33話✴︎おわった
潮風が静かに吹く。
クラウディアは、水平線を見つめながら小さく息を吐いた。
闇は、光を壊すためにあるんじゃない。
光を、世界に留めるためにある。
その意味を、ようやく理解できた気がした。
隣では、フィンたちも静かに海を見つめていた。
誰もすぐには口を開かない。
深淵で見たものが、まだ胸の奥に残っていた。
やがてセレナが、ふっと肩の力を抜く。
「……終わった、のかしら」
クラウディアは少し考えてから、静かに笑った。
「おそらくね。」
均衡が、世界の流れが、
そして孤独だった何かが変わった。
アレクが後頭部をかきながら、空を見上げる。
「なんつーか…もっとすげぇ戦いになると思ってたわ」
その言葉に、フィンがわずかに目を細めた。
「戦う必要がなかった、ということでしょうね」
「……ああ」
アレクは小さく頷く。
海は穏やかだった。
あれほど不気味だった光は、もう暴走していない。
ただ静かに、海の奥深くで眠っている。
クラウディアは胸元に触れた。
まだ少しだけ、あの光の気配が残っている気がした。
そして同時に、ノクティスの存在も。
離れた気はしなかった。
きっとこれからも、繋がっている。
⸻
宿へ戻ったあと、クラウディアは、静かになった部屋で通信魔導具を起動した。
淡い光が広がり、やがてレオンハルトの姿が映し出される。
「……無事か」
低い声。
それだけなのに、不思議と肩の力が抜ける。
クラウディアは小さく笑った。
「ええ。全部、終わったわ」
レオンハルトは黙って続きを待つ。
クラウディアは、ゆっくりと話した。
深淵で見たもの。
光の女神。
均衡。
そして、ノクティスが自ら残ることを選んだこと。
通信の向こうで、レオンハルトは静かに目を閉じた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そうか」
短い言葉だった。
けれどそこには、安堵も、理解も込められていた。
クラウディアは少し迷ってから言う。
「……寂しくない、って言ったら嘘になるわ」
レオンハルトは、ほんのわずかに口元を緩めた。
「だろうな」
「でも、間違いじゃ無いって思う…不思議と…失ったとも思ってないの」
「なら、それでいい」
静かな返答。
アーリントン家らしい、不器用で真っ直ぐな言葉だった。
レオンハルトは続ける。
「お前は、ちゃんと選んだんだろう」
クラウディアは目を細める。
「……ええ」
「なら胸を張れ。お前はアーリントンそのものだ」
その言葉に、クラウディアは思わず笑ってしまった。
「何それ」
「事実だ」
フィンが後ろで、わずかに視線を逸らしている。
きっと笑いを堪えているのだろう。
最近のフィンはそういうところがある。
通信が静かに揺れる。
レオンハルトは最後に言った。
「帰って来い、報告は直接聞こう」
「はい、父上」
光が、ゆっくり消える。
部屋に静寂が戻った。
けれど今度の静けさは、どこか温かかった。
クラウディアは窓を開ける。
夜の海風が、そっと頬を撫でる。
その瞬間。
遠い海の向こうで、淡い光が一度だけ瞬いた。
まるで、“また会いましょう”とでも言うように。
クラウディアは静かに微笑む。
「ええ。また会いに行くわ」
潮風が、優しく吹き抜けた。




