ふたりのハヤテ その6 旅の終わり
無事、依頼を達成したパーティは帰路に着きます。
旅の終わりまで、もうしばらくお付き合いください。
※今回も昆虫が出てくるので苦手な方はご注意ください。
「……ふぅ」
「行ったな」
「おお、皆さんありがとう。ハヤテちゃんもこうして取り戻せたのよ」
うみが震える声で言いました。犬のハヤテはそらに抱きしめられながら、キュウキュウと鳴き、震えています。
「そら、お嬢様のハンカチを見せてあげるといいと思うの」
うみが優しく語りかけ、そらに保存袋を差し出します。そらは頷いて、保存袋から可愛らしいハンカチを取り出しました。
「ハヤテちゃん、お嬢様のハンカチよ」
ハヤテはハンカチの匂いを嗅ぐと、震えが止まり、大人しくなりました。
「ヤギもできれば連れ帰りたいが、向こう岸か……」
かざみが言います。オキナ以外のメンバーは、まだ飛ぶことができません。ただ、翼は充分に発達しており、それを使うことで、翼を持たない他の霊長よりは高く、遠くまで跳ぶことができます。
「犬とヤギでは体重が違うからな……抱えて跳ぶのはなかなかキツい」
ほむらが向こう岸を透かし見ます。
「そら、俺と一緒にヤギを抱えて跳んでみないか?」
かざみが言いました。
「おお、上手く行くかしら」
うみが不安げにします。
「無理だと判断したらヤギは諦める。だが試してみたい。俺とそらが、この中では恐らく一番力があるだろう」
かざみがキッパリと言います。そして鎧を脱ぎ、荷物も地面に置きました。
「美味しい食事を振る舞ってくれた執事殿とダニエル殿に、恩返しがしたいではないか」
「おお、わかったの。そら、しっかりやるのよ」
「大丈夫よ、お兄ちゃん!」
かざみとそらは勢いをつけ、翼を精一杯使いながら対岸に跳びます。繋がれていた蔓を切り離してやると、ヤギたちは嬉しそうにメエメエと鳴きました。かざみとそらは、何度かヤギを抱えて試したうえで、なんとか二頭を滝壺のこちら側へ抱えてくることができました。
捕まっていた動物たちは救出できましたが、彼らを依頼人の別荘まで連れて行くのは、なかなか困難に思えました。
「森の中を歩かせるだけでも大変そうなのに、この洞窟の中を抜けられるだろうか……」
ハヤテはハンカチの匂いで落ち着きましたが、目に見えて弱っていますし、ヤギたちは座り込んでいます。よく見ると、ヤギたちには全身に噛み傷や引っかき傷がありました。
「可哀想に、血吸い蝙蝠たちの餌にされていたんだろうな……」
ほむらが眉を顰めます。するとうみがキッパリと言いました。
「うみは治癒魔法と毒消しで、ハヤテちゃんとヤギさんたちを治療してあげようと思うの」
「貴重な魔力と毒消しを動物に使おうというのか?」
オキナが驚いたように言います。
「おお、ハヤテちゃんもヤギさんたちも、依頼人の大事な財産よ。蝙蝠さんたちはもういないし、きっと今使ってしまっても、大丈夫だと思うの」
「それがいいね、お兄ちゃん!」
そらが可愛らしい声で同意します。
「俺も賛成だ。ただ、蝙蝠は本当に戻って来ないだろうか? ほむらはどう思う?」
「俺? まあ、おじいちゃんにあんな閃光浴びせられて、懲り懲りしてるとは思うよ。ヤツらの気が変わらないうちに帰れば、大丈夫なんじゃないかな~」
かざみが頷きました。
「うみ、俺たちも賛成だ」
「おお、ありがとう! それでは、聖水でヤギさんたちを洗ってあげようと思うの。身軽なほむらに川の水を汲んで来て欲しいのね。かざみはほむらが流されないように、着いて行ってあげてちょうだい」
「わかった」
「わかった!」
ヤギたちは聖水をかけられると最初は嫌がりましたが、そらが優しく話しかけると、大人しくなりました。傷を良く洗ったヤギにうみが治癒魔法を使うと、ヤギたちの傷は消え、元気になりました。幸い、毒消しは使わずに済んだのです。
一方、犬のハヤテには、外傷はほとんど見当たりませんでした。ただ、そらに抱きしめられながら、キュウキュウと弱々しく鳴いています。
「ハヤテちゃん……もしかしてお腹が空いた?」
「それよ!!」
そらの言葉に、うみは拳を握りました。
「干し肉でも分けてやるか?」
かざみが言います。
「おお、それもいいのね。でも固い干し肉より、バッタの方が食べやすいと思うの」
「それだ!!」
犬のハヤテはきょうだいの持っていた残りのバッタをガツガツと平らげ、とても元気になりました。皆は犬とヤギ二頭を連れて、なんとか洞窟を抜けることができました。
「カァ! カァ!」
洞窟の外に出ると、カラスの声がしました。そらがニコニコして手を振ります。
「カラスさん、ありがとう! お陰でハヤテちゃんを助けられたのよ!」
「カァ! ギャッギャ!」
カラスは飛び立って、深い森の梢の間に消えました。
「さっきと同じカラスかぁ? まぁ、カラスなんてどこにでもいるけどさ」
「おおほむら、同じカラスさんよ。何故だか知らないけれど、そらたちに着いて来ているようなのね」
森の中はあまり足場が良くありませんでしたが、ヤギたちはそういった地形に慣れているのか、段差のあるところも危なげなく着いて来てくれました。ただ、時々気ままに足元の草を食べ始めたりします。すると犬のハヤテが足の止まったヤギたちを吠えたり追い立てたりして、パーティに着いて来させました。五にんはヤギたちの可愛らしさとハヤテの賢さに、すっかり夢中になってしまいました。
日暮れになり、皆は昨晩同様、即席の竈を作って野営することにしました。
「明日は日暮れまでにお館に帰り着きたいものだな」
「おお、そうね!」
今日のスープにはバッタが入っておらず、ほむらやかざみもモリモリと食べることができました。バッタを全て食べてしまったのを残念がるきょうだいの会話を、ほむらとかざみは聞こえないふりをします。そらは犬のハヤテとべったりで、干し肉をやったり、撫でてやったりしています。
食事と後片付けが終わると、うみはベルトポーチから様々な色の革紐を取り出し、選び始めました。
「うみ、なにやってんだ?」
ほむらがその手元を覗き込みます。うみは自分のバンダナから垂れている色とりどりの組紐を摘みました。
「これを作っているのよ。森の皆がつけているお守りよ」
「へぇ!」
「ほむらと、かざみと、オキナさんへ。ほむらは髪が赤いから赤い紐よ。炎の加護があるといいのね」
言いながら新しく緑の紐を選び出します。
「ほむらは素早いし、レンジャーだから風の加護も願っておくのね。物陰に潜むために、闇の加護もあった方がいいかしら。うみは少し、精霊使いのおばあちゃんに習ったの。一本一本の紐の色に、意味があるのよ」
うみの細い指先が慎重に、革紐を編んでいきます。
「赤は『情熱』緑は『友情』紫は『魔除け』……だから、できたら……うみとそらのこと、忘れないで」
その表情は見る者の胸を疼かせるものでした。
その夜のうちに、うみは三本の組紐を編み終え、かざみとほむらとオキナに渡しました。
「かざみ、緑は風の加護を願う色よ。友情や希望も表しているの。青は水、仕事や勉強、美しさにも関わって、かざみにピッタリだと思うの。黒は土、忍耐と思いやりも表しているの」
「ありがとう。これを身につけていると、きっと様々な加護があるだろう」
緑と青と黒が編み込まれた組紐を受け取り、かざみが頷きます。
「ほむらにはさっき言った通り、火の加護と風の加護と闇の加護よ。赤い色には火の加護以外に情熱や勇気、恋愛にも効果があるの。ほむらにはピッタリだと思うの」
「ありがとな、うみ!」
赤と緑と紫が編み込まれた組紐を、ほむらは嬉しげに身につけます。
「オキナさんには光と長寿を願ったの。白は光と命の加護、黄色は雷と黄金と平和。黒は土の加護よ。きっと様々な素材が、オキナさんを助けてくれるの」
オキナは白と黄色と黒の組紐を見て、目を細めました。
「ありがとうな。もう充分生きたが、お前たちと冒険して、久しぶりに愉快な思いをした。長生きするのもいいもんだ」
翌日の夜、依頼人の別荘に帰り着くと、執事とダニエルが驚きと共に出迎えてくれました。
[お嬢様の犬を取り戻してくれたばかりか、なんと、ヤギまでも! 居なくなったのは確かに二頭です!]
[おお、ヤギさんたちは蝙蝠さんに食べられて怪我をしてしまったの。たけどお兄ちゃんが癒しの力で治してくれたのよ!]
そらが胸を張ります。
[なんと、家畜に魔法を使ってくださったのですか! 我々の大切な財産にそこまでしてくださり、本当にありがとうございます!]
執事が深々と頭を下げます。ダニエルは目を潤ませると、黙って家畜小屋にヤギたちを連れて行きました。
[執事殿、森のヌシとも話し合いがつきました。もう彼らが家畜やペットを攫うことはないでしょう]
かざみが言います。
[我々は明日から冒険者ギルドに向かい、お嬢様の犬を送り届ける予定です。つきましては、今晩こちらの別荘に泊めていただければ有難いのですが]
執事は大きく頷きます。
[もちろんですとも! お食事も寝床もご用意しましょう。それから、もしご迷惑でなければ、こちらで馬車を出します。街までダニエルがお送りしますよ]
[執事さん、いいとこあるじゃん!]
ほむらが歓声を上げました。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
『ふたりのハヤテ』は次回で完結ですが、ひなどりたちの冒険はまだまだ続きます。
次回は来週の金曜日に更新予定です! よろしくお願いいたします!




