第十三話 商機
一度『綻び』を見せてしまったマレリオは、この美しい捕食者にどう対処すべきだろうか。事実すべてを打ち明けてしまうのは商人としても情けない限りである。この女主人は商談相手ではないが、商人たるもの相手に舐められてしまってはならない。評判は回りまわっていつか自分のもとに返ってくるものだ。そうマレリオに商売を教えてくれた先輩商人はかつて語っていたものだ。
「鋭いご指摘です。思わず言葉を失ってしまいました」
マレリオは意を決してレディ・マーリャの視線を真っ向から受け止めた。その視線の重力に彼の魂と自尊心は引き寄せられていった。
「商売は常に安定しているものばかりではありません。いえ、そうであるのが一番良いのですが、時に思惑が外れてリカバリーに走らなければならないこともあるものです」
マレリオは言葉を選び、急速に論理を組み立てていった。重力に引かれるなら、それを利用してスイングバイを行えばいい。最小限の情報で話の枠組みを固めてしまうのだ。
「ひと月半前のことです。ここオケアノスの隣の星系であるトーチで中央政府に対する反乱が起こりました。この星系は長らく反乱の温床でしたが、ここ百年ほどは平穏を保っていたため、このニュースは全世界で大きく取り上げられました」
カッシングがレディ・マーリャのグラスに濃く赤い液体をゆっくりと注ぐのを眺めながら、マレリオは話を続けた。
「何はともあれ、中央政府は事態を看過するわけにはいきませんでした。討伐艦隊が編成され物資が集められました」
「貴方はその事業に参加したのかしら」
レディ・マーリャが新たに注がれたグラスから、マレリオに視線を戻しながら問いかけた。
「残念ながら、私共のような零細企業には軍隊に伝手がありません。しかしトーチの星系政府から複数の通商組合に物資の調達依頼があったのです。我社は組合から依頼を受けてバイオプリント用の『医療バルク』を集めました。依頼の量を集めるには手持ちの資金では足りなかったので借金までする必要がありましたが」
マレリオはおどけるような仕草をした。レディ・マーリャは彼のそんな表情を見て、呆れたとばかりにその唇をグラスに寄せながら言った。
「いいえ、貴方は欲張ったのでしょう。何だか結末が見えてきたわ」
図星を突かれたマレリオは背筋にびっしりと冷たい汗を感じながら、表面上は苦笑いで取り繕った。
「反乱の鎮圧には少なくとも数ヶ月はかかると予測されていました。」
少なくとも組合の担当者はそう言っていた。マレリオは通話画面に映った陰気な男の顔を忌々しげに思い出した。
「まだ正式発表は行われていませんが、大規模な軍事行動が近く行われることが決定しました。これは正規軍とは別に星系政府からの依頼になります。物資の集積はまだ数パーセントしか達成されていません。これを好機と見て当組合は、他に先を越される前に可能な限りシェアを拡大したいと考えております。そこで現在通信可能な複数の商会に声をかけさせていただきました。」
その担当者はモニター越しに様々な情報を提示していった。ちょうど一仕事を終えたところで、マレリオらセブラン商会の面々は次の寄港地まであと数時間の距離にいた。数週間にわたる航宙でマレリオも乗組員も寄港後の休暇を待ち望んでいたところだった。
そんな時に入った依頼だったので、当初マレリオはこれに乗り気ではなかった。しかし割増された依頼料と付与される信用スコアポイントは非常に魅力的に見えた。
マレリオは部下でもある乗組員達にも意見を求めてみた。五人の乗組員のうち反対したのは航宙士のナヴィだった。
「仕事を終えたばかりで資金に余裕はあるわ。ここ数年は定期的な依頼も受けられるようになって経営も安定している。セブラン商会にはこの軽貨物船一隻しかないのよ。今この仕事を受けたら、来月予定の依頼を断らなくてはならないわ」
ナヴィはマレリオが独立した時に一緒についてきた彼の右腕でもあった。
彼女はウェーブのかかった艶やかな黒髪と滑らかな褐色の肌を持ち、冷静沈着で規律を好む。表情は不愛想だが、その大きくぱっちりとしたダークブラウンの瞳は笑顔を見せると、とても愛嬌があるものだった。
それに戦争に乗じて金儲けをしようとは不謹慎だ。とも彼女は言った。船のナンバー2の意見をマレリオも無下にすることはできなかった。これまでもお調子者のマレリオより慎重なナヴィの言葉の方が乗組員には重く用いられることは少なくなかった。
「そうは言っても今回の報酬は魅力的だよ。コンテナを最大限まで積み込めば四百万クレジットにはなる。一年分の売上が一気に入るんだぜ。クレジットもそうだが得られるスコアポイントも馬鹿にできない。法人ポイントだって大量に入るし、そうなれば皆のスコアだって大幅に上げることができる。なに、ちょっと休暇が先延ばしになるだけじゃないか」
マレリオはそう言って強引に話を進めていった。彼としては今回入るポイントで現在のⅭランクからBランクに上がる糸口がつかめるだけメリットが見込めていた。
「それに今回運ぶのは民生用の『医療バルク』だ。武器や弾薬を運ぶわけじゃない。困窮した民衆を救うための崇高な任務なんだ」
ナヴィは最後にはむっつりと黙り込んでしまった。長い付き合いからマレリオが言い出したら聞かない質であることを彼女はよく知っていた。
こうしてセブラン商会一行は次の寄港地で短い休暇を取ることになった。その期間中マレリオは複数の伝手を辿り大量の『医療バルク』を買い漁った。
同時に燃料や推進剤の補給を手配し、航路計画の策定から提出までを一人で行った。
乗組員の給料や港湾使用料、宇宙船の補給などを行うと、積荷を購入する金額が見積もりより大幅に少なくなってしまった。これでは金額的にもスコア的にも大きな旨味が失われてしまうと考えたマレリオは組合にかけあって追加の資金を調達した。
三日間の短い休暇の後、宇宙港に集った乗組員たちが見たのは出港準備をすべて整え終えた宇宙船の姿と、クレイドルで急速睡眠を終えたばかりのマレリオの姿だった。
「三日で出港準備を整えたなんてずいぶんと無理をしたものね。乗組員も呆れていたのではないかしら」
マーリャは自らの仕事ぶりを美化して語るマレリオを茶化すように言った。
「とんでもない。彼らは満載された積荷を見て腰を抜かさんばかりの驚きようでしたよ。もっともこの程度の仕事は、独立して事業を立ち上げる者ならできて当然のことですとも」
おどけたような口調で自らの仕事ぶりを強調するこの男を見ながらマーリャは脳裏で考えた。これはよくある自分を大きく見せたがる承認欲求の表れなのか、何か都合の悪い事実をごまかそうとしているのか、それともその両方か。
「ずいぶんと頼もしい言葉ね。でも、人の上に立つのであればもう少し慎重にあるべきではなくて」
「もちろんそれが有利に働くか不利になるか慎重に判断するでしょう。しかしチャンスと見れば躊躇する理由はありません」
マレリオの言葉には淀みはなく、時折ジェスチャーを交えるその姿は終始自信に満ちているように見えた。
しかし、その笑顔の裏に、彼の焦りや不安、そして失敗に対する後悔とそれを誰かのせいにしたい欲求とが隠されていることを彼女は見抜いていた。
苦悩は人間の味わいを深めるよいスパイスだと、それまでの経験でマーリャは知っていた。その前ではこのグラスに注がれた美しい液体ですらかすんで見えてしまう。突然、彼女は久しぶりに、この呪いともいえる『血の渇望』を感じていた。そして口元が緩むのを抑えられなくなった。




