第5章 甘やかなる拷問と、鮮血のピクニック
第5章 甘やかなる拷問と、鮮血のピクニック
その夜、ナイトレイ城の主寝室は、さながら異端の儀式会場と化していた。
キングサイズのベッドの中央。
そこで磔のように大の字にさせられているのは、俺――クロノス・ナイトレイだ。
手足には、肌を傷つけないよう高級シルクで包まれた拘束具(なぜこんなものが城にある?)が巻かれ、身動きが取れない状態にある。
「……なぁ、レグル。これは何の真似だ?」
俺は天井を見上げながら、震える声で問うた。
ベッドサイドには、眼鏡を妖しく光らせたレグルが、分厚い医学書とストップウォッチを片手に立っている。
「『急速回復プログラム』です、クロノス様」
彼女は涼しい顔で答えた。
「本日の無謀な特訓により、クロノス様の筋肉繊維は断裂寸前、魔力回路はオーバーヒートを起こしています。このまま放置すれば、明日の公務に支障が出るばかりか、将来的な健康被害も懸念されます。よって、我々『チーム・ナイトレイ』総出で、徹夜の集中ケアを行います」
「徹夜!? 寝かせてくれ! 寝るのが一番の回復だろ!」
「ダメです。筋肉が硬直する前にほぐさなければ。……さあ、開始してください」
レグルの合図と共に、地獄(天国?)の蓋が開いた。
「うっひょー! 坊主の体、バッキバキじゃねぇか! いい筋肉ついたなオイ!」
右腕と右肩を担当するのは、怪力無双のティランだ。
彼女はオイルをたっぷりと塗った手で、俺の二の腕を揉みしだく。
マッサージというよりは、パン生地をこねる動きに近い。
「痛い! ティラン、力が強い! 骨が軋んでる!」
「我慢しろ! 凝り固まった筋膜を剥がすんだよ! これくらいしねぇと奥まで届かねぇぞ! オラオラァ!」
「ぐあぁぁぁッ!!」
「あらあら、右ばかり攻めるとバランスが悪くなるわぁ。左側は私が優し~く溶かしてあげる」
左腕と左半身を担当するのは、ヴネナンだ。
彼女の手つきはティランとは対照的に、ねっとりと這うような感触だ。だが、その指先から染み込んでくる「何か」が怖い。
「……ヴネナン、そのオイル、なんかスースーするんだが」
「特製の『マッスル・リラックス・ポーション』よぉ。トロールの粘液とマンドラゴラのエキスを配合したの。ちょっと肌が痺れるかもしれないけど、筋肉痛なんて一発で吹き飛ぶわよ? 副作用で、感度が三倍になっちゃうけど」
「変な副作用をつけるな! んっ、そこは……!」
「うふふ、ここが気持ちいいの? 脇腹? それとも、もっと下?」
ヴネナンの手が際どいラインを攻めてくる。
逃げようにも、手足は固定されている。
「足のマッサージは私が担当しますっ! ツボ押しなら任せてください!」
足元にはリゼがいる。
彼女は俺の足裏に、小さな指を食い込ませていた。
「えいっ! ここは胃腸のツボ! ここは肝臓! ここは……えっと、精力増強のツボですっ!」
「ぎゃっ! リゼ、そこは痛い! 爪を立てるな!」
「痛いのは悪いところが治ってる証拠です! クロノスさまが元気になるように、グリグリしますねっ! えいっ! えいっ!」
無邪気な拷問。
逃げ場のない俺の体の上で、最後に動いたのはノクトだった。
彼女は俺の上に馬乗りになり、顔を近づけてくる。
「……私は、メンタルケアと体温調整を担当」
「ノクト、重い。あと近い」
「我慢。……クロノス様は、寂しがり屋だから」
彼女はそう言うと、俺の胸に耳を押し当て、心音を聞き始めた。
そして、空いた手で俺の髪を優しく撫で、時折、額や頬に「チュッ」とリップ音を落とす。
「……脈拍、正常。体温、上昇中。……いい匂い」
「お前ら……本当に、俺を休ませる気があるのか……?」
俺の悲痛な問いかけは、四人の熱気と愛欲にかき消された。
こうして、最強の暗殺者である俺は、一晩中「揉まれ」「押され」「撫で回され」、一睡もできないまま朝を迎えることになったのだった。
翌朝。
ダイニングホールに現れた俺は、幽鬼のような有様だった。
目の下には濃いクマができ、頬はこけ、足取りは覚束ない。
筋肉痛は確かに消えていた(ヴネナンの薬は効果てきめんだった)が、それと引き換えに精神力(SAN値)をごっそりと削り取られていた。
「……おはよう」
「おはようございます、クロノス様! まあ、お肌が艶々ですね!」
レグルが満面の笑みで迎えてくれた。彼女の肌も艶々だ。昨夜の「ケア」を楽しんだ側の人間だからだ。
「……レグル。俺は今日、公務を休む権利を主張したい」
「却下します。領主たるもの、激務に耐えてこそです。ですが……」
レグルは俺の憔悴しきった顔を見て、少しだけ眉を下げた。
さすがにやりすぎたという自覚はあるらしい。
「少し、気分転換が必要かもしれませんね。城の中に閉じ込めておくと、昨日みたいに隠れて無茶をなさいますし」 「誰のせいだと……」 「そこで、提案がございます。本日は天候も良好。午前は隣国の使者との会談がございますが、午後の予定を変更し、『領内視察』に出かけませんか?」 「視察?」 「はい。名目は視察ですが、実質的な『ピクニック』です。城の外の空気を吸い、自然の中でランチを楽しみ、英気を養う。いかがでしょう?」
ピクニック。
その響きに、俺の心が少し動いた。
この城は快適だが、四六時中監視されている閉塞感がある。外に出れば、少しは気が紛れるかもしれない。
「……悪くないな。場所は?」
「『アビス・バレー(奈落の渓谷)』を予定しております」
俺は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「……どこだって?」
「アビス・バレーです。城から馬車で二時間ほどの距離にある、自然豊かな渓谷です。マイナスイオンが豊富で、リフレッシュには最適かと」
「待て。そこは確か、Sランク指定の危険地帯じゃなかったか? 凶暴な魔獣の巣窟で、冒険者が年に何人も行方不明になるという……」
「はい。ですから、一般人は立ち入り禁止です。つまり、私たちだけの貸し切り状態。プライベートビーチならぬプライベート渓谷です」
レグルは悪びれもせずに言った。
彼女たちにとって、Sランク魔獣など野良猫以下の存在なのだ。危険地帯という認識が欠落している。
「それに、クロノス様も『体を動かしたい』と仰っていましたよね? あそこなら、多少暴れても地形が変わる程度で済みます。格好の運動場かと」
その言葉に、俺はハッとした。
なるほど。
昨日の地下訓練場での基礎練習。あれを実戦形式で試すチャンスかもしれない。
それに、城の中でコソコソ隠れてやるより、堂々と「護衛つきの視察」という名目で外に出た方が、彼女たちの顔も立つ。
「……分かった。行こう。アビス・バレーへ」
「決定ですね! では、直ちに準備に取り掛かります!」
レグルがパチンと指を鳴らすと、控えていたノクト、さらにどこからともなく現れたティランとヴネナン、リゼが一斉に色めき立った。
「遠足だー! 肉だー! バーベキューだー!」
「あらぁ、野外プレイね? 興奮しちゃう」
「おやつはお菓子だけでいいですかっ? バナナはおやつに入りますかっ?」
「……お弁当の準備。卵焼きは甘め? しょっぱめ?」
彼女たちは一瞬にして「仕事モード」から「行楽モード」へと切り替わった。
その目はキラキラと輝いている。
俺にとっては訓練の場だが、彼女たちにとっては久々の「クロノス様とのデート」なのだ。
「……まあ、いいか」
彼女たちが楽しそうなら、それに越したことはない。
俺は苦笑しながら、自室へ着替えに戻った。
クローゼットから取り出したのは、貴族らしい外出着ではなく、動きやすい戦闘服。そして、腰には愛用のダガーと、昨夜調整した魔道具を忍ばせる。
ピクニック?
いいや、これは遠征だ。
俺の新たな力を試すための、実戦テストだ。
ナイトレイ家の紋章が入った豪華な馬車が、石畳の街道を疾走していた。
御者台に座るのはティラン。彼女が手綱を握ると、馬たちは恐怖と興奮でドーピングされたように爆走する。
車内には、俺とレグル、ヴネナン。
屋根の上にはノクト(護衛)とリゼ(偵察)が乗っている。
「いい天気ですねぇ、坊っちゃま。窓の外を見て? 花が綺麗よぉ」
「……あれは『人食い花』だな。牛を一頭丸呑みにしてるぞ」
「あら、元気があって可愛いじゃない」
車窓から見える景色は、徐々にのどかな田園風景から、鬱蒼とした原生林へと変わっていた。
アビス・バレーへ続く道は、既に魔境の入り口だ。
だが、車内の空気は完全に女子会のそれだった。
「ねえレグル、お弁当の中身は何にしたの?」
「クロノス様の栄養バランスを考えて、野菜中心のサンドイッチと、キッシュを用意しました。もちろん、ティランのためにマンモス肉の塊焼きも」
「私はデザート担当よぉ。特製の『惚れ薬入りフルーツポンチ』を作ってきたわ」
「……それは俺には食わせるなよ」
俺が釘を刺すと、ヴネナンは残念そうに項垂れた。
「到着だぜぇぇッ!!」
ティランの雄叫びと共に、馬車が急停止した。
慣性の法則で俺が前のめりになると、正面に座っていたヴネナンの豊かな胸に顔が埋まる。
「あらん、坊っちゃま大胆♡」
「……わざと急ブレーキ踏んだだろ、ティラン」
俺は窒息しそうな甘い香りから脱出し、馬車を降りた。
目の前に広がっていたのは、絶景だった。
切り立った断崖絶壁。その底には、深い霧に覆われた森が広がり、地底から響くような獣の咆哮が木霊している。
アビス・バレー。
人が立ち入ることを拒む、死の渓谷。
「空気が美味しいっ! マイナスイオン全開ですねっ!」
リゼが屋根から飛び降り、深呼吸をする。
確かに空気は澄んでいるが、そこには濃密な魔素と、血の匂いが混じっている。
「よし、まずは拠点の設営だ。ノクト、場所の確保を」
「了解。……整地する」
ノクトが崖の縁に立つと、足元に魔法陣を展開した。 【土魔法・平坦化】
ゴゴゴゴ……という地響きと共に、凸凹だった岩場が一瞬にして平らな広場へと変わった。さらに、土が隆起して即席のテーブルと椅子まで作り出される。
土木工事レベルの魔法を、息をするように使う。
「ティラン、火起こしを」
「おうよ! ……ふんッ!」
ティランが指を鳴らすと、手元に巨大な火球が出現した。それを焚き火台(これもノクト作)に放り込む。
ボウッ! と火柱が上がり、一瞬で炭がおきた。火力調整が完璧すぎる。
「リゼは周囲の警戒と、虫除けの結界を」
「はーい! 虫さんバイバーイ!」
リゼが風を纏って飛び回ると、周囲の空間から羽虫や毒虫が一掃された。半径一キロ以内は無菌室のような状態だ。
「完璧ね。じゃあ私はお茶を淹れるわ」
ヴネナンが持参したティーセットを広げる。
わずか五分で、荒野の一角が優雅なオープンテラスへと変貌した。
彼女たちの「女子力」は、物理的な戦闘力に比例しているらしい。
「さあ、クロノス様。お座りください」
レグルに促され、俺は土の椅子(座面にクッションが敷いてある)に腰を下ろした。
目の前には絶景の渓谷。テーブルには豪華なランチ。周囲には美女たち。
一見すれば天国だ。
森の奥から、体長十メートル級の怪鳥がこちらを睨んでいなければ。
「ギャオォォォンッ!!」
怪鳥――サンダーバードが、鋭い鳴き声を上げて急降下してきた。
俺たちを獲物と見定めたらしい。纏った雷撃がバチバチと音を立てている。
「……あ」
俺が腰を浮かせようとした瞬間。
ヒュン。
風切り音と共に、何かが飛んだ。
それはノクトが投げた、ただのフォークだった。
銀色の閃光となったフォークは、サンダーバードの眉間を正確に貫き、脳天を突き抜けた。
「ギャッ……?」
怪鳥は断末魔も上げられず、空中で絶命。
そのまま放物線を描いて、谷底へと落ちていった。
「……食事中の来訪者はマナー違反。排除した」
ノクトは何事もなかったかのように、新しいフォークを取り出した。
「……ナイスキル」
「お褒めに預かり光栄」
これが、ナイトレイ家のピクニックだ。
俺は改めて、自分の常識と彼女たちの常識の乖離を痛感した。
サンドイッチを食べ、食後のお茶を楽しんでいると、再び地面が揺れ始めた。
今度は空からではない。地下からだ。
ズズズ……という重低音が響き、テーブルの上のティーカップがカタカタと震える。
「あらぁ? お客さんかしら?」
「結構デカい反応だぜ。地面の下から来やがる」
ティランがニヤリと笑い、大剣の柄に手をかけた。
レグルが眼鏡の位置を直す。
「震源深度、地下二十メートル。接近速度、秒速十五メートル。……この反応、ただのモグラではありませんね」
ドゴォォォォォォンッ!!
俺たちの広場から五十メートルほど離れた地面が、爆発するように隆起した。
土煙の中から現れたのは、巨大な「何か」だった。
体長は三十メートルを超えている。全身が岩のような甲殻で覆われ、六本の太い脚と、二つの頭を持つ異形の巨獣。
『双頭の地竜』の変異種だ。
通常の地竜よりも遥かに大きく、凶暴化している。おそらく、このアビス・バレーの主クラスだろう。
「グルルルルゥゥゥ……!」
二つの頭が同時に咆哮を上げる。
その衝撃波だけで、木々がなぎ倒される。
Sランク上位。
国軍の一個師団が壊滅するレベルの災害だ。
「キャハハ! 美味そうな肉が来たじゃねぇか! デザートはドラゴンステーキか!?」
ティランが舌なめずりをして飛び出そうとする。
ノクトがチェーンハンマーを取り出す。
ヴネナンが紫色の毒薬ビンを構える。
リゼが風の刃を生成する。
彼女たちなら、この程度の相手、数分で料理できるだろう。
だが。
「――待て」
俺は静かに声をかけ、立ち上がった。
手で彼女たちを制する。
「え? 坊主?」
「クロノス様? 危険です、下がっていてください!」
レグルが慌てて止めようとするが、俺は首を振った。
「いや、俺がやる」
「えっ!?」
「最近、運動不足だからな。ちょうどいい腹ごなしだ。……それに、いつまでも守られてばかりじゃ、男が廃る」
俺は腰の短剣を抜き放った。
その刀身に、太陽の光が反射して煌めく。
「手出し無用だ。……これは命令だ」
俺が強い口調で告げると、彼女たちは息を呑み、動きを止めた。
心配そうな顔。だが、俺の瞳に宿る決意を見て取ったのか、渋々といった様子で武器を下ろした。
「……分かりました。ですが、危なくなったら即座に介入します」
「それでいい」
俺はゆっくりと、地竜に向かって歩き出した。
心臓の鼓動が高鳴る。
恐怖ではない。武者震いだ。
昨日の訓練の成果。それを試すには、これ以上ない最高の的だ。
「さあ、始めようか」
俺の呟きに呼応するように、地竜が動いた。
巨大な前足が振り上げられ、俺めがけて叩きつけられる。
質量による暴力。直撃すればミンチだ。
(遅い)
俺の世界がスローモーションになる。
【思考加速】
俺は地竜の動きを完全に見切っていた。
振り下ろされる爪の軌道、風圧、着弾点。
俺は一歩も動かず、ギリギリまで引きつける。
ズドンッ!!
地竜の爪が地面を砕き、土煙が舞い上がる。
俺の姿は、そこにはない。
【絶音】 + 【影渡】
衝撃が走る瞬間に跳躍し、舞い上がった土煙の影から影へと移動する。
俺はすでに、地竜の頭上にいた。
「――シッ!」
空中からの落下攻撃。
狙うは右の首の付け根。甲殻の継ぎ目。
俺は魔力を循環させ、腕力のリミッターを外す。
【身体超強化】
短剣が閃く。
硬い甲殻など、俺の今の筋力と魔力の前では紙切れ同然だ。
ズプッ、という湿った音と共に、短剣が深々と突き刺さる。
「ギャオォォォォッ!?」
地竜が悲鳴を上げ、暴れる。
だが、俺は攻撃の手を緩めない。
刺さった短剣を支点に体を回転させ、遠心力を乗せて蹴りを叩き込む。
バキャッ!
地竜の巨大な頭部が揺らぐ。
そのまま地面に着地し、今度は懐へと潜り込む。
巨大な相手ほど、足元がお留守になる。基本だ。
「そこだ」
左の前足の腱を斬り裂く。
地竜のバランスが崩れ、巨体が傾く。
俺は流れるような動きで背後に回り込み、尻尾の一撃を紙一重で回避する。
完璧だ。
思考と身体が連動している。
昨日の基礎訓練のおかげで、無駄な動きが削ぎ落とされている。スキルの発動もスムーズだ。
だが、さすがは変異種。
地竜は痛みに狂乱し、全身から土属性の魔力を放出し始めた。
地面から無数の岩の槍が突き出し、全方位攻撃を仕掛けてくる。
回避場所がない。
「クロノス様ッ!!」
背後でレグルの悲鳴が聞こえた。
彼女たちが助けに入ろうとする気配を感じる。
だが、まだだ。
俺には、切り札がある。
(回避は不可能。防御も不可能。ならば――)
俺は迫りくる岩の槍を見据え、静かに思考した。
世界への干渉。理の書き換え。
【因果逆転】
『岩の槍が俺を貫く』という未来を拒絶する。
『全ての槍が、俺を避けて砕け散る』という結果を強制する。
カッ!
俺の体から虹色の光が奔流となって溢れ出した。
次の瞬間。
俺に直撃するはずだった無数の岩槍が、まるで透明なバリアに弾かれたように、俺の直前で自壊し、粉々になって霧散した。
「なッ……!?」
地竜の四つの目が、驚愕に見開かれる。
自分の最強の攻撃が、何もしない人間に無効化されたことが理解できないようだ。
その隙こそが、俺が待っていた好機。
「終わりだ」
俺は粉塵の中を突っ切った。
**【影渡】**で距離をゼロにする。
目の前には、無防備な地竜の心臓部(胸の逆鱗)。
俺は残った全魔力を短剣に込めた。
刀身が黒い光を纏い、延長される。
「――闇穿・改」
一閃。
黒い閃光が、地竜の胸を貫き、背中へと突き抜けた。
時が止まったような静寂。
やがて、地竜の巨体がグラリと揺れ、
ズゥゥゥゥン……!!
地響きを立てて崩れ落ちた。
完全なる沈黙。
地竜は二度と動かない。
「……ふぅ」
俺は短剣を払い、血糊を落として鞘に納めた。
息が上がっている。手も少し震えている。
だが、勝った。
誰の力も借りず、俺一人の力で、Sランクの魔物を討伐したのだ。
振り返ると、五人のヒロインたちが、ポカーンと口を開けて俺を見ていた。
その表情は、驚きと、そして……。
「……嘘。あんな動き、いつの間に……」
「坊主……お前、マジですげぇよ……! 俺より速かったぞ……!」
「魔法の使い方が変態的……いえ、天才的ねぇ。ゾクゾクしちゃった」
「かっこいい……! クロノスさま、世界一かっこいいですっ!」
彼女たちの瞳に、熱狂的な色が宿っていく。
それは今までのような「守ってあげたい」という庇護欲ではない。
「強いオス」に対する、本能的な敬意と、燃え上がるような恋慕の情だ。
「クロノス様……!」
レグルが駆け寄ってくる。
彼女は俺の目の前で立ち止まり、感極まったように胸を押さえた。
「素晴らしい……本当に、素晴らしいです! あの地竜を、傷一つ負わずに単独撃破するなんて……! 貴方様はやはり、歴代最強の当主です!」
「よせ、言い過ぎだ。ギリギリだったよ」
「いいえ! あの因果逆転のタイミング、そして最後の剣技……完璧でした! ああ、もう……抱きしめてもよろしいですか!?」
「え? いや、汗かいてるし……」
拒否権はなかった。
レグルが飛びつき、続いてティランが、リゼが、ヴネナンが、雪崩のように俺に抱きついてきた。
「坊主ー! 最高だぜー! 俺と結婚しろー!」
「私の子種になってぇぇ!」
「クロノスさまぁぁ! すきすきすきーっ!」
もみくちゃだ。
地竜との戦闘よりも、こっちの方が生命の危機を感じる。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。
彼女たちに認められたこと。
守られるだけの存在から、少しだけ対等な存在に近づけたこと。それが嬉しかった。
少し離れた場所で、ノクトだけが静かに立っていた。
彼女は倒れた地竜と、俺の姿を交互に見て、小さく微笑んだ。
「……合格」
彼女の呟きが、風に乗って聞こえた気がした。
その日の夜。
ナイトレイ城では、地竜の肉(めちゃくちゃ美味かった)を囲んでの盛大な祝勝会が開かれた。
俺は英雄扱いされ、朝まで飲み明かした(飲まされた)。
だが、俺は気づいていなかった。
アビス・バレーでの俺の戦闘データ。
因果を捻じ曲げた際に発生した特異な魔力波長。
それを、遠く離れた場所から観測していた「存在」がいたことを。
隣国、ドラゴニア帝国。
その玉座の間で、水晶玉を覗き込む一人の女性がいた。
真紅のドレスに身を包み、頭には竜の角を模した王冠。
その瞳は、爬虫類のように縦に割れている。
「……見つけたわ」
彼女は妖艶に唇を歪め、舌なめずりをした。
「私の可愛い、可愛い許嫁。……そんなに強く育っていたなんて。……ああ、今すぐ犯して差し上げたい」
彼女の背後には、無数の飛竜が控えていた。 嵐が近づいている。 俺の平穏な日常を粉々に破壊する、最強最悪の「許嫁」という名の嵐が。
それを知る由もなく、俺はレグルの膝枕で、幸せな眠りにつくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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