第28章 燃え上がる紋章と、断罪の紅蓮剣
ドラゴニア帝国、王立闘技場。 準決勝第一試合の開始時刻が迫っていた。
観客席はすでに満員となり、地鳴りのような歓声が響き渡っている。
誰もが期待していた。 予選で圧倒的な力を見せつけた『剛剣』ティランと、四天王の一角『剛力将』タイタン。 パワーとパワー、剛と剛のぶつかり合い。 どちらが真の最強か、雌雄を決する時が来たのだ。
だが、選手入場ゲートの薄暗い通路では、そんな熱狂とは裏腹に、張り詰めた殺気が渦巻いていた。
「……殺す。殺す。絶対に殺す」
ティランは壁に向かって独り言を呟きながら、拳を打ち付けていた。
ドンッ! ドンッ! 石造りの壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。拳から血が滲んでいるが、彼女は痛みなど感じていないようだった。
その瞳は血走っており、呼吸は荒い。 準備運動というよりは、怒りの発散だ。
彼女の脳裏には、昨日の光景が焼き付いていた。 ボロ雑巾のように叩きつけられたリゼ。 巨人の指に掴まれ、悲鳴を上げる小さな体。 妹のように可愛がっていた仲間が、あんな無惨な姿にされた。 その怒りが、彼女の理性を焼き尽くそうとしていた。
「リゼの分まで……いや、倍にして返してやる。あいつの指を一本ずつへし折って、手足を引っこ抜いて……」
ブツブツと呪詛を吐くティラン。 その背中は、頼もしい戦士のものではなく、復讐に囚われた修羅のものだった。
「……ティラン」
背後から、静かな声がかけられた。 ティランはビクリと肩を震わせ、振り返った。 そこに立っていたのは、クロノスだった。
「あ? ……なんだよ、坊主。今、集中してんだ。邪魔すんな」
ティランは乱暴に言った。 だが、クロノスは怯むことなく近づいてきた。 その瞳は、怒りに燃えるティランを、冷たい泉のように静かに見つめている。
「リゼの仇を討つのはいい。その気持ちは痛いほど分かる。俺だって、あいつを許すつもりはない」
「だったら黙って見てろよ! 俺が今からあいつを細切れにして……!」
「だが、冷静になれ」
クロノスの言葉が、鋭く響いた。
「今のままじゃ、お前は負けるぞ」
「あぁん!? 俺が負けるだと!?」
ティランが激昂し、クロノスの胸ぐらを掴み上げた。 至近距離で睨み合う。
「俺は強くなった! お前との修行で、技も覚えた! なのに負けるってのかよ!」
「ああ。今のままならな」
クロノスはティランの手を振りほどくこともせず、淡々と言った。
「お前は今、怒りで周りが見えていない。力が入りすぎて、動きが硬くなっている。 昨日のリゼと同じだ。挑発に乗って、冷静さを欠いて、自滅する。 ……リゼの二の舞になりたいのか?」
その言葉は、ティランの心臓を鋭く貫いた。 リゼの二の舞。 それが一番、彼女が恐れている結末だった。
「クソっ……! 分かってるよ! 分かってはいるが……!」
ティランは手を離し、再び壁を殴りつけた。 ドォォォンッ!! 壁の一部が崩落する。
「頭から離れねぇんだよ! あいつがリゼを笑いながら痛めつけてた顔が! 冷静になれ? 無理だ! 俺の中の炎が、あいつを焼き尽くせって叫んでるんだよ!」
彼女は泣きそうな顔で叫んだ。 優しすぎるがゆえの怒り。仲間想いゆえの暴走。 それを止めることができるのは、世界でただ一人。
「……いいか、ティラン。俺を見ろ」
クロノスが一歩踏み出し、ティランの両手を優しく包み込んだ。
「ッ!?」
ティランが息を呑む。 クロノスの手は温かく、そして不思議なほど落ち着いていた。 その熱が、ティランの荒ぶる脈動と同調していく。
「お前の怒りは正しい。だが、それを『炎』として撒き散らすな。 体の中に溜め込め。エンジンの燃料にしろ。 俺が、その手伝いをしてやる」
クロノスが目を閉じる。 魔力を練り上げる。 これまでの修行で培った、ティランとのパス(魔力的な繋がり)。 それを、より深く、魂の領域まで接続する。
【共鳴・点火】
カッ!
二人の繋いだ手から、赤い光が溢れ出した。 同時に、ティランの左胸――心臓の上にある『火怒』の紋章が、熱く脈打ち始めた。 ドクン、ドクン、ドクン。 心臓の鼓動が、クロノスのそれと重なる。
「な、なんだこれ……!?」
ティランが目を見開く。 力が、湧いてくる。 ただの魔力ではない。もっと根源的な、魂の底から汲み上げられたような、純粋なエネルギー。 荒れ狂っていた怒りの炎が、急速に収束し、静かで青白い炎へと変質していく。
彼女の瞳が、ルビーのように赤く輝き出した。 視界がクリアになる。 聞こえなかった音が聞こえる。感じ取れなかった気配が分かる。 世界が、鮮明に見える。
「力が……漲ってくるぞ……。 熱いのに、頭は冷えてる。……不思議な感覚だ」
ティランは自分の手を見つめた。 震えは止まっていた。 体の中を巡るエネルギーが、指先まで完璧に制御されている感覚。 体温が高い。ポカポカしている。 それは、クロノスの体温が自分の中に流れ込んできているような、心地よい一体感だった。
「……これが、お前の力か? 坊主」
「さあな。俺にもよく分からない。 ただ、今のお前になら『託せる』と思っただけだ」
クロノスが手を離す。 輝きは収まったが、ティランの中の力は消えていなかった。 炉にくべられた炭のように、赤々と燃え続けている。
「……へへっ。すごいぜ、これ。 これだったら……負ける気がしねぇ」
ティランはニカっと笑った。 先ほどまでの悲壮感はない。 いつもの、自信に満ち溢れた最強の女戦士の顔だ。
「行ってくるぜ、坊主。 最高の結果を持って帰ってくるからよ」 「ああ。さっさと片付けてこい。 ……勝って戻ってこい!」 「おう!!」
ティランはバスターソードを担ぎ上げ、光の差すゲートへと歩き出した。 その背中からは、もはや迷いは消え失せていた。
闘技場に、割れんばかりの歓声が響き渡る。
『さあ、お待たせいたしました! 準決勝第一試合! 西のゲートより、ナイトレイ家最強の矛! 『剛剣』ティラン!!』
ティランがフィールドに姿を現すと、観客席の一部(主に女性ファン)から黄色い声援が飛んだ。 ガルーダを倒した実績は伊達ではない。彼女の実力は、すでに帝国でも認められつつある。
『対するは、東のゲート! リゼ選手を粉砕し、圧倒的な暴力を見せつけた帝国の守護神! 四天王・『剛力将』タイタン!!』
ズシン、ズシン、ズシン。 地響きと共に、岩の巨人が現れた。 タイタンは巨大な戦鎚を肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべている。 その全身からは、自信と傲慢さが湯気のように立ち昇っていた。
二人はフィールドの中央、距離十メートルで対峙した。 熱気がぶつかり合う。
「よう、姉ちゃん。顔色が良くなったじゃねぇか」
タイタンが先制の口撃を仕掛ける。
「昨日は泣きっ面で引きこもってたって聞いたぜ? 可愛い妹分が潰されて、悔しくて眠れなかったか? ギャハハ!」
下卑た挑発。 観客席のリゼが、悔しそうに唇を噛むのが見える。 だが、ティランは反応しなかった。 無表情のまま、ただ静かにタイタンを見つめているだけだ。
「……おい、聞いてんのか? 勝つ気満々らしいな? その意気込みは好きだぜ。 だがな、勝つのは俺だ。あのチビと同じように、お前もグチャグチャに握りつぶしてやるよ」
タイタンが筋肉を誇示するようにポーズを取る。 それでも、ティランは動じない。 彼女の意識は、タイタンの言葉など通り越して、その筋肉の動き、重心、魔力の流れだけに向けられていた。
(……足首の関節が硬い。右肩が少し上がっている。ハンマーの握りが甘い)
見える。 以前なら「デカいな」「強そうだな」くらいの感想しか抱かなかった相手が、今は穴だらけの肉塊に見える。 クロノスとの修行。そして『共鳴』による感覚の鋭敏化。 それらが、彼女を一段上のステージへと押し上げていた。
「……あぁ、悪い悪い。全然聞いてなかった」
ティランはようやく口を開いた。 その声は、驚くほど平坦だった。
「今日の晩飯のこと考えてたわ。 ……で? お前、遺言はそれだけか?」
「――ッ!?」
タイタンの額に青筋が浮かんだ。 無視されたことへの怒り。そして、見下されたことへの屈辱。
「ナメてんじゃねぇぞ、メス豚がぁぁッ!!」
ゴングが鳴る前だった。 タイタンが激情に任せて地面を蹴った。 フライング気味の突進。 巨大なハンマーが、空気を圧縮しながら振り下ろされる。
「潰れろォォォッ!!」
ドゴォォォォンッ!!!!
ハンマーが地面を叩き、爆発的な衝撃波が発生した。 石畳が粉砕され、破片が弾丸のように飛び散る。 直撃すれば、ティランの体など跡形もなく消し飛ぶ威力。
だが。 そこにティランの姿はなかった。
「……あ?」
タイタンが顔を上げる。 手応えがない。 逃げた? どこへ?
「よそ見してると、首が飛ぶぜ」
声は、頭上からした。
タイタンが見上げると、太陽を背にして空中に静止するティランの姿があった。
彼女はハンマーが振り下ろされる直前、最小限の動きで跳躍し、衝撃波に乗って上空へ回避していたのだ。
「やっぱ、おせぇな」
ティランは呟き、空中で体を捻った。 バスターソードを振りかぶる。 重力と遠心力、そして全身のバネを使った、教科書通りの、しかし完璧なフォームでの斬撃。
「落ちろッ!!」
ヒュンッ!!
大剣が閃く。 タイタンは咄嗟にハンマーの柄を持ち上げ、ガードの体勢を取った。
ガギィィィィィンッ!!!!
金属同士が激突する、鼓膜をつんざくような音が響いた。 タイタンの膝がガクリと折れる。 地面が陥没し、膝まで土に埋まる。
「ぐ、おぉぉっ!?」
「まだだ! これからだぞ!」
ティランは着地することなく、ハンマーを足場にして再び跳躍した。 軽業師のような身のこなし。 あの巨剣を持ちながら、蝶のように舞っている。
着地と同時に、下段からの斬り上げ。 タイタンが仰け反る。 返す刀で、横薙ぎ。 タイタンが腕甲で受ける。
ガッ! ギンッ! ドォンッ!
連撃。 ティランの攻撃は止まらない。 右から、左から、上から、下から。 大剣の重量を感じさせない高速の剣舞。 しかも、一撃一撃が重い。タイタンの防御の上からでも、骨に響くような衝撃が伝わってくる。
「クソッ! チョコマカと!」
タイタンがハンマーを振り回し、範囲攻撃で吹き飛ばそうとする。 だが、ティランはその軌道を完全に見切っていた。
「そこ」
ハンマーが大振りに振られた瞬間、その懐へステップイン。 がら空きの腹部に、大剣の柄頭を叩き込む。
ゴフッ!!
タイタンが苦悶の声を漏らし、後退する。 呼吸が乱れている。 開始から数分。 リゼの時とは逆だ。 あの時は、リゼが攻めあぐね、タイタンが余裕で受けていた。 だが今は、タイタンが防戦一方で、息を切らせている。
(な、なんだこの女……!?)
タイタンは戦慄していた。 予選の時のデータと違う。 あの時は、力任せのゴリ押しスタイルだったはずだ。 だが今のティランは、冷静だ。 無駄な動きが一切ない。攻撃の予備動作が極端に少なく、フェイントを織り交ぜてくる。 そして何より、目が怖い。 熱く燃えているのに、底知れず冷たい瞳。 自分の急所を、解剖学的に狙ってきているような視線。
「ハァ、ハァ……! 調子に乗るなよ! 俺は『剛力将』だぞ! 力負けしてたまるか!」
タイタンが咆哮し、全身の筋肉を膨張させた。
【筋肉硬化】
防御力を極限まで高め、肉を切らせて骨を断つ作戦に出る。 多少のダメージは無視して、カウンターでティランを潰す算段だ。
「来いッ! 受け止めてやる!」
タイタンが両手を広げ、待ち構える。 それを見たティランは、ふっと動きを止めた。
「……防御に徹する? 悪手だな」
彼女は大剣をだらりと下げ、静かに息を吸い込んだ。
「硬けりゃいいってもんじゃねぇ。 坊主は言ってたぜ。『どんなに硬い岩でも、一点に力を集中させれば砕ける』ってな」
ティランの雰囲気が変わった。 体から噴き出していた赤い闘気が、揺らぎ、そして透明度を増していく。 不純物が取り除かれた、純粋なエネルギーの結晶。 炎のようでいて、炎ではない。 もっと高次元の、概念的な熱量。
「……そろそろ、終わりにするか」
彼女が呟くと、その透明なオーラが一気に解き放たれた。
【エレメント・リンク:赤帝の衣】
会場の気温が跳ね上がった。 観客たちが暑さに悲鳴を上げるほどだ。 だが、ティランの周囲だけは、陽炎のように揺らめき、静寂に包まれている。
溢れ出した膨大な魔力炎は、無秩序に拡散することなく、主の意思に従って形を成していく。 肩から背中にかけては、紅蓮の炎が織りなす「マント」が形成され、風もないのに雄大にはためいている。 そして口元は、揺らめく炎の「マフラー」によって隠され、その隙間から鋭い双眸だけが覗いていた。
その姿は、闇に生きる暗殺貴族の従者でありながら、邪悪を払う光を纏った「聖騎士」のように神々しく、美しい矛盾を描いていた。
「な、なんだその力、姿は……!?」
タイタンが後ずさる。 本能が告げている。あれに触れてはいけない。 防御など意味がない。
「行くぞ」
ティランが消えた。 【身体超強化・改】。 クロノスの技術を完全に自分のものとした、音速の踏み込み。
ズンッ。
気づけば、ティランはタイタンの懐にいた。 大剣は、すでに振り抜かれていた。
時間が止まったような静寂。 タイタンは、自分の体を見下ろした。 胸部。自慢の大胸筋。 そこに、一本の赤い線が走っている。
「……え?」
パカッ。
音がして、タイタンの鎧が真っ二つに割れた。 そして、その下の皮膚が裂け、大量の鮮血が噴き出した。
「ぐ、ぎゃあああああっ!?」
遅れてやってきた激痛。 タイタンはその場に崩れ落ちた。 斬られた。 最高の防御スキルを使っていたのに。鋼鉄よりも硬い筋肉を、まるで紙切れのように。
「……浅いか」
ティランが大剣の血糊を振るい落とす。 手加減したのだ。本気なら、胴体が両断されていた。
「ひぃっ、ひぃっ……!」
タイタンは血の海の中で後ずさる。 戦意喪失。 目の前に立つ赤髪の女は、もはや人間ではない。破壊の化身だ。
ティランはゆっくりと歩み寄り、大剣の切っ先をタイタンの喉元に突きつけた。
「……終わりだ。遺言はあるか?」
冷徹な声。 タイタンの顔が歪む。死の恐怖。 これまで多くの弱者を虐げ、殺してきた彼が、初めて味わう「狩られる側」の感情。
「た、助けてくれ……! 頼む、殺さないでくれ!」
「……は?」
ティランの眉がピクリと動いた。
「助けてくれ? お前、リゼの時はどうした?」
「え……?」
「リゼが苦しんでいた時、お前は助けたか? いや、笑ってたよな。『握りつぶしてやる』って楽しそうに」
ティランの瞳に、暗い炎が宿る。 剣先に力が込められ、タイタンの皮膚を食い破る。
「ヒッ!?」
「お前がリゼを殺そうとしたのは許せない。 あいつから笑顔を奪おうとした。俺の大事な家族を、玩具みたいに扱った。 それが許せない。許すつもりもない」
殺気。 本気の殺意が、タイタンの心臓を鷲掴みにする。 殺される。確実に。
「ここでお前を殺せば、気が晴れるだろうな。 俺の中の獣が、そうしろと叫んでる」
ティランが大剣を振り上げる。 タイタンは悲鳴を上げて目を閉じた。
――だが。 刃は振り下ろされなかった。
「……だが、私の主人はそれを許さない」
ティランの声が、微かに震えた。 彼女は振り上げた剣を、ゆっくりと下ろした。 その顔には、苦渋と、そして誇らしげな色が混じっていた。
「坊主は言った。『俺たちは殺戮者じゃない』ってな。 お前のようなクズを殺して、俺の手を汚すことはない。 坊主が望むのは、俺たちが胸を張って『勝った』と言える未来だ」
彼女はタイタンを見下ろし、冷たく、しかし炎のように温かく言い放った。
「命が惜しければ、今この場で棄権しろ。 そして二度と、俺たちの前に顔を見せるな」
タイタンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、何度も頷いた。
「き、棄権します! 負けました! 許してくださいぃぃ!」
その声が、会場のマイクに拾われた。 勝負あり。
スゥー……と。 ティランの体から、赤いオーラが消えていった。 彼女は大きく息を吐き、審判に向かって片手を突き上げた。 勝利の宣言。
「勝者、ティラン選手ぅぅぅ!!」
歓声が爆発する。 だが、その瞬間。
ティランの全身を包み込んでいた紅蓮の炎――『赤帝の衣』が、ふっと揺らいだ。 燃え盛っていたマントが、口元を隠していたマフラーが、まるで水をかけられた残り火のように、シュゥ……と音を立てて消失していく。 神々しい聖騎士の幻影が消え、そこには傷だらけでボロボロの、一人の生身の女性が残された。
同時に、ティランの体がグラリと揺れた。 緊張の糸が切れ、薬の効果も切れ、反動が一気に押し寄せたのだ。
「……あ、れ? 視界が……」
彼女は支えを失ったように、バタリと仰向けに倒れ込んだ。 意識が遠のいていく。 青い空が、ぼんやりと滲んで見える。
(勝ったぞ、坊主……。リゼ……)
「――ン! ティラン! 起きてください!」
必死な呼びかけで、ティランは意識を取り戻した。 目を開けると、そこは医務室のベッドの上だった。 独特の消毒液の匂い。 そして、ベッドの横で自分の手を握りしめ、ボロボロ泣いている少女の顔。
「……リゼ?」
「あ! 起きた! ティランお姉ちゃんが起きたぁ!」
リゼは叫び、そのままティランの胸に顔を埋めた。 包帯だらけの体で、痛いはずなのに、力の限り抱きついてくる。
「よかったぁ……! すごかったです! かっこよかったです! 私のために……あんなに……うぅぅ……!」
涙で言葉になっていない。 ティランは苦笑し、痛む腕を上げてリゼの頭を撫でた。
「泣くなよ。……仇は取ったぜ」
「はいっ……! はいっ!」
「……無茶をする」
部屋の隅から、呆れたような声がした。 クロノスだ。
彼もまた、安堵の表情を浮かべてこちらを見ていた。 隣には、レグル、ノクト、ヴネナンもいる。
「坊主……。見ててくれたか?」
「ああ。最高にかっこよかったよ。 最後、殺さなかったのもな。……偉かった」
クロノスが近づいてきて、ティランの額に手を当てた。 その手の温もりに、ティランの目頭が熱くなる。
「へへっ……お前の教えだからな。 ……これで、決勝はお前の番だ」
ティランはクロノスの手を握り返した。
「俺は勝った。次は、お前がスカーレットをぶっ飛ばす番だ。 ……できるな?」
「ああ。任せておけ」
クロノスは力強く頷いた。 その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
準決勝第一試合、終了。 ティランの勝利により、クロノスの決勝進出、そしてスカーレットへの挑戦権が確定した。
そして、物語はいよいよクライマックスへ。 最強の許嫁との、愛と誇りを賭けた最終決戦が、幕を開けようとしていた。
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