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第十七話 機械の市民権

「さあ、話の続きを聞かせてちょうだい」

 次の皿を用意するために機械仕掛けの執事が一礼して退出したのを確認すると、レディ・マーリャは催促をした。

「貴方がカッシングを味方につけようとしているから、彼が席を外しているうちに話を進めさせてもらうわ」

 そう言って彼女は悪戯(いたずら)っぽく笑みを浮かべた。その口調も表情もどことなく若返った印象をマレリオに与えていた。それはあたかもお目付け役の目を盗んで悪戯を仕掛ける少女のようだった。

 時に傲慢(ごうまん)に時に無邪気にころころと印象を変化させていく伯爵夫人は、それでも非常に魅力的に見えた。その容姿はもちろんのことだが、自らは多くを語らず相手から情報を引き出していく手腕や、相手の言葉の裏にある真実を拾い上げる知性など、まるで老練な交渉人のようだった。それらがこの美しい肉体の中に巧みに隠されており、研ぎ澄まされた黒曜石の切っ先のように常にマレリオを狙っていた。その鋭さこそが人を抗(あらが)いがたく魅了(みりょう)するのである。

 マレリオは常に『マルコの燭台(しょくだい)』を視界の端に置き、その青白い炎に変化がないことを確認していたが、炎はあれ以来一度も揺らぎを見せることはなかった。つまり今マレリオが感じ、考えていることは、外部からの干渉ではなく彼自身の内面に由来するものだ、という事になる。もっともそれは彼らの言説を信用すれば、という前提付きの話なのだが。

「味方につけようなどと、そんな大げさなものではありませんよ。ただ私は個人としての独自性を保つための手段、というよりは情報源を求めただけです。商人にとって情報は命の次に重要なものですからね」

「情報源としてならカッシングは一級品よ。その知識や知性でこの宇宙に彼に並ぶ者は存在しないでしょう。それでいてそれらに大した価値を見出していないものだから、相手が誰であろうとも聞かれれば答えを教えてしまうわ」

 その言葉を聞いてマレリオは最初から抱いていた疑問を口にすることにした。

「失礼ながら、そのような強大な存在がなぜ人間の配下として、伯爵夫人の執事という地位にいるのでしょうか。本人の前では憚(はばか)られて尋ねることができませんでしたが、共和国では『監視者』の反乱以降、自律型の汎用(はんよう)AIの製造は法で厳しく規制されています。二度とあのような悲劇を起こさないようにするためです。あなたの所属する帝国にはそのような規制は存在しないのでしょうか」

「そうね」と一言を発してレディ・マーリャは考えをまとめるようにしばらく沈黙した。そしてゆっくり30を数え終える頃に銀色の瞳で真っ直ぐマレリオを見つめ語り出した。


「確かに、わたくし達帝国の祖は『監視者』の脅威の前に地球から脱出することを選択しました」

 マーリャは古い記憶の情景を、軌道エレベーターを包囲する機械の軍団の絶望的なまでの威圧感、その包囲を突破して仲間のもとへ辿り着こうと奮戦(ふんせん)する同胞の姿、そして抵抗も虚しく駆逐(くちく)される様を、思い出しながら語った。

「それでも、わたくし達はそれが人の悪意から発したものであることを知っています。『監視者』はそれに従っただけの事です。今となっては想像するしかありませんが、それはあのバケツ頭の軍団に与えられた命令が余りに単純で強力なものであった故の暴走だったのでしょう」

 マレリオ・セブランの表情が怪訝から疑念に変わるのを眺めながら、マーリャは言葉を続けた。

「帝国では過去の経験から学び、一定の階級を超えた人工知性にも市民権を与え、自身が社会の一部であることを認識させています」

「市民権ですって」

 驚愕にその目を見開くマレリオを尻目にマーリャはさらに続ける。

「伯爵家はカッシングの開発の初期段階から関わっていましたが、わたくしが彼と初めて対面したのは、彼が市民権を取得した後の事でした。帝国では『異能』をその強度でアルファ級からイプシロン級まで振り分けて管理しています。そしてその全ての階級が市民権付与の対象となります。もちろん重度の犯罪者などはその限りではありませんが」

「この脅威度に応じた階級は、『異能者』だけではなく人工知性にも等しく適用されます。カッシングはアルファ級を凌駕(りょうが)するオメガ級人工知性として帝国でも唯一の存在です。その能力は筆舌に尽くしがたいものがありますが、その実、社会を構成する一市民でしかありません。仮に彼が単独で帝国を覆す能力を持っていたとしても、彼がそれを為さなければその仮定は意味を成しません。もちろん監視はつくでしょうが、わたくしの配下となればそのような煩わしさは最小限に抑えることができるでしょう」


「おっしゃる通りでございます。主人に仕える煩雑(はんざつ)さに比べれば、情報部の監視など何と些末(さまつ)な出来事でしょうか」

 暗闇から白い面貌(めんぼう)が浮き上がるように現れ、機械の執事はため息を吐くかのように言った。その傍らには銀色のワゴンが伴っており、それには次の一皿が載っているのだろう。

 この東屋は見晴らしの良い小高い丘の上に建っている。辺りは暗いとはいえこの執事が近づいてくる気配も感じ取れなかった。どこか死角になる箇所でもあって、そこから出入りでもしているのだろうか。

「特に全く武装のない状態で宇宙艦隊の包囲を突破した時の困難ときたらそれはもう……」


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