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暗殺貴族の溺愛ハーレム ~「守られる弱い男」を演じていたら、最強の女たちが忠誠を誓って離れません~  作者: 藤風大地
第1部 暗殺者の転生

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第2章 籠の中の獅子と、甘やかなる拘束(後編)

城の裏手にある第一訓練場。 そこは本来、屈強な騎士たちが剣を交え、魔法を撃ち合い、血と汗を流す神聖な場所だ。地面は踏み固められた土で、周囲は魔法障壁で囲われている。 だが今、俺の目の前に広がっている光景は、血湧き肉躍る訓練というよりは、重篤患者に対する「過保護なリハビリテーション」に近かった。

「よし坊主! まずは準備運動だ! 怪我したら大変だからな、指の曲げ伸ばしから行くぞ! 親指、人差し指……よし、骨折してねぇな! 爪も割れてねぇ! 偉いぞ!」 「……ティラン、俺は重病人じゃないし、幼児でもない。いきなり打ち込みをさせろ」 「バカ言うな! 準備運動なしで動いたら、アキレス腱が切れるぞ! 男の腱は木綿糸より切れやすいんだからな! 俺が責任を持ってほぐしてやる!」

ティランは真剣な顔で俺の手を取り、指一本一本を丁寧に、そして執拗にマッサージしている。 彼女の手は大きく、戦士特有のタコがあるが、俺に触れる手つきは羽毛を扱うように優しい。戦闘狂のくせに、俺に対してだけは異常なほど慎重だ。 周囲を見渡せば、他の四人も臨戦態勢で見守っている。

ヴネナンは白衣のポケットから聴診器、包帯、さらには謎の注射器を取り出し、いつでも飛び出せるようにクラウチングスタートの姿勢をとっている。 リゼは上空に浮遊し、風魔法で周囲の小石や埃を排除している。「転んだら危ないですからねっ! 小石ひとつ許しません!」と叫びながら、地面を鏡のように磨き上げている。滑って逆に危ない気がする。 ノクトとレグルは、訓練場の隅々まで目を光らせ、蟻一匹の侵入も許さない構えだ。

「心拍数上昇。体温、微増。……興奮しているの?」 ノクトが背後から俺の首筋に手を当てて呟く。 「運動前だからな。当たり前だ」 「ふふ、汗をかいたらすぐに拭きますからね。脱水症状にならないように、特製ドリンクも用意してあります」 レグルが差し出したボトルの中身は、毒々しい蛍光グリーンだった。絶対に飲みたくない。

「……もういい。ティラン、剣を持て」

俺は過剰な準備運動(という名のボディタッチ大会)を強引に切り上げ、訓練用の木剣を手に取った。 ずしりとした樫の木の重み。 本来なら真剣を使いたいところだが、そんなことを言えば全員が卒倒して全力で止めるだろう。妥協点としての木剣だ。これですら、彼女たちは「トゲが刺さるかも」と心配していたが。

「おう、やる気だな坊主! いい目だ! じゃあ、俺の胸に飛び込んでこい! 優しく受け止めてやるからよ!」

ティランも木剣を構える。 彼女が構えると、ただの棒切れが伝説の魔剣に見えるから不思議だ。全身から放たれる闘気が、陽炎のように立ち昇り、大気を震わせている。 だが、その構えは隙だらけだ。わざと俺が攻撃しやすいように、急所を晒している。完全に子供の遊び相手をする母親の顔だ。

「……手加減はいらないと言ったはずだ」 「安心しろ! 防御力には自信がある! 坊主の可愛い攻撃なんて、蚊に刺されたほども感じねぇよ! 思いっきり来な!」

舐められたものだ。 俺は深く息を吸い込み、意識を切り替えた。 因果逆転のスキルは使わない。純粋な身体能力と剣技だけで、彼女の傲慢な鼻をへし折ってやる。男が弱いという常識を、少しは覆してやる。

「――シッ!」

俺は地を蹴った。 爆発的な加速。一瞬で距離を詰める。 狙うはティランの右脇腹。 木剣が風を切り裂き、鋭い一撃となって彼女を襲う。

「おっ! 速ぇ!」

ティランは目を見開き、反射的に木剣で防御した。 ガツッ! と乾いた音が響く。 俺の手首に軽い衝撃が走る。さすがは剛鉄公国の元戦士、受けの硬さは本物だ。岩を叩いたような感触。

「へへッ、やるじゃねぇか坊主! 動きにキレがある! 筋もいい! これなら、少しは本気を出しても……」

俺の剣撃を受け止めたことで、ティランの脳内で何かのスイッチが入ったらしい。 彼女の瞳孔が猫科の猛獣のように縦に収縮し、口元に獰猛な笑みが浮かぶ。戦士の本能が、理性を凌駕し始めたのだ。

「いくぞオラァ!」

彼女が大剣を振るう要領で、木剣を横薙ぎに一閃させた。 速い。そして重い。 ブォンッ!! という空気が爆ぜるような轟音と共に、丸太のような剛腕から放たれた一撃が俺に迫る。 手加減? どこがだ。直撃すれば、普通の人間なら全身粉砕骨折は免れない威力だ。攻城兵器の一撃に等しい。

だが、俺には見えている。 死線をくぐり抜けてきた暗殺者の動体視力は、彼女の筋肉の収縮、重心の移動、視線の先を完全に捉えていた。

(そこだ)

俺は半身になってその剛剣を紙一重で回避する。 鼻先を強烈な風圧が掠める。髪が逆立つほどの衝撃波。 そして、カウンター気味に俺の木剣を彼女の懐へと走らせようとした、その時だった。

コツン。

回避したはずのティランの木剣の先端が、俺の肩にわずかに触れた。 本当に、触れただけ。 蚊が止まった程度の衝撃。痛みすらない。 服の袖がほんの少し擦れただけの、些細な接触だった。

だが、その瞬間。 訓練場の時間が凍りついた。

「――あ」

ティランの顔から、サーッと血の気が引いていく。 獰猛な笑みは消え失せ、代わりに絶望と恐怖に彩られた表情が張り付く。

「ぼ、ぼう、ず……?」

彼女の手から木剣が滑り落ち、カランと虚しい音を立てた。 そして、次の瞬間。 訓練場にけたたましい警報音が鳴り響いた(ような気がした)。

「緊急事態発生ッ! 医療班! 医療班ーッ!! コード・レッド! コード・レッドですわぁぁ!」

真っ先に叫んだのはヴネナンだった。 彼女は人間とは思えない速度(残像が見えた)で俺との距離を詰めると、俺の体を抱きかかえ、そのまま地面に押し倒した。

「坊っちゃま! 意識はありますか!? 名前が言えますか!? 指の数が分かりますか!? ああ、なんてこと……肩が! 肩が砕けてしまったわ!」 「……ヴネナン、重い。あと肩は何ともなってない。痛くも痒くもない」 「ショック状態で痛みを感じていないだけかもしれません! アドレナリンが出ているのよ! すぐに精密検査を! 骨折、いや複雑骨折の可能性が! 内出血していたら大変! 今すぐここで開胸手術を! メス! ノコギリ!」

彼女は錯乱しながら、俺の服を引き裂かんばかりの勢いで脱がそうとする。その手にはいつの間にか鋭利なメスが握られている。危ない。

「た、大変っ! クロノスさまが死んじゃうっ! クロノスさまが死んじゃうよぉぉ!」

上空のリゼが悲鳴を上げた。 彼女は顔面蒼白で、涙をボロボロと流しながら空中で旋回している。

「きゅ、救急箱! いいえ、ポーション! エリクサー! 世界樹の雫! 全部持ってきます! 王都中の薬屋を襲撃してでも持ってきますからぁぁぁッ! 待っててくださいぃぃ!」

ドォォォォンッ!! リゼが全速力で加速した衝撃波ソニックブームが、訓練場の強化ガラス製の窓を粉砕した。 彼女は音速を超え、赤い残像を残して王都の方角へと消えていった。ただの打撲(未遂)に、国宝級のエリクサーを持ってくる気だ。

そして。 本当に恐ろしいのは、ここからだった。

「……万死」

地獄の底から響くような、低く、冷たい声。 気温が一気に十度ほど下がった気がした。 俺が視線を向けると、そこにはゆらりと立ち上がるノクトの姿があった。 彼女の周囲から、どす黒い闇の魔力が噴き出している。普段の無表情は崩れていないが、その瞳は完全に『殺す目』をしていた。ハイライトが消えている。

「主人の玉体に傷をつけた。万死に値する。……ティラン、遺言は?」 「ま、待てノクト! 俺はわざとじゃ……! 手が滑って……!」 「問答無用。害虫は駆除する」

ノクトの手元に、どこからともなく巨大なチェーンハンマーが出現する。 棘のついた鉄球からは、触れるものすべてを腐食させる呪いのオーラが紫色に立ち昇っていた。彼女の本気武器だ。

「お待ちください、ノクト」

冷静な声がそれを制した。レグルだ。 彼女は眼鏡の位置を直し、バインダーを開いている。 一見落ち着いているように見えるが、彼女の足元の地面が、無意識に漏れ出た魔力によってヒビ割れ、陥没しているのが見えた。 彼女は極めて事務的な口調で、しかし絶対零度の視線をティランに向けた。

「即座に殺しては、クロノス様への謝罪になりません。まずは拘束し、全身の関節を逆方向に曲げ、再生魔法をかけながら一週間ほど責め苦を与え、その後に処分するのが妥当かと。罪状は『国家反逆罪』および『主君傷害罪』。……さあ、覚悟はいいですね、赤毛のゴリラ?」

レグルの背後に、無数の魔法陣が幾何学模様を描いて展開される。 その輝きは、戦略級魔法の発動準備を示していた。城一つ吹き飛ばす気か。

「ひ、ひぃぃっ! 悪かった! 俺が悪かったよぉぉ! 助けてくれぇぇ!」

ティランはその場に土下座した。 身長一八〇センチの巨女が、震えながら小さくなっている。 彼女は大陸最強クラスの戦士だが、怒れるメイドと秘書のコンビネーションの前では無力らしい。

場はカオスを極めていた。 俺の服を脱がそうとしてメスを構える医者、音速で街を破壊しに行ったスパイ、同僚を処刑しようとする魔王のようなメイドと秘書、そして泣きながら土下座する戦士。 俺の肩には、まだ木剣が触れた感触すら残っていないというのに。 これが、俺の日常だ。あまりにも「重い」。

「……いい加減にしろ!!」

俺は大声で叫んだ。 その声には、わずかに魔力を乗せた『威圧』を込めた。 ピタリ、と全員の動きが止まる。

「お前たち、落ち着け。俺を見ろ」

俺はヴネナンを押しのけて立ち上がり、脱がされかけた服を整え、軽く肩を回してみせた。

「痛くも痒くもない。骨も折れてないし、痣にもなってない。俺の体は、お前たちが思っているほどヤワじゃないんだ」 「で、でも坊っちゃま……内部で出血が……」 「ない。俺自身の感覚がそう言っている。それに、ティランの攻撃は俺が見切って避けた。あれはただの接触事故だ。ティランを責めるな」

俺がティランを庇うと、彼女は涙目で顔を上げた。鼻水を垂らしている。

「ぼ、坊主ぅぅ……! お前、なんて優しいんだ……! うぉぉぉん! 一生ついていくぜぇぇ!」 「泣くな、鬱陶しい。……だが、訓練は中止だ。こんな騒ぎになるなら、二度とやらない」

俺がそう告げると、全員がシュンと項垂れた。 殺気立っていたノクトとレグルも、霧が晴れるように魔力を収束させる。

「……クロノス様がそう仰るなら。……命拾いしたな、駄犬」 「……今回はクロノス様の慈悲に免じて記録に留めるのみとします。ですがティラン、罰則は必要です。今月の給与は全額没収、および一ヶ月のおやつ抜きです」 「そんなぁ~! 肉なしじゃ死んじまうよぉ~!」

ティランの絶望的な叫びが木霊する中、音速で戻ってきたリゼが「エリクサー取ってきましたぁぁ! 医務室のおばさんに頼んだらタダでくれましたぁぁ!」と叫びながら、新たなクレーターを作る音だけが、虚しく響き渡った。

結局、俺の体力作り計画は、開始五分で頓挫した。 ティランはトボトボと、まるで雨に濡れた捨て犬のような背中で、反省部屋のある宿舎へと戻っていった。 残された俺たちは、壊れた窓ガラスと地面の修復、そしてリゼが持ってきた大量の薬品(盗品に近い)の返品処理に追われることになった。

訓練場での騒動が落ち着いた頃には、日はすでに西に傾き始めていた。 空は鮮やかな茜色に染まり、長く伸びた影が城内を覆い始めている。 俺は執務室に戻り、溜まりに溜まった書類の山と格闘していた。

「……これ、全部今日中に決裁が必要なのか?」 「はい。領内の水路改修工事の予算案、隣国からの貿易協定の修正案、それから……先ほどの訓練場修復費用の請求書です。リゼが割った窓ガラスの代金も含んでいます」

レグルは涼しい顔で、次々と書類を俺の目の前に積み上げていく。 彼女は俺の隣にぴったりと寄り添い、インク壺の蓋を開けたり、書き損じた紙を魔法で消去したりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。 ……近すぎる。 彼女の銀髪がさらりと俺の肩にかかり、ふわりと甘い香りが漂ってくる。そして何より、彼女の豊満な胸部が、呼吸をするたびに俺の二の腕に当たっている。 柔らかい感触。これは絶対にわざとだ。

「レグル、もう少し離れてくれないか。書きづらい」 「おや、これ以上離れると、クロノス様がペンを落とした際に即座に拾えません。秘書として、主人の半径三十センチ以内をキープするのは常識です」 「そんな常識はない。……それに、視線が痛い」 「ふふ、クロノス様の執務姿があまりにも凛々しくて、つい見惚れてしまいました。特に、眉間に皺を寄せて数字を睨む横顔……ゾクゾクします。食べちゃいたいくらい」

彼女は恍惚とした表情で、俺の頬を指先でなぞった。その瞳は獲物を狙う蛇のようだ。 優秀な秘書であることは間違いないのだが、この重すぎる愛情表現さえなければ完璧なのに。 さっきティランを処刑しようとしていた冷徹さはどこへ行ったんだ。

俺はため息をつきつつ、羽ペンを走らせる。 窓の外を見れば、美しい夕焼けが広がっている。 この世界に来てから、ずっとこんな調子だ。 命の危険はない。飢えることもない。最強の部下たちに守られ、愛され、何不自由ない生活。 それは、社畜だった前世の俺が夢見ていた「平穏」に近いはずなのに、なぜか胃がキリキリと痛むのはどうしてだろう。

「……終わりました」 「お疲れ様です、クロノス様。完璧な決裁です」

最後の書類にサインを終えると、レグルが満足げに頷いた。 時計を見れば、もう夕食の時間だ。

「では、ダイニングへ参りましょう。本日の夕食は、特別なお料理を用意させております」 「……嫌な予感がするな。ヴネナンが関わっているのか?」 「ご安心ください。毒見は済ませてあります。ただ……少々、競争率が高いかもしれません」

レグルは意味深な笑みを浮かべ、俺の手を取った。 競争率? その言葉の意味を、俺はダイニングホールの扉を開けた瞬間に理解することになった。

ダイニングホールには、いつも以上の緊張感が漂っていた。 テーブルの中央には、巨大な銀の器が鎮座している。その中には、湯気を立てる黄金色のスープ……のような何かが入っていた。 そして、その周囲を囲むように、四人の女性たちが殺気立った視線を交差させている。

反省部屋から戻ってきたティラン。少し目が赤い。 白衣を脱ぎ捨て、勝負服であるスリットの深いチャイナドレスに着替えたヴネナン。 なぜかナイフとフォークを両手に持ち、戦闘態勢をとっているリゼ。 そして、静かに、しかし誰よりも黒いオーラを放つノクト。

俺が入室した瞬間、全員が一斉にこちらを向き、満面の(しかし目は笑っていない)笑顔を向けた。

「「「「お帰りなさいませ、クロノス様(坊主)!」」」」

声が揃った。怖い。圧がすごい。

「……なんだ、この異様な雰囲気は」 「ふふ、今日は『スペシャル・スタミナ・シチュー』の日ですよぉ」

ヴネナンが妖艶に唇を舐める。

「このシチューにはね、百年に一度しか咲かない『月光草』と、希少な魔獣の肉がふんだんに使われているの。滋養強壮効果は抜群。これを食べれば、夜の生活も……うふふ、朝まで眠らせないわよ?」 「そして、ここからが重要だぜ坊主!」

ティランが身を乗り出す。

「このシチューにある希少な肉は、たった一切れしか入ってねぇ! 料理長が気まぐれで入れやがった『当たりの肉』だ!」 「当たりの肉?」 「はいっ! その肉を食べた人は、永遠の愛を手に入れる……という伝説があるらしいですっ! 本に書いてありました!」

リゼが目を輝かせて説明する。 なるほど。つまり、その「当たりの肉」を俺に食べさせる権利を巡って、今まさに戦争が勃発しようとしているわけか。 くだらない。あまりにもくだらないが、彼女たちにとっては聖戦ジハードらしい。

「クロノス様は、座っていて。私が取り分ける」

ノクトが静かに宣言し、おレードルを武器のように手に取った。 その瞬間、火花が散った。

「待てよノクト! お前、昼間も抜け駆けしようとしたよな? ここは公平にジャンケン……いや、力比べで決めるべきだろ! 俺が勝ったら坊主に肉を食わせてやる!」 「野蛮。運も実力のうち。私がよそって、私がクロノス様の口に運ぶ。それが決定事項」 「あらあら、医療担当としては、栄養管理の観点から私が適任だと思うわぁ。坊っちゃまの口のサイズに合わせたカットが必要だし? 口移しじゃないと飲み込めないかもしれないわ」 「私が一番速いですから、私が食べさせてあげますっ! あーんって! あーんってしたいです!」

四人が一斉に動き出した。 ティランが大剣で牽制し、ヴネナンが毒霧(!)を撒き散らし、リゼが高速移動で撹乱し、ノクトが闇魔法で食器を操る。 ダイニングホールが、再び戦場と化す。 魔法が飛び交い、高級な食器が宙を舞う。

「……城が」

俺は崩れ落ちそうになる頭を抱えた。 隣では、レグルが冷静に「食器破損被害、見積もり算出中。修繕費はティランの給与から天引きします」と呟いている。止める気はないらしい。むしろ、隙を見て自分も参戦しようと眼鏡を光らせている。

ドォォォン!! 爆発音と共に、テーブルの中央にあったシチュー鍋が宙に舞った。 黄金色の液体と、具材たちがスローモーションのように空中に放り出される。 その中心に、一際輝く『当たりの肉』があった。

「「「「「あッ!!!!」」」」」

五人の動きが止まる。 肉は放物線を描き、誰の皿にも入ることなく――床に落ちそうになる。 このままでは、伝説の肉は残飯となる。

その時だ。 俺の体が、思考より先に動いた。 空腹だったからか、それとも彼女たちの争いを止めたかったからか。

因果逆転カジュアリティ・リバース

俺はスキルを発動させた。 『肉が床に落ちる』という未来を消去し、『俺のフォークに刺さる』という結果を強制する。

ヒュンッ。

肉は物理法則を無視してありえない軌道を描き、空中で静止し、そして吸い込まれるように俺の手元のフォークに突き刺さった。

静寂。 全員が、俺のフォークの先にある肉を凝視している。

「……騒がしい。食事くらい、静かに食べさせろ」

俺はそう告げると、その肉を一口で食べた。 口の中に広がる濃厚な旨味。とろけるような食感。確かに美味い。 だが、その味よりも、五人の絶望した顔の方が印象的だった。

「あぁぁぁ……! 私の永遠の愛がぁ……!」 「坊主が自分で食っちまった……俺が食わせたかったのに……」 「……間接キス計画、失敗。再計算が必要」 「ううっ、クロノスさまのいじわるぅ……!」 「……残念。デザートの時間に挽回しましょう」

彼女たちはガックリと項垂れ、魂が抜けたように席に着いた。 ようやく訪れた静寂。 俺はため息をつき、冷めかけたシチューを口に運んだ。 こうして、ナイトレイ城の長い一日は、カオスと破壊と、そして過剰な愛に包まれて幕を閉じた。 明日はどんなトラブルが待っているのか。 俺は神(あの性格の悪い女神)に祈らずにはいられなかった。 どうか、平穏な日常をください、と。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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