31話✴︎そして再潜水
通信が切れたあとも、しばらく誰も口を開かなかった。
静寂の中で、クラウディアはゆっくりと目を閉じる。
——深淵で触れた光。
——あの苦しさ。
そして、最後に感じた静かな安堵。
(…待ってる)
そんな気がした。
クラウディアは目を開く。
迷いは、もうなかった。
「もう一度、潜りましょう」
その言葉に、フィンがすぐ頷く。
「はい」
どこか諦め混じりの声音に、クラウディアが少しだけ笑う。
「止めないのね」
「止めても行かれるでしょう」
即答だった。
セレナが肩を竦める。
「まあ、ここまで来て放置したら余計気持ち悪いし」
アレクも苦笑する。
「俺も同感だな」
その時、ノクティスが、クラウディアの足元へ寄ってきた。
小さな身体を擦り寄せるようにして、くるりと影を揺らす。
前回よりも、影の密度が濃い。
フィンがわずかに目を細めた。
「…ノクティスの影が安定しています」
「え?」
「深淵での共鳴の影響でしょう。…ノクティス自身も、あの力に適応し始めている」
ノクティスは誇らしげに鳴いた。
アレクが吹き出す。
「なんか得意げだな、お前」
その空気に、少しだけ緊張が和らぐ。
だが次の瞬間、クラウディアは真剣な表情に戻った。
「今回は、“確かめる”だけじゃない」
全員の視線が集まる。
「もし本当に、均衡が崩れているのなら」
クラウディアは静かに言った。
「整えられるはずよ」
⸻
再び海へ向かう頃には、太陽は高く昇っていた。
昼の海は穏やかで、昨夜の異様さが嘘のように静かだった。
だが、近づくほど、クラウディアには分かる。
——海の奥底にある“揺らぎ”
見えない波のようなものが、ずっと深淵から広がっている。
「……行くわ」
クラウディアが海へ踏み出す。
影が広がったその瞬間ノクティスの影が重なった。
黒い膜のような影域が、前回よりも滑らかに一行を包み込む。
「……安定してる」
セレナが小さく呟く。
フィンも周囲を確認しながら頷いた。
「魔力循環が前回より自然です。深淵側との反発が減っています」
アレクが海中を見回す。
「ってことは、向こうも俺たちを拒絶してないかんじか?」
クラウディアは静かに答えた。
「……たぶん」
そのまま、一行は海へ潜る。
海底遺構までは、もう迷わなかった。
崩れた石柱。
竜紋の床。
そして中央にある、竜の鱗の魔導具。
クラウディアが近づくと、魔導具は自然に淡い光を灯した。
「完全に認識されていますね」
フィンが言う。
クラウディアはそっと魔道具に手を触れる。
低い振動。
海の流れが変わる。
そして再び、深淵への“道”が開いた。
暗いはずなのに、光がある。
静かなはずなのに、何かが脈打っている。
セレナが小さく息を呑んだ。
「……まだ慣れないわね、ここ」
「短時間で済ませましょう」
フィンが周囲を警戒する。
だがクラウディアは、もう迷わず前を見ていた。
その先に、“あれ”がいる。
ノクティスが鳴く。
まるで導くように。
一行は、再び深淵へ足を踏み入れた。




