第二話 急変針
光学センサーで捉えるにはまだ距離がありすぎたため、マレリオには断片的な情報からその正体を推測するしかなかった。
小惑星や廃棄されたコロニーの残骸なら航路情報に必ず記載されるはずである。もし記載漏れであるとしたら、それは星系航路局の重大な怠慢であり、これにより軌道変更を余儀なくされるマレリオは航路局に賠償請求することができるだろう。
しかしそんなことはまずありえないだろう。航路局がこんな巨大な障害物を見逃すような致命的なへまをするはずがなかった。マレリオはそう結論付けた。
と、なると他の可能性が浮かび上がる。複数の艦船が密集隊形で航行しており、長距離スキャナーがそれらを巨大な構造物として誤認している場合だ。
だが、正規の船舶なら当然発信しているはずのトランスポンダーの反応がまったく見られない。あるいは宇宙海賊だろうか? だが、奴らならもう少し上手く隠れるはずだが……。
様々な可能性がマレリオの脳裏に浮かんだが、どれも結論には至らなかった。数十秒の思索の末、マレリオは安全策をとることにした。船載AIにこの構造体を迂回するルートの計算をさせたのである。
計算結果はすぐに表示された。10時間程のロスが発生することになるがマレリオはそれを受け入れることにした。
単純な引き算だった。時間的余裕はさほどないが、まったく存在しないわけではない。この船の積み荷である『医療バルク』は過酷な環境であるタラッサでは喉から手が出るほど欲しい品で、タラッサを実質的に支配するマフィアも決して金払いが悪くはないと聞く。
無理をして自身の死や宇宙船の喪失といった最悪の結果に陥るよりは遥かにましだと考えたのだ。
もし前方の障害物が宇宙海賊の待ち伏せだとしても、距離の空いている今ならまだ逃げ切れる公算が大きい。ましてやこれから突入する危険なスイングバイ軌道にまで深追いをかけてくるようなもの好きではないだろう、とマレリオは結論付けた。
方針が決まれば彼の動きは素早かった。シートに身を沈め固定すると、宇宙船に加速の指示を出し、新しいルートに滑り込ませるように舵を切った。
結果はすぐに表れた。ツァリーナ・キャザリン号が進路変更を終えてきっかり30分後に構造体が加速を開始したのだ。その加速は驚くほど速く、まるで質量を感じさせないほどの軽快さだった。少なくともこいつは小惑星や巨大なデブリではない。アドレナリンの上昇を感じながら、マレリオは確信した。
構造体は加速しつつツァリーナ・キャザリン号の進路に割り込む軌道を取りつつあった。密集した宇宙海賊の船団ならここで散開してツァリーナ・キャザリン号を包囲する陣形を組むように動くのだが、一向にその様子は見られない。
マレリオはそこに不審を抱いたが、彼の作戦に変更はなかった。構造体の加速が最大となるタイミングを見計らい、再度、しかも更に大きな変針を行ったのだ。
急速な軌道変更と加速はツァリーナ・キャザリン号の慣性制御機構の能力を超え、マレリオの体をシートに押し付けた。異常を感知したシートが自動的にエアバッグを展開しマレリオの身体を固定しようとする。中古の宇宙船はフレームを軋ませながら錐揉みするように進路を変えていった。
やがてツァリーナ・キャザリン号はもといたコースに立ち戻り、相手の構造体は慣性に流されて大きく進路をそれていった。巨大な全長と質量は更なる進路変更を許さないだろう。無理な機動を行えば慣性によりその巨体は自壊してしまう。
モニターでそれを確認したマレリオはコックピットに鳴り響く警報を1つ1つ切っていくと、大きくため息を吐いた。
「これであちらさんが追いかけてこようが、追いつく頃にはスイングバイでバイバイだ」
作戦がうまくいったことに気をよくしたマレリオは、誰もいないコックピットで声をあげて笑いだした。
それは予兆もなく起こった。重力異常を告げる警報が鳴り響き、次の瞬間に前面ビューポートが赤や緑の光の流れに包まれる。
同時に慣性制御を通り越して強い衝撃が船体を激しく揺らした。目を見開き、口から意味をなさない叫び声が漏れ出すのを抑えられない中、閉じたばかりのエアバッグが再び、しかも瞬時にマレリオの身体を固定し、ヘッドレストが頭を覆うように変形した。エアバッグの中に衝撃吸収ジェルが注入されシートはマレリオの身体を包む繭のように変形していった。




