茶番裁判
茉莉がちょび髭役人の胸ぐらに掴みかかろうとする。咄嗟に苑が間に入り、不安定な纒足の足でよろけながらそれを止めた。
「たかが小遣い稼ぎのせいで。碧碧は。碧碧は」
茉莉は役人を睨み、呻くように声を出す。
「冷静になって。今、何かして莉莉が捕まったら、碧碧を助けられない」
立ちはだかる苑に阻まれ、茉莉は下唇を噛んだまま、悔しげに鼻で息をする。
「裁判所に行こう」
苑に促され、その侍女を伴って、裁判所へ向かった。しかし。道の途中から人々がごった返して馬車が進まないのである。
纒足の苑は押し合いへし合いの人混みを歩くなど不可能。茉莉だけが裁判所へ向かった。が、茉莉でも進めない。
「通してください」
「うっせーよ。みんな通りたいんだよっ」
「裁判所に行きたいんです。被告人の友達なんです」
「だからなんだ」
茉莉は進みながら、隣で人をかき分けている者に尋ねた。
「どうしてこんなに人がいるんですか? お祭りですか?」
「ああ、ねーさん。李碧って大盟帝国を倒したヤツがを見るんだ」
傍で同じく人をかき分けているもう1人も会話に加わる。
「勢い余って一般人殺っちまったんだと。その裁判だ」
「一般人じゃなくて、強盗だったんですよ」
「なんだって?」
「とにかく。足の臭い、李碧って男を拝みたいぜ」
「あいつがいたから、藩王や金持ちの金が農民に行ったんだろ?」
「やばいぜ。オレらの親方も富裕層だから、李碧にはくたばって欲しいんだと」
「ええーっ。足臭くないし」
「なんだよねーさん、見たところ、金持ちなのに、李碧の味方かよ」
いろいろと茉莉は思うところがあった。軍の情報では、橙巾党は庶民に愛されているはずなのだ。李碧が男と思われていることは、今更なので捨て置いた。
「橙巾党って、帝都では人気ないんですか?」
「まーな。世間知らずだな、ねーさん。オレはちげーけど、帝都なんて金持ちばっか」
「基本、橙巾党にむしり取られる側だぜ」
「帝都には官僚一族がいっぱい住んでるしな」
「はっはっは。やっぱむしり取られる側じゃねーか」
「そーだな。こんな地価が高いとこ住んでるヤツら、金持ちだって」
もっともな話だった。山海関に君臨している呉将軍ですら、地価が高く、帝都の城壁の中には屋敷を持てなかったのである。
「お兄さん方も、橙巾党は嫌いなんですか?」
「別に。オレよりもちょい金持ちから税をむしり取ってくれるならOK。オレもむしり取られるならダメ」
「それそれ」
非常に正直者である。
「でも、こんなに人が集まってるってことは、橙巾党は人気なんですよね?」
「まー、270年続いた大盟帝国を滅ぼしたんだから、そこは、どんなヤツか見たいじゃん」
「言えてる。一応、帝都入ってきたとき、ちらっと見たけどな」
「みんな長旅と戦で、風呂入ってなくて臭かったよな」
軍人の茉莉は、心の中で「戦中に風呂に入れるかっ」と毒づいていた。
「いいんじゃねーの。なんか、汚職でめちゃくちゃ悪いことしてた官僚、早々に失脚させてさ」
「中々やるよな」
そして現れたのは、一段格上の密集地帯。BBA集団である。かき分けようとしようものなら「きゃあ、痴漢!」「セクハラ」と、アラフォー以上のBBAが肉壁を作っているのだ。アラカンまでいるではないか。相当の足腰である。
「あら〜。おねえさん。キレー ♡_♡」
「まあ、麗人。♡_♡」
「老公。♡_♡」(老公とは夫のこと)
群がるBBA達は茉莉のために道を開けた。その整えられた導線に沿って、彼女は迷うことなく特等席へと導かれていく。正面に碧の華奢な背中が見え、その向こう、屋根の下の高座に裁判官が座っている。
隣には、男が1人。治世である。他の橙巾党は肉壁に阻まれたが、若手イケメン枠として、治世だけが肉壁の中へ吸い込まれたのだった。
裁判は始まっている。
裁判官が罪状を読み上げ、「相違ないな?」と碧に尋ねる。
「違います! 告訴状の内容と違います!」
茉莉が叫ぶ。すぐさま役人が茉莉を捕えようと飛んでくる。
「逃げて!」
BBAの1人が茉莉の前にムリヤリでーんと体を押し入れ、役人の邪魔をする。
「こらっ、どきなさい」
「速く、老公」
「老公を私達で守るのよ!」
茉莉はお婆様方&おば様方の集団に守られながら、肉壁の外に送られたのである。
肉壁の向こうでは、裁判が続く。裁判官は「静粛に!」と怒号を飛ばし、その場を制した。再び罪状を読み上げ、碧に確認する。
「相違ないな?」
「違います」
碧が否定するや否や、控えていた役人が処罰の板を振り上げる。
「碧!」
治世が叫び、入り口の柵を飛び越える。
ばしっ
破裂音が響き、重い板が碧の体を打つ。衝撃に碧の体がふわりと傾き、砂利の上へと落ちていく。
「入るな」
「捕えろっ」
血相を変えた役人達が一斉に群がる。その中をかいくぐり、治世は碧の頭が冷たい砂利に打ち付けられる寸前、その体を抱きかかえた。
「碧っ」
役人達は叫ぶ治世を碧から引き剥がす。
「静粛に!」
裁判官が声高に叫ぶ。
「李碧を殺人の罪で銃殺に処す」
碧の体は、頭と足を持って、死体のように建物の中へ運ばれて行く。
役人の手を振り払って治世は碧に駆け寄り手を握った。と、治世の真剣な表情が一変。目を丸くして2度瞬きし、固まった。碧は、治世の手の中で、ピースサインを作り、ちょんちょんと彼の掌をつついたのだ。
実は、事前打合せがあった。こそこそと役人の1人が裁判を控えている碧のところへ来たのである。
『李碧か?』
『はい』
『橙巾党幹部の?』
『はい』
『裁判ではな。罪状を認めるまで板で殴られる』
『……そうなのですね』
『あんたが嵌められたことは分かってる。否定するなら、最初の一撃で気絶したふりをしろ』
『え』
『そしたら、そこで裁判が終わる』
『結果はどうなるんですか?』
『結果はどうあがいたって変わらない。認めるまで板で殴り続けられる。死ぬ一歩手前。その場で死ぬと、役人のせいになるからな。でも、裁判後に死ぬ場合は役人のせいにはならない』
『そうなのですか』
『オレは、人を殴る趣味はない。橙巾党を殴りたくない』
『ありがとうございます』
『いかにも気絶しそうな一撃にするから。それは、すまん。先に謝っておく』
帝都にも、少なからず庶民が住んでいる。富裕層に雇用される者達だ。彼らはまごうことなき庶民。地価が高く、賃貸も高い帝都で、彼らの多くは富裕層の屋敷や大商店に住み込みで働いている。そして、もともと帝都に家がある者がいる。都市計画税も固定資産税も相続税もないので、家を保有し続ける経費は修繕費だけ。富裕層に混じり、庶民も確実に存在していた。
罪人を板で打つの下っ端役人は、橙巾党の政に希望を見出している庶民だったのだ。
こうして碧は、気絶を偽装した。治世に抱き止められたとき、どれだけ「嘘だから」と伝えたかったか。少し心配させてしまったが、最終的には伝えられてよかったと内心ほっとしていた。
被告人がいない裁判所では、翌日行われる銃殺の時刻や場所が告知されていた。
人の波が引いて行く中、治世は背の高い女を探した。裁判官が罪状を読み上げたとき、彼女は「告訴状の内容と違う」と言ったのだ。しかし、治世は彼女を見失ってしまった。
碧の知り合いではないかと思い、治世は役場の牢へ行った。裁判の後、そこへ囚人が戻るのかも分からない状態であったのだが。
碧はまだ戻っていなかった。落胆する治世に役人が告げる。
「心配するな。じきに戻るはずだ」
治世は何気なく尋ねる。
「ここに、背の高い女の人って、李碧の面会に来ますか?」
「ここんとこ毎日」
「李碧の友達ですか?」
「に見える。知らん」
「なんて人か分かりますか?」
「はっ。自分は関寧鉄騎の唐将校だと言う、頭のおかしな大ボラ吹きだ」
山海関の呉将軍について軍議で話し合ったとき、治世は聞いた。呉家の嫁は、関寧鉄騎の紅一点だと。どういう伝で知り合ったかは判断できなかったが、本物なのだろうと彼は推測した。裁判序で堂々と「書状の内容が違う」と声を上げた。女性らしからぬ、合戦の最中でも聞こえるほどの声。
──あの人に会わなきゃ。
治世は、切羽詰まった状況に一筋の曙光を見つけたのだった。




