第七話 時は金なり
東屋の中には幾つもの燭台が置かれており、その蠟燭の灯りが複雑な陰影を落としていた。そよ風が流れるように光の揺らぎを生み、丘の下から聞こえてくる小川のせせらぎと虫の声が、マレリオの心に余裕のないさざ波を絶えず引き起こしていた。
『帝国』『ワラキアの夜の王』『夜の種族』『いばらの君』聞きなれないキーワードを脳裏に収めつつマレリオは慎重に言葉を選ぶことにした。
「私はマレリオ・セブラン。共和国第75通商組合に所属するセブラン商会の代表を務めております。本日はお招きいただき大変光栄に思っております」
結局、マレリオはカッシングにしたものと同じ口上を繰り返した。そして共和国における誠意の証として胸に掌を当て、言葉を続けた。
「先ほど執事殿にも申し上げましたが、私は重要な商談を控えておりまして、急ぎ第2惑星タラッサまで向かわなければなりません。折角のご招待ですが、このまま出立することをお許しいただけないでしょうか」
それに対してレディ・マーリャは美しい唇に笑みを浮かべながら、穏やかに言った。
「商人マレリオ・セブラン。そのような重要な時に、わたくしのわがままのためにここまで足を運んでくれた事に感謝します。わたくし、長い長い旅の途中でほとほと退屈しておりましたの。今宵は様々な話を聞かせて、無聊を慰めてくれるものと楽しみにしております。さあ、お座りになって」
その声は甘く蕩けるようにマレリオの耳朶をくすぐり、マレリオは肩にかかる緊張がすぅっと抜けていくのを感じた。そして彼はあとどれくらいこの時間に費やすだけの余裕を持ち合わせているのだろうかと、計算を始めていた。
「そうはおっしゃりますが、『時は金なり』とも申します」
「お座りなさい。マレリオ・セブラン」
はっと我に返り反論しかけたマレリオに対して、変わらぬ口調で繰り返されたレディ・マーリャの言葉は固く結ばれた彼の意志を容易く解いていった。
銀色の大きな瞳から発せられるその視線からマレリオは目が離せなくなり、視神経を通して彼の緊張した筋肉を弛緩させていた。気が付けば彼は席についていた。
改めてマレリオはレディ・マーリャの姿を観察した。静脈がはっきりと見えるほどに透明なその肌は、きめが細かく滑らかで病的までに白く、まるで絹布で磨き上げた大理石の像のようだ。そんな肌を包む深紅のドレスは大胆にも肩から胸元まで大きく開いており、その細く華奢な首筋から対照的に豊かな実りを持つ胸元までを躊躇いなく外気にさらしていた。装飾品はほとんど身に着けてはおらず、左手の中指に大粒の赤い宝石をあしらった指輪を着けたのみだった。艶やかな黒髪は無造作に背後に流されており、揺らめく蠟燭の光に絶えず光の流れを返していた。特に印象的なのはその青みがかった大きな銀色の瞳だ。意志の強さを湛えた濃い眉毛と相まって、彼女の自尊心の強さ、あるいは気の強さをよく物語っていた。
すっと通った鼻梁の下の紅を差した厚みのある唇が弧を描き、目尻を下げて微笑む姿はマレリオの理性を飛び越え、男としての本能に強く訴えかけていた。




