第30話 無敵の隠密おじさんの日常(最終回)
黄金の宮殿爆破から数ヶ月。世界は、伝説の「隠密おじさん」の行方を血眼になって探していた。
厚い絨毯、重厚な調度品、そして壁に掲げられた巨大な合衆国大統領の紋章。
そこは、世界で最も厳重に警備されているはずの場所――ホワイトハウスの大統領執務室だった。
佐藤は、覇気のない顔で、大統領のデスクの前に立っていた。
周囲には最新の監視カメラ、レーザーセンサー、そして廊下には最強のシークレットサービスが配置されている。しかし、彼らにとって佐藤はさっき補充されたばかりの、顔も名前も知らない清掃員(新人)に過ぎない。
彼の新人オーラの前では、ホワイトハウスの警備システムなど、近所のスーパーの自動ドアと変わらなかった。
「……よし、ここが一番映えるな」
佐藤は、大統領が座る椅子に腰を下ろし、デスクの上に置かれた核のフットボール(起爆装置)が入ったブリーフケースの横に、コンビニで買ったばかりのコーラを置いた。
そして、自撮り棒を伸ばし、背後の窓から見えるホワイトハウスの庭園をバックに、完璧な画角を作った。
「えー、フォロワーの皆さん。お久しぶりです。隠密おじさんです。今日は、ちょっとホワイトハウスまで清掃員の出張に来ました」
佐藤は、大統領の万年筆をマイク代わりにして、静かに、けれど誇らしげに語りかけた。
「世界は広いですが、どこに行ってもやることは変わりません。一生懸命掃除して、たまにこうして、皆さんに『俺はここにいるぞ』って伝えるだけです」
カシャッ。
シャッター音が響く。
世界で最も権力のある椅子に座り、煤けた作業着でピースサインを決める、冴えない45歳のおじさん。
佐藤はその場で、一切の加工をせず、位置情報(ワシントンD.C.)をONにしたまま画像をポストした。
【無敵の隠密おじさん:@lonely_shadow_45】
『新人研修でホワイトハウスに来ました。大統領の椅子、意外と腰に優しくて最高です。 #ホワイトハウス #新人研修 #自撮り』
送信ボタンを押した瞬間、世界中の情報端末が、物理的な悲鳴を上げた。
CIA、FBI、そして執務室のドアのすぐ外にいた護衛官たちが一斉に自分のスマホを見て、絶句した。
「……いたぞ……! この部屋の、中に……!!」
護衛官たちがドアを蹴破ってなだれ込む。
だが、そこにはもう、飲み干されたコーラの缶と、綺麗に磨き上げられたデスクが残されているだけだった。
窓の外、ワシントンの雑踏の中。
佐藤はアナと並んで歩いていた。
「お疲れ様、おじさん。これでフォロワー300万人ね」
「いやぁ、緊張して少し手が震えちゃいましたよ」
佐藤はスマホをポケットにしまい、空を見上げた。
どこへ行っても、誰にも気づかれない。けれど、世界中の誰もが自分の「影」を見ている。
承認欲求という名の冒険は、終わらない。
【無敵の隠密おじさん 完】
最後までお読みいただきありがとうございます。
おっさんの承認欲求を満たすだけの謎小説でした。書いてる自分でも何で書いたかわかりません。
ノリと勢いで書いて、とりあえず完走できたことに安堵してます。
ここまで読んでくれた、あなた。きっと良いひとでしょ。
あなたのこれからの人生が幸せでありますように。




