第八話 交渉
機械人形の執事が銀色のワゴンに料理を乗せて静かに姿を現した。盆の上に並んだそれは、何やら表面がでこぼこした石のようなものにしか見えなかった。彼はナイフを取り出すと、慣れた手つきでその石の隙間に刃を滑り込ませ手首をひねった。鈍い音がして石がまっぷたつに割れると、中から粘液をまとったブヨブヨした白っぽい身が現れ、それは水分を多く含み明かりを反射してぬらぬらと不気味に輝いていた。
「本日のアミューズは生の岩牡蠣でございます。こちらの熟成された無濾過の白ワインと一緒にお召し上がりください」
殻ごと皿に乗せられた不気味な岩牡蠣がマレリオの前に置かれた。グラスに注がれた白ワインに目を移すと、その白く濁った液体はドロリとした澱が漂っていて、とてもではないが食指が動かなかった。
どちらも共和国の定める衛生基準を満たしているようには到底見えなかった。特に生の食材をそのまま食すなど、致命的なバイオハザードを引き起こしかねない。
マレリオが戸惑いつつレディ・マーリャに視線を移すと、岩牡蠣と白ワインには目もくれずにグラスに注がれた赤い液体を満足そうに見つめ、優雅に口をつけていた。
「共和国といいましたね、あなたの国は。どのようなところなのでしょう?」
呆気に取られているマレリオを尻目に、風味を十分に堪能してからレディ・マーリャは問いかけた。マレリオはその問いに対してどの程度答えてよいものか思案した。
執事のカッシングはともかく、レディ・マーリャは一般的な共和国人と同じ由来の人類に見えた。もちろんその幻想的な美しさは別としてだが。
共和国の定める『異文化遭遇プロトコル』では、異文化との遭遇時に中央機関への報告を義務付けている。
今回のケースでは報告の機会も与えられずにここまで来てしまったが、友好か敵対か不明な相手に対して不用意に情報を漏らすのは、当局に国家反逆罪と捉えられかねない。善良な市民を自認するマレリオとしては、そのような事態にだけは陥りたくなかった。
そこでマレリオはこの状況を盾に、この会談をキャンセルできないかと考えた。彼女の相手は星間航路局の役人に押し付けてしまえばいい。
「伯爵夫人。先ほどのご紹介では帝国のお方と伺いましたが、私の記憶が確かならば、我々共和国は貴国とは国交を結んでおりません。おそらくまだ遭遇もしていないのではないでしょうか。そのような情報を商人たちは決して見逃すことはありませんが、噂一つ聞いたことがありません」
マレリオはそこで言葉を切った。喉の渇きを覚え、視線をテーブルの上のグラスに向けたが、その濁った液体に手を伸ばすことは躊躇われた。
「そのような状況下で自国の情報を開示することは重大な法律違反になりかねません。正直に申し上げますと私はそこまで熱心な愛国者ではありませんが、罰せられるとなると話は変わってきます」
そこまで聞いて、レディ・マーリャはグラスを持ったまま暫し目を伏せ考え込む仕草を見せた。再び瞼を開いたとき、その銀色の瞳には妖艶な笑みが浮かんでいた。
「なるほど、貴方の状況はある程度理解ができました。貴方自身にはあまり時間の余裕がなく、且つここでの出来事は処罰の対象になりかねないということですね」
レディ・マーリャの言葉にマレリオは交渉がよい方向に進んでいる感触を得て内心にんまりとした。
「では、緊急避難ということではいかがかしら。接触時、貴方の船は原因不明の深刻な通信障害に見舞われ、本国に報告することができなかった。そして通信が回復しないまま、やむなく会合が始まってしまった。これなら罪に問われることはありませんわ。そうでしょう?」
「そういうことではなく。今からでも本国に報告させていただければ……」
「それで? 使節が到着するまでの数週間は、貴方がわたくしをエスコートしていただけるのかしら、まさかわたくしをこの何もない宙域に、放置するようなことはなさらないでしょう?」
「……」
「お急ぎではないのかしら」と止めの言葉にマレリオはついには黙り込んでしまった。圧倒的なまでの力の差、そして彼女の傲慢さを目の当たりにしてマレリオの選択肢は瞬く間にその数を減らしていった。




