第29話 ポエム垢との邂逅
夜の公園。街灯のオレンジ色の光が、ベンチに座る二人を照らしていた。
一万人のファンが去り、祭りのあとのような静寂が心地よい。
「……どうして、俺だと分かったんですか?」
佐藤は、持っていた缶コーヒーをアナに差し出した。
「私はあなたのフォロワーだもの。……それに、世界中の誰よりもあなたの『背中』を見てきたんだから」
アナは、冷えた缶を受け取り、小さく笑った。彼女は某国のエリート諜報員としての顔を捨て、一人の女性としてそこにいた。
彼女が差し出したスマホの画面には、かつて佐藤がカチナイーヨ要塞で撮った、あの「虹色の爆破」の画像が映っていた。
「これを見た時、私はあなたを『世界の敵』だと思った。でも、次にあなたが上げたのは、ピントのズレたおじさんの自撮りだった。……その時気づいたの。あなたは世界を壊したいんじゃなくて、ただ、世界に自分の居場所を認めてほしかっただけなんだって」
佐藤は、夜空を見上げた。
かつて戦場で、名前も持たず、影として生きてきた日々。40歳を過ぎて日本に戻り、誰にも見向きもされず、卒業アルバムの欠席者のように社会から浮いていた自分。
そんな自分が、SNSという戦場で見つけたのは、爆破の快感ではなく、「誰かと繋がっている」という実感だった。
「……100万人のフォロワーも、一万人の群衆も、みんな俺の中に『伝説』を見てました。でも、あんただけは、俺の中に『おじさん』を見てくれた。……それが、一番嬉しかったんです」
佐藤の不器用な言葉に、アナは目を細めた。
「おじさん。……あなたはこれからどうするの? 某国の軍も、国際調査団も、まだあなたの影を追っているわ。このまま『普通のおじさん』でいるのは、もう無理かもしれない」
佐藤は、ポケットから自分のスマホを取り出した。
画面には、いまだに止まらない通知の嵐。世界はまだ、彼に「次」を求めている。
「……新人として、またどこかへ行きますよ」
佐藤は立ち上がり、軽く膝を叩いた。
「俺のスキルは、爆破じゃない。『どこにでもいて、誰にも気づかれない』ことです。それが今、これだけ多くの人に見守られてる。……矛盾してるけど、これが俺の新しい生き方なんだと思います」
佐藤は、アナに向かって、初めて画面越しではない「本物のピースサイン」を向けた。
それは不格好で、少し震えていたけれど、100万いいねを超える価値がある、最高のポーズだった。
「……さあ、行かなきゃ。明日は別の現場で、また『新人』のバイトが入ってるんです」
「……次は、どこを『清掃』するつもり?」
アナの問いに、佐藤はいたずらっぽく笑った。
「秘密です。……でも、虹が見えたら、そこには俺がいると思ってください」
佐藤は、夜の闇へと歩き出した。
一歩、二歩。その姿は、街灯の光から外れると同時に、まるで空気の中に溶け込むように消えていった。
アナは一人ベンチに残り、温くなったコーヒーを一口飲んだ。
彼女のスマホに、一通の通知が届く。
【無敵の隠密おじさん:@lonely_shadow_45】
『最高のオフ会でした。次は、もっと広い空で会いましょう。』
伝説は、終わらない。
ただ、少しだけ「おじさん」の足取りが軽くなっただけだ。
ラスト1話になります。




