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第四話 巨象と赤子

 短いアラームが鳴り、船載AIによる船の損傷評価がモニターに表示された。その無機質な電子音でマレリオは我に返った。素早くレポートに目を走らせ航行に支障をきたす致命的な損傷がないことを確認すると、彼は安堵の息を吐きつつ衝撃により緊急停止した主動力炉の再起動シークエンスを実行した。

 数分後、主動力炉が再起動し、予備電源からの復帰を果たした。重力発生装置の低い唸りが響き、マレリオの身体に心地よい重みが戻る。同時に空調のファンも回りはじめ、脂汗をかいた彼の身体を冷やしはじめた。

 シートに身を沈め、動悸が収まるとマレリオはすぐさま行動に移した。姿勢制御を起動すると船の舳先(へさき)を『城』とは反対側に向けメインスラスターのスロットルを限界まで押し込んだ。

 どうして進行方向にこんな巨大な構造物が突然現れたとか、それが何者かとか、正面から衝突してなぜ無事だったかとかは、この際どうでもいいことだった。

 必要なことは可能な限りこの場から距離を取ることであり、安全圏(それがどのあたりに存在するか解らなかったが)まで脱することが最優先事項だった。

 融合炉が低い咆哮をあげ船体フレームを小刻みに震えさせた。プラズマ化された推進剤がメインノズルから吹き出し、ツァリーナ・キャザリン号は主人であるマレリオをシートに縫い付け押し潰すほどの加速をする、はずだった。

 しかしいつまでたってもその衝撃は訪れない。ただメインノズルの唸り声が船体フレームを通してマレリオの身体を小刻みに震わすのみだった。

 それどころか『城』との相対距離が徐々に縮まっている。マレリオは計器に目を移して愕然とした。

 マレリオは当初『城』からの牽引ビームによる拘束を疑った。だが宇宙船のフルスロットルを繋ぎ止め、且つ引き寄せるほどの出力を持つそれを彼は未だ知らなかった。強力な重力波も検知されていない。事態はマレリオの理解を超えていた。

 だが現実に、ツァリーナ・キャザリン号のメインノズルは今も最大の噴射を続けており、それにもかかわらず『城』に向かってゆっくり後退しているのであった。それはさながら巨象と赤子の綱引きのようだった。

 マレリオはメインノズルのスロットルを引き戻すと推進剤の噴射を止めた。このまま無理を続けると船体フレームが致命的に歪んでしまう可能性が高かったし、加熱したメインノズルが誘爆する恐れもあった。そして何よりもこれ以上推進剤を無駄に使う理由が彼には微塵(みじん)も存在しなかった。

 ツァリーナ・キャザリン号が無駄な抵抗をやめたためか、『城』は牽引の速度を速めていった。あと数分もすれば『城』と接触することになるだろう。

 マレリオはメインモニターに『城』の拡大映像を呼び出した。見れば見るほど異様な形をしていた。計測の結果、シャフトの全長は24キロメートル余り、リングの直径もほぼ同じだった。シャフト間は数本のトラスでお互いに固定されており、更に太いアームが外側に伸びてリングと接合されている。彼は計測結果から目前の『城』があの謎の構造体であると断定した。

 これほど巨大な構造物があれほどの高機動を行ってなお自壊しない理由を、マレリオは考えてみたが納得のいく答えを見出すことができなかった。

 共和国の宇宙船はどれも基本構造が似通ったものになっている。ツァリーナ・キャザリン号を例に挙げると、船の先頭に現在マレリオがいる操縦ブロックがあり、その後ろには乗組員が睡眠や休憩をとる為の居住区画や食堂群のブロック、そして貨物を保管するための格納庫ブロック、反応炉、推進剤のタンク、そしてメインノズルが設置されている機関ブロックが配置され、それが中央の細いチューブで数珠つなぎに連結されているのである。軍艦や客船も規模やブロックの内容に違いはあるものの、基本的には似た構成になる。

 明らかにモニターに映る『城』はこれらのセオリーに当てはまるものではなかった。ではこの『城』とは何者だろうか。共和国が発展する過程で枝分かれした人類の末裔だろうか。はたまた異星文明だろうか。

 マレリオは船内ライブラリから『異文化遭遇プロトコル』を呼び出した。そして長々と続く文章に顔をしかめて、左手のブレスレット型の携帯端末にファイルを保存すると忌々し気に画面を消してしまった。

 そのようなことをしている間にもツァリーナ・キャザリン号は『城』に接近していた。モニターは既に全体像を映すことができなくなっており、継ぎ目のほとんど見えない白い壁が大写しになるばかりだった。

 不意にその白い壁にまっすぐな黒い線が現れ、それは音もなく左右に拡がって行った。どうやらそこはドッキングベイへの出入口のようだった。ツァリーナ・キャザリン号はその巨大な四角い穴に吸い込まれていった。


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― 新着の感想 ―
脱出を試みるも圧倒的な力の差で引き戻されていく緊迫感に圧倒されます。 絶望的な状況と、無駄な抵抗をやめて冷静に対処しようとするマレリオの書き方も素晴らしいですね! 次回も楽しみです!
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