ふたりのハヤテ その5 カラスの警告
いよいよパーティはラスボスに対峙することになります。クライマックスをどうぞお楽しみください!
また、今回は昆虫が出てこないので、ご安心してお読みください!
結局蝙蝠や危険な魔物の襲来はなく、五にんは無事に朝を迎えました。
「皆さん、遠吠えは聞こえた?」
固まった身体を解しつつ、うみが訊ねます。
「俺は聞こえなかったな」
「俺もだ」
ほむらとかざみが言います。
「俺も聞かなかった」
最後の不寝番だったオキナも、森の梢を見上げて言いました。少し離れたところに立つそらに、うみが歩み寄ります。
「おお、おとと、心配だけどきっと見つかるのよ」
そらがうみを振り返ります。
「……お兄ちゃん、お空から見ればいいのよ」
「おとと、どういうこと?」
「おい、そりゃあオキナおじいちゃんに飛んで欲しいってことか!? 確かにオキナは強いけど、敵に姿を晒すのがどれだけ危険かわからないのか!?」
ほむらが憤然として駆け寄ります。するとそらは不思議そうな顔をしました。
「鳥さんに訊けばいいのよ」
そして梢を見上げます。
「カラスさん、そこのカラスさん、ハヤテちゃんの居場所を教えてちょうだい!」
「アホー! アホー!」
ほむらが目を丸くしました。
「……まさか、あん時のカラスかぁ!?」
「どうした、ほむら」
かざみが訊ねます。
「いや、森に入る前に失礼なカラスがいたじゃん!」
「ああ、俺たちに警告をしてくれたカラスか」
「ギャア、ギャア!」
梢に止まったカラスは得意げです。
「カラスさん、教えて欲しいの。皆さんの噂になっていない? かわいい犬さんが行方不明なの」
そらがカラスに訴えかけます。カラスはしばらく黙っていましたが、ギャッギャと鳴き始めました。カラスが鳴き止むと、そらが頭の上で両手を振りました。
「カラスさん、ありがとう! 気をつけて行くのね!」
「ギャア!」
カラスは飛び立ち、梢の間に姿を消しました。
「おお、おとと、カラスさんはなにを言っていたの?」
うみがそらに訊ねます。
「ハヤテちゃんは籠の中、水がざあざあ言うところ」
そらが歌うように言って、皆は息を呑み、顔を見合わせました。
五にんは腹ごしらえをすると、すぐに川沿いを上流へ向かいました。
「『水がざあざあ言うところ』か……。せせらぎか、滝壺か。どう考えても川に関係あるよな」
ほむらがブツブツ言いながら先頭を行きます。上流に行くにつれて、川はだんだん流れが速くなってきました。
「滝があると俺は考えている」
かざみが言いました。
「おお、かざみの言う通りよ。地図を見ると森の奥は崖で囲まれていて、川が流れ出しているのね。うみもきっと滝があると考えているのよ」
川の流れが速くなるということは、傾斜がキツくなってきているということです。皆はだんだん息が上がってきました。
「お兄ちゃん、登り大丈夫?」
後方ではそらが可愛らしい声でうみを気遣います。
「おお、バッタの後ろ脚……オキナさんのお陰でだいぶ調子がいいの」
「よかったね、お兄ちゃん! おじいちゃんは大丈夫?」
「ああ、お前さんが手を繋いでくれるお陰で俺も調子がいいぞ」
「それはよかったのね!」
ほのぼのとした会話をしながら、五にんは川を遡ります。足元には石や木の根があり、歩きやすい道ではありませんが、森の奥は薄暗くて川縁は涼しく、皆の火照った身体を冷やしてくれました。
そうして歩いて一刻ほど経ったでしょうか。ほむらが立ち止まります。
「どうした」
かざみの声に、ほむらは行く手を指しました。
「洞窟がある……」
「こんなところから川が流れ出していたのか……」
遡ってきた川が大きく曲がり、目の前が開けると、そこには高い崖が切り立っていました。崖には大きな穴がぽっかりと空き、そこからせせらぎが流れ出しています。
「洞窟……危険な魔物がいるかも知れないのね」
うみが緊張した声を出しました。
「でも行くだろ?」
ほむらが言いました。洞窟の奥は暗くて見えませんが、微かにざあざあと音が聞こえてきます。
「水がざあざあ言うところ……」
そらが呟き、うみが囁きました。
「おお、おとと、鳥さんに様子を見て来ては貰えないの?」
そらはぐるりと周囲を見回し、言いました。
「お兄ちゃん、鳥さんがいない。一羽もいないのよ」
皆の背筋にひやりとした感覚が走りました。
洞窟の前で立ち止まり、五にんは話し合いを始めました。
「洞窟に入ったら戦闘になる。そう考えて備えた方がいい」
ほむらが言います。
「うみもそう思うの。昨晩蝙蝠さんたちが襲ってきたけれど、この洞窟に住んでいる可能性は充分にあるのね」
「中は暗いのね……」
そらが洞窟の中を透かし見ながら言います。
「俺が杖で照らす。魔物がいるかどうかはわからんが、まあ、備えて損するこたぁないだろう」
オキナが言います。
「皆さん、これを受け取って」
うみがベルトポーチから、透明な液体の入った小瓶を人数分取り出しました。
「毒消しか?」
ほむらが瓶を木漏れ日に翳します。
「おお、聖水よ。少しは傷を清める力があるの。毒消しは三にん分。もし、もし、うみが……倒れてしまったら、ベルトポーチから毒消しを出して。緑の蓋の瓶よ。怪我の重い順に使えばいいと思うの」
「おい、物騒なこと言うなよ! 皆で無事に帰ろうぜ!」
ほむらが強い調子で言います。
「そんなことにはならない。そらがうみとオキナ殿を守ってくれる。そうだろう?」
かざみが落ち着いた声を出します。
「そうよ、お兄ちゃんもおじいちゃんも、ハヤテちゃんもそらが守るの!」
そらが拳を突き合わせました。
「それよりも、洞窟から川が流れ出ている。中は足場が悪いか、最悪川の中を歩くことになるかも知れないぞ」
かざみが言います。
「おお、その通りね、かざみ。流されないようにしなければならないの」
うみが言いました。
「足場の悪いところで戦闘になると、蝙蝠が圧倒的に有利だよな……」
ほむらは渋い顔です。
「やっぱり俺が偵察に行く方が良くない?」
かざみが首を振りました。
「ダメだ。蝙蝠に集団で襲いかかられたら、ひとりでは勝ち目はないぞ」
「おお、そうよかざみ。ほむらだけだと危険すぎると、うみも思うの」
話し合いの結果、五にんは全員で洞窟に入ることになりました。洞窟の中はひんやりとして、真ん中には川が流れています。天井からは岩のつららが垂れ下がっていました。濡れた地面は滑りやすく、時には冷たい川の中を歩かなくてはなりません。幸い水深は浅く、皆は声をかけ合いながら慎重に進みました。
オキナの杖が照らす洞窟には、岩のつららの影が踊ります。ただ、蝙蝠の姿は見えませんでした。そして進めば進むほど、ざあざあという水音が大きくなってきます。やがて洞窟は大きく曲がりました。
「光が見える!」
ほむらが極力抑えた声で言いました。
「おお、出口かしら!?」
うみの声にも興奮が隠しきれません。ざあざあという水音はますます大きくなり、そして五にんは開けた場所に出ました。
そこは滝壺でした。空が見えます。見上げるような崖から水が落ちていて、滝壺の水は渦巻き、溢れて洞窟の中に流れ込んでいます。皆は息を呑みました。対岸の滝の傍には大きな樹があり、霊長の背丈にも迫るほど巨大な蝙蝠がぶら下がっていました。そして周囲の樹や岩に、蝙蝠たちが鈴なりにぶら下がっています。それらは昨夜襲ってきた蝙蝠たちに違いありませんでした。
そしてなによりも異様なものは、とても大きな籠でした。鳥籠のような形の籠の中には、白地に黒い斑の犬が座り込んでいます。
「ハヤテちゃん!」
「おとと──っ!!!」
うみの絶叫はそらを止めることはできませんでした。そらは高い跳躍力と翼の力を借りて、一っ跳びで滝壺を超え、大きな籠に取りつきます。
[コロセ]
異様に低い声が響きました。うみが絶望しかけると、オキナの力強い声が響きました。
「小僧共、目を閉じろ!」
瞬間、その場に眩い光が満ちました。飛び立とうとしていた蝙蝠たちは、バタバタと枝や岩場から落ちます。
「ハヤテちゃん!」
そらは革手袋を嵌めた手で、茨でできた籠の隙間を、なんとか拡げようとしました。
「怪我するぞ。俺に任せろ!」
すると、傍にひょっこりとほむらが現れました。騒ぎに紛れて滝壺を跳び越えていたのです。ほむらは迷わず短剣を抜くと、素晴らしい切れ味の刃で蔓を断ち切ります。
「ハヤテちゃん!」
半分崩れた籠から、そらは今度こそぐったりとした犬を救い出し、翼の助けを借りて滝壺を跳び越して戻りました。ほむらも抜け目なく対岸に戻ります。
「おお、おとと!」
うみが涙声を出します。
「油断するな! 蝙蝠が来るぞ!」
かざみが凜とした声を張り上げます。
[ムリだな。ミナメをマワしておる]
すると再び、低い声が響きました。
「あの大きな蝙蝠さんが話してるの……?」
うみが囁くように言いました。
「そうよ、お兄ちゃん」
[ハヤテヨ]
大蝙蝠が言いました。
[キサマはクらしがヨくなる、そうイったな。だがどうだ。サクヤはこのシンリャクシャドモに、ナカマをイクニンもオとされた]
[ヌシ様……]
[ワシはモリをマモるモノ、ハヤテはもともとイブンシだ。デてユくのなら、ワシはトめはしない]
[ハヤテは俺だ!]
苛立った声がします。パーティはヌシ様と話している声の主を、ようやく認識しました。カラスほどの大きさの灰色の鳥が、籠の残骸の上でイライラと歩き回っています。
[おお、ヌシ様! バッタや蝙蝠さんをうみたちに差し向けたのは、ヌシ様だったの?]
うみが勇気を出して巨大な蝙蝠に話しかけました。
[バッタ? なんのことだ]
[おお、それは違うのね……]
うみの隣でオキナが笑いを堪えています。
[それにしても、ヌシ様の言葉なら、うみにも少し理解できるのね]
[お兄ちゃん、ヌシ様は共通語喋ってるよ!]
[そ、そう……]
うみは頬を赤くします。
[お兄ちゃん、ヤギさんもいるの。怪我をしているみたい]
皆が対岸を見ると、確かにヤギが二頭、樹に繋がれていました。弱っているのか、座り込んでいます。
[あれは館から攫われたというヤギだろうな]
かざみが言いました。
[おお、ヌシ様、ハヤテちゃんとヤギさんたちを攫ったのはヌシ様だったの?]
[まぁな]
ヌシ様が低い声で言います。その声はどこか投げやりでした。
[そうだとも! 俺がヌシ様に進言した!]
灰色の鳥が声を張り上げました。
[犬めを籠に入れて餌をやり、飼ってやったんだ!]
うみはキュッと唇を噛みました。犬を抱きしめたまま、そらが言いました。
[鳥さんのお名前もハヤテちゃんなの?]
[……そうだ]
灰色の鳥は忌々しそうに言いました。
[そらね、犬のハヤテちゃんがどうして鳥によくあるお名前なのか、気になってたの。ね、そらたちも鳥よ?]
鳥のハヤテは沈黙します。
[鳥のハヤテちゃんにお名前をつけてくれたのも、ガルシア男爵のお嬢様だったんじゃないかって、そらは思っているのよ]
ほむらが息を呑みました。
[じゃあ、依頼人の娘はあの鳥を飼っていて、その後に犬に同じ名前をつけたってことか……!?]
[ダニエル殿も、お嬢様が以前鳥を飼っていたと話していたな]
[うるさい! うるさい!! うるさい!!!]
灰色の鳥は、喚き立てるとその場から飛び去ってしまいました。
[ヌシ様、良いのですか?]
かざみが訊ねます。
[カマわん、ワシはモリをマモるモノ、あれはもはやモリのエキにはならん]
[それでは、あのヤギも引き取ってよろしいでしょうか]
[ヨいヨい、これをカうのもなかなかメンドウでな]
そしてヌシ様は低く言いました。
[ミナ、ヒきアげるぞ。これイジョウナカマをオとされてはカナわんからな]
そして大きな翼をごうっとはためかせ、その場から飛び立ちました。そこらにいた蝙蝠たちも、若干フラフラしながら飛び立って行きました。
イラストの立川エコさん、デザインの鳴滝さん、いつもありがとうございます!
次回更新は来週の金曜日になります。




