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暗殺貴族の溺愛ハーレム ~「守られる弱い男」を演じていたら、最強の女たちが忠誠を誓って離れません~  作者: 藤風大地
第2部 竜の女王と、恋の最終戦争(ラグナロク)

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第15章 粛清の晩餐と、銀色の処刑人

ドラゴニア帝国、王城「ドラグニル」。

その最上階にある「覇王の間」では、決戦前夜の宴が催されていた。

だが、それは宴と呼ぶにはあまりにも静かで、冷え切っていた。

巨大な円卓には、最高級の料理と酒が並べられている。

ドラゴンのテールスープ、希少な魔獣の丸焼き、年代物のワイン。どれも庶民が見れば卒倒するようなご馳走だ。

しかし、席につく者たちは、誰一人として料理に手をつけようとはしなかった。

カチャリ、という食器の音さえ響かない。

聞こえるのは、風が窓を叩く音と、暖炉の薪が爆ぜる音だけ。

円卓の上座。

そこに、女帝スカーレット・ドラゴニアが座っていた。

彼女は頬杖をつき、退屈そうにワイングラスを揺らしている。

その瞳は、目の前の部下たちを見ていない。遥か彼方、明日の戦場となる闘技場を見据えているようだった。

そして、彼女を囲むように座っているのが、帝国最強の武力を誇る四人の将軍――『帝国四天王』だ。

東の空を統べる『天翼将てんよくしょう』、ガルーダ。

西の大地を砕く『剛力将ごうりきしょう』、タイタン。

南の海を支配する『海竜将かいりゅうしょう』、リヴァイア。

北の闇に潜む『幻魔将げんましょう』、サキュバスのルミル。

彼らは皆、一人で小国を滅ぼせるだけの実力者であり、普段はそれぞれの領地で絶対的な権力を振るっている猛者たちだ。

だが今、彼らはスカーレットの前に、借りてきた猫のように萎縮していた。

絶対強者の前では、彼らでさえ「弱者」に過ぎないことを、骨の髄まで理解しているからだ。

「……食べないの?」

不意に、スカーレットが口を開いた。

その一言で、室内の空気が凍りついた。

「あ、いえ……いただきます、陛下」

「こ、光栄であります……」

四天王たちは慌ててナイフとフォークを手に取った。

だが、その手は微かに震えている。

彼らにとって、この食事会は「労い」ではなく「踏み絵」に近い。

スカーレットの機嫌を損ねれば、その瞬間に首が飛ぶ。そんな緊張感が漂っていた。

ナイトレイ家で見られたような、笑い声や冗談、信頼関係などは微塵もない。

あるのは、恐怖による支配と、力による服従のみ。

それが、ドラゴニア帝国の在り方だった。

重苦しい沈黙の中、一人の女性が口を開いた。

『幻魔将』ルミルだ。

彼女はサキュバス特有の妖艶な美貌を持ち、露出度の高いドレスを身に纏っている。

四天王の中では最も若く、そして最も野心家だった。

「……それにしても、スカーレット様も酔狂なことをなさいますわね」

ルミルはワインを一口含み、わざとらしい溜息をついた。

「あんな田舎の男のガキ一人に、こんな盛大な催し物(武闘大会)を開くなんて。

国中の猛者を集め、莫大な予算を使い……正直、割に合いませんわ」

彼女の言葉に、他の三天王がギョッとして顔を上げた。

ガルーダが目配せで「よせ」と制止するが、ルミルは止まらない。

彼女は自分の美貌と実力に絶対の自信を持っており、スカーレットの今回の行動――たかが一人の男のために国を動かすこと――に、内心で不満を抱いていたのだ。

「クロノス・ナイトレイでしたっけ?

噂では、少しばかり小賢しいスキルを使うそうですが……所詮は『男』でしょう?

守られるだけのひ弱な生き物。私たちの爪の先で撫でただけで壊れてしまうような、脆い玩具」

ルミルは嘲笑った。

「そんな雑魚を相手に、陛下が直々にお相手をするなんて。ドラゴニアの威信に関わりますわ」

スカーレットは無表情のまま、ワイングラスを見つめていた。

「……たまには、体を動かしたかったのでな」

興味なさげな返事。

だが、ルミルにはそれが「図星」に見えたのか、さらに調子に乗った。

「はっ! 体を動かすだけなら、私たちが相手になりますのに。

……なんだったら、スカーレット様が勝ったら、そのイイナヅケとやらの男を、私が可愛がってもいいんですかね?」

ルミルは舌なめずりをした。

「サキュバスの館には、男を廃人にするための快楽責めの道具が揃っていますの。

生意気な男の子を、涎を垂らして私の足にすがりつく家畜に変える……。ふふ、最高の余興になりますわ」

完全に、スカーレットをおちょくっている。

あるいは、自分もスカーレットと同等の立場にあると誇示したかったのかもしれない。

「おい、ルミル! 言い過ぎだぞ!」

「陛下に対して無礼だ!」

ガルーダとタイタンが立ち上がり、怒鳴った。

だが、ルミルは余裕の笑みを崩さない。

「あら、本当のことでしょう?

最強の竜の女王なんて持て囃されていますけど、実力なんて……もう錆びついているんじゃありませんこと?

最近は城に引きこもってばかりで、戦場にも出られていませんし」

彼女はスカーレットを挑発的な目で見つめた。


「……言いたいことは、それだけか?」

スカーレットが、静かに言った。

彼女は手に持っていたワイングラスを、コトッ、とテーブルに置いた。

その動作は優雅で、静寂そのものだった。

「え? あぁ、まあ……図星でしたかしら?」

ルミルが勝ち誇ったように笑った。

次の瞬間。

「――なら、今やろうか」

スカーレットが、ルミルを見た。

ただ、見ただけ。

指一本動かさず、魔力の詠唱もせず。

ただ、その黄金の瞳孔を、縦に細めただけ。

ボッ!!!!

ルミルの体が、内側から発火した。

「え……?」

ルミルは自分の体を見下ろした。

美しいドレスが、肌が、肉が、紅蓮の炎に包まれている。

熱い、という感覚が脳に届くより早く、視界が赤く染まる。

「あ、あつ……!? 熱い! 熱い熱い熱いッ!!!」

絶叫。

ルミルは椅子から転げ落ち、床をのたうち回った。

魔法の炎ではない。

スカーレットの「覇気」が、ルミルの体内の魔力回路を暴走させ、自己発火させたのだ。

視線一つで、相手を燃やす。

次元が違う。

「スカーレット様! お許しを! 冗談です! ただの冗談で……ぎゃあぁぁぁぁッ!!」

ルミルの悲鳴が断末魔に変わる。

サキュバスの高い再生能力も追いつかない。骨の髄まで焼き尽くす、竜王の怒りの炎。

「……私のクロノスを『家畜』と言ったな」

スカーレットは冷ややかに見下ろした。

「彼は私のものだ。指一本、視線一つ、妄想の中でさえ……他人が触れることは許さない」

ズオォォォッ!!

炎が一気に膨れ上がり、ルミルの体を飲み込んだ。

数秒後。

そこには、一握りの灰だけが残されていた。

静寂。

先ほどまでの凍りついた空気とは違う、死の静寂が部屋を支配した。

残された三天王は、顔面蒼白で震えている。

同僚が、瞬きする間に灰になった。

逆らえばこうなる。それが、この国の絶対のルール。

「……せっかくだ。言い分がある奴は聞こう。

私が弱くなったと? 老いたと? ……誰か、試してみるか?」

スカーレットが微笑む。

その笑顔は、この世で最も美しく、そして最も恐ろしいものだった。

「い、いえ! 滅相もございません!」

「我々は陛下に絶対の忠誠を誓っております!」

「ルミルは愚かでした! 自業自得であります!」

三天王は一斉に平伏した。

額を床に擦り付け、必死に命乞いをする。

「……つまらないわね」

スカーレットは興味を失ったように視線を外した。

彼女にとって、彼らは部下ですらない。ただの「駒」であり、機嫌を損ねれば捨てられる消耗品だ。

クロノスたちが見せた「信頼」や「絆」とは、対極にある関係。

「四天王の枠が一つ増えたな。……執事、あの男を呼べ」

スカーレットが背後の執事に指示を出した。

「かしこまりました。直ちに」

執事は一礼し、影のように姿を消した。

数分もしないうちに、重厚な扉が再び開かれた。

カシャン、カシャン、カシャン。

金属音が静寂の広間に響く。

現れたのは、一人の男だった。

全身を、継ぎ目のない銀色のフルプレートアーマー(全身鎧)で包んでいる。

兜のバイザーは固く閉ざされ、その素顔は一切見えない。

身長は二メートル近くあり、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。

一見して、ただの重装歩兵のように見える。

だが、その男が纏う雰囲気は、異質だった。

気配がない。

殺気もない。

魔力さえも感じられない。

まるで、中身が入っていない「動くリビングアーマー」のような、底知れぬ虚無感。

だが、平伏している三天王たちは、本能的に理解していた。

こいつは、ヤバい。

ルミルよりも、自分たちよりも、遥かに「死」に近い存在だと。

男はスカーレットの御前まで歩み寄ると、重々しく片膝をついた。

「……お呼びでしょうか、陛下」

兜の奥から響く声は、低く、機械的に加工されたような無機質な響きを持っていた。

「あぁ。四天王の一枠が空いたのでな。ぜひお前にと思ってな」

スカーレットは楽しそうに言った。

まるで、新しい玩具を見せびらかす子供のように。

「……光栄です。お申し付けなのであれば、その命、受けさせていただく所存でございます」

男は感情の籠もらない声で答えた。

喜びも、驚きもない。ただ命令を遂行するだけの機械のような反応。

彼の名は、誰も知らない。

数年前、帝国が武力拡大のために一般公募した「衛兵選抜試験」に、ふらりと現れた男だ。

その時の試験官は、当時の四天王の一人だった。

だが、この男は試験官を「一撃」で再起不能にし、そのまま姿を消そうとした。

スカーレットが興味を持ち、直属の密偵として拾い上げたのだ。

素顔も、出身も、年齢も不明。

唯一分かっているのは、彼が「男」であるということと、圧倒的に「強い」ということだけ。

帝国内では『銀色の処刑人シルバー・エクスキューショナー』と呼ばれ、スカーレットの影として汚れ仕事を一手に引き受けてきた。

「お前には、明後日の武闘大会に出てもらう」

スカーレットが告げる。

「予選はどうでもいい。本戦で、クロノス・ナイトレイと戦え。

そして……彼を『テスト』しなさい」

「テスト、でございますか?」

「ええ。彼が私に挑む資格があるか。その力を、限界まで引き出して見極めなさい。

殺しても構わないわ。……もし彼が、お前ごときに負けるようなら、その程度の男だったということだから」

残酷な命令。

だが、そこには確信があった。

クロノスなら、この処刑人を超えてくるはずだという、歪んだ信頼。

「……御意。 我が剣にかけて、彼を地獄の淵まで案内いたしましょう」

男は深く頭を下げた。

その銀色の兜の奥で、何かが赤く明滅した気がした。

「期待しているぞ。……下がれ」

スカーレットが手を振ると、男は音もなく立ち上がり、退室していった。

残された三天王は、冷や汗を拭うことさえ忘れて、男の去った扉を見つめていた。

彼らは知ったのだ。

自分たちの席が、いつ奪われてもおかしくないということを。

「……興が削がれたわ」

スカーレットはつまらなそうに呟き、席を立った。

「宴は終わりよ。各自、明日の準備を怠らないように。

私の結婚式(殺し合い)に泥を塗ったら……分かっているわね?」

「は、はいッ!!」

スカーレットは震える部下たちを一瞥もせず、自室へと戻っていった。

王城の最上階、女帝の私室。

そこは、城内で唯一、スカーレットが「ただの女」に戻れる場所だ。

「……堅苦しい」

部屋に入るなり、彼女は不機嫌そうに呟いた。

まとっていた真紅のドレスの背中の紐を解き、床に脱ぎ捨てる。

下着など着けていない。

露わになった白磁の肌が、月明かりに照らされて輝く。

完璧なプロポーション。

豊満な胸、引き締まったウエスト、しなやかな足。

そして、背中から腰にかけて刻まれた、竜の刺青。

彼女は裸のまま、サイドテーブルにあったヴィンテージのワインボトルを掴んだ。

グラスなど使わない。ラッパ飲みだ。

赤い液体が喉を通り、数滴が口元からこぼれて白い胸を伝う。

「……ふぅ」

彼女はボトルを持ったまま、テラスへと出た。

夜風が冷たい。

だが、彼女の体温は異常に高い。冷気など心地よい涼風にしか感じない。

竜の血が、戦いを求めて沸騰しているのだ。

眼下には、眠りについた帝都の街並みが広がっている。

その向こうには、広大な闘技場。

明後日、あそこで全てが決まる。

「ついに、明日か……」

彼女は西の空を見上げた。

そこには、クロノスたちがこちらへ向かっている気配がある。

「我が愛しのクロノスよ。……あぁ、身体が疼いて堪らない」

スカーレットは自分の体を抱きしめた。

爪が肌に食い込み、血が滲む。

痛みと快感が混じり合う。

彼女は孤独だった。

生まれながらの最強。竜の血を引く異端児。

誰も彼女に触れられず、誰も彼女を愛せなかった。

男たちは皆、彼女の力に怯え、ひれ伏すか、逃げ出すかだった。

だが、クロノスは違った。

あの日、ナイトレイ城で。

彼は怯えるどころか、彼女に牙を剥いた。

傷をつけた。

地面に這わせた。

初めてだった。

対等に……いいえ、自分を脅かす存在として、正面から向き合ってくれたのは。

「私を殺す気で来なさい。私も、貴方を壊す気で抱くわ」

彼女は虚空に向かって口づけを投げた。

その瞳は、恋する乙女のように潤み、同時に獲物を狙う魔獣のようにギラついていた。

「早く会いたい。貴方の血の色を、悲鳴を、そして……愛を確かめたい」

スカーレットは悶えるように身をよじり、恍惚の表情で月を見上げた。

明日が楽しみで楽しみで仕方がない。

まるで遠足の前日の子供のように、しかしその内容はあまりにも血なまぐさい。

最強の女帝は、狂おしいほどの愛と殺意を抱いて、決戦の地で待つ。

彼女を満足させられるのは、世界でただ一人。

暗殺貴族の当主だけなのだから。


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