん本人の意思だ。
遥香ちゃんが神林さんと一緒にいることを選ぶのなら、わたしはそれを友達として応援したい。
それでも、落ち着いてしっかりと考えるべきことは山ほどある。心を乱されたまま決めるようなことではない、というわけだ。
「その玉ねぎっぽいやつから炒めてくから、もう鍋に入れちゃって!」
そういう『っぽい』みたいな言い方をされると本当に食べられるのか心配になってくるので、できればやめてほしいものだ。
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「今日のシチュー美味いな」
「でしょでしょ? 遥香ちゃんの味付けマジ天才!」
「もう、言いすぎですよ」
遥香ちゃんは謙遜するも、全員神林さんの言葉にうんうんと頷いている。もちろん、わたしも含めて。
「まさみっちが買うだけ買ってぜーんぜん使ってなかった調味料いっぱいあったじゃん? 遥香ちゃんが活用してくれてさ~」
「はは……遥香は相変わらず料理上手だな」
「……もうっ、ありがとうございます。それより、食材のことで聞きたいんですけど……」
遥香ちゃんが尋ねたのは、今回使ったダンジョン産食材の出どころだった。
「この肉はシブヤダンジョンのコカトリスだな。野菜はどれもセタガヤダンジョンだったかな?」
「ミルクは取り寄せたやつだったよね? どこのだっけ」
「チバダンジョンだったと思います」
コカトリスの肉かあ、とちょうどスプーンの上にあった肉を見下ろす。
結構あっさりした味で、シチューの味と完全に調和がとれていて美味しい。
ただ、単体で考えたらスーパーで売ってるちょっといい鶏肉の方が好きだな、なんて失礼なことを考えてしまう。
具として入っている野菜も味や見た目が慣れ親しんだものと若干違い、脳がバグを起こしそうになる。
この感覚にハマってダンジョン食材を求める層がいるのも、遥香ちゃんが料理人としてダンジョン食材に挑戦したいと思うのも頷ける。
「なるほど……ありがとうございます」
「遥香、家のレストラン継ぐって前に言ってたよな。やっぱりこういうのも気になるのか?」
「はい。もともと探索者になったのも、ダンジョン食材を自分で集めるためなんです。オオミヤダンジョンを選んだのも、第六層でとれる食材のためで……」
「そうなのか」
それからは食材がとれる他のダンジョンの様子について聞くことができた。
中でもコカトリスが出るというシブヤダンジョンは、浅層でもオオミヤダンジョンより難易度が高いらしい。
それを聞いた遥香ちゃんはがっくりと肩を落としていた。
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「ごちそうさまでした」
全員が食事を残さず食べ終え、一息つく。
ヒルデさんは何も言わず早々に生活スペースに引っ込んで、宮森さんがお風呂の支度をすると言って後に続く。
鈴村さんが食器をまとめてシンクへ向かう後ろを、那月ちゃんと茜ちゃんも同じく食器を持ってついていった。
「なあ、遥香」
「はい?」
片付けも手伝おうと立ち上がった遥香ちゃんを、神林さんが呼び止める。
神林さんとアイコンタクトをとった清野さんが、奥からクーラーボックスらしきものを持ってきた。
「先輩?」
「ダンジョン産食材、必要なんだろ? 持って行ってくれ」
「えっ!?」
その言葉を聞いたとき、思った。
これ以上ここにいたくない。
「そんな、いくらなんでも! さすがにいただけませんよ!」
「いいからいいから。ちょっと早めの卒業祝いと進学祝いってことでさ」
「でも……」
「どうしても気になるなら、また遥香の料理をごちそうしてくれよ」
すっかり二人の世界だ。
鈴村さんと那月ちゃん茜ちゃんはすぐそこで洗い物をしている。こちらに背を向けているけれど、気にならないのだろうか。
……遥香ちゃんの目標のために、卒業までに第六層に行って食材を集めようと、色々準備して頑張ってきた。
それが、こんなにあっさりと。なんの苦労もなく、ずっと価値の高いものを手に入れてしまった。
今まで頑張ってきた時間が無駄になったとは思わない。
他ならぬわたし自身が、本当はもっと深い階層へ行けるのに、それよりもみんなで楽しみたくてダン活を続けてきた。高校最後の思い出としては、かなり上等なものだろう。
加えて、わたしだって似たようなことをやっていた。進捗を早めるために、自分で稼いだ魔石を紛れ込ませていた。
神林さんの善意を責める資格は、わたしにはない。
それでも、目標をあっさりと掠め取られてしまったのは、事実で。
「よかったですね、遥香ちゃん」
ちゃんと笑ってそう言えたのか、不安だった。




