Sisters in 牢
読んでくださってありがとうございます。
件の役人を「ちょび髭役人」に変更しました。ここまでのエピソードについては、今後変更する予定です。
もっちりとした柔らかな果肉が口の中でじゅわりと甘さを広げる。
「おいしー。さいこー」
碧は房の敷物の上で、幸せそうに柑橘系の砂糖漬けを味わい頬を緩める。
「これ、好きだったよね、碧碧」
苑は竹の器に入った砂糖漬けを抱え、にこにこと目を細めていた。頻繁に牢を訪れる苑には、いつの間にか椅子が用意されるようになった。木製の粗末な椅子であるが、皇族がお忍びで訪れたときすら椅子など出された過去はない。特別のVIP待遇である。
「マジで、話通じないんだよね、役人って」
地面に直に腰を下ろしたままの茉莉は小さく息を吐いた。幼いころ、女子塾で共に学び、帰り道に他愛ないおしゃべりを楽しんだ3人が牢で集う。
茉莉は、役人の取りつく島もない様子に困っていた。
彼らが「唐将校」に一目置いていたのは、6人もの荒くれ者を捕縛した関寧鉄騎の将校だったからである。茉莉はそのとき、関寧鉄騎の号衣を着ていた。背中に「関寧」と真紅の文字が染め抜かれた紺青の号衣は迫力があり、役人達に畏怖の念を抱かせたのだ。
そして今回の帝都。碧を助けるために普段着で役所を訪れた茉莉は、言われた。
『は? 何言ってんの? 唐将校は精悍な顔立ちのイケメンだった。デカ女、図々しくも唐将校の名を語るとは!』
相手にしてもらえなかったのだ。
「あはははは」「うふふふふ」
碧と苑は、男と思われた関寧鉄騎の唐将校を笑う。
「笑い事じゃないって。私が唐将校だって信じてもらえないと、碧碧の裁判に間に合わないんだよ?」
茉莉は、お化粧してなかったら男に見えるのかな、などと付け加える。
「おじい様が戻ってこられたらいいんだけど」
苑は、最も世間から信頼される切り札、元呉将軍を頼りにしている。ただ、帝都に暮らしていた元呉将軍は、血飛沫だらけの居室を改築する間、山海関へ赴いてしまった。足が悪いので馬車での移動。日数を要する。
「山海関まで、行くだけで半月、戻ってくるのに半月かかるんだよ」
はああと茉莉はため息をつく。
「莉莉の子がすっごくかわいいの。ひ孫ちゃん2人に会ったら戻ってこないと思う」
「えーっ。いーな。私も会いたい。莉莉の子」
「めっちゃ元気だよ。いつも走ってる。回遊魚みたい」
しばらく3人で茉莉の息子達の話題に花を咲かせ、柑橘系の砂糖漬けに舌鼓を打ち、やがて現実的な元の話題に戻る。
碧は根本的な問題を指摘した。
「なんかさー。女の証言は聞かないとか犯罪者に言い分はなしとか、とんでもないよね」
が、時代が時代である。他の2人は当然のこととして受け入れている。
「「そんなもんでしょー」」
そして、ちょび髭役人の話になった。
「私ね、汚職で捕まった官僚の屋敷を見に行ったとき、この役所の役人が見物人の中にいたって言ってたでしょ?」
この話は既に碧も茉莉も報告を受けている。
「絶対何かあるって思ってた。ただ見てるだけじゃなくて、もう、すっごい怖い、怒ったような顔で唇を噛みしめて屋敷を睨んでたんだもん。でね、ここへ通うたびにちょっとずつお話してたの」
苑は元妓女。殿方との会話はお手のものだった。高級な客を接待する妓楼では、妓女がスパイじみた役目をすることがしばしばあった。
『椅子まで用意してくださって、ありがとうございます』
『いえ。立っているのも大変でしょうから』
『紳士ですね』
『いえいえいえいえ。そんなそんな』
という会話を重ね、別の日にふと核心に触れる。
『先日、私財を没収されているお屋敷の付近でお見かけしました。お声をかけようと思ったのですが』
『あ、ああ』
『お屋敷にお知り合いが?』
『まあ、なんといいますか、当てが外れたのですよ』
『そういうことって、ありますよね。大きなお屋敷でしたね』
『賄賂や不正でできた砂上の楼閣だったんですな』
『何か、砂の土台の事情をご存知だったのですか?』
『いえ。』
『先日、声をかけなかったのは、とても深刻なお顔をなさっていたからなんです』
苑が僅かに媚態を示すと、ちょび髭役人はころりと本音を漏らす。
『貴方は告訴状に気づいていらっしゃいましたね? とても丹念に調べておいでだった』
『はい。家の者の文字とは違いましたので』
『当然です。私が差し替えました』
ちょび髭役人は流れるように告白した。
『なぜ』
『そう命じられたんです。そのときは、はした金でした。ただ、貴方の友達が何故そんな目に遭うのか、好奇心で調べたんです。そしたら、橙巾党の幹部でした。前から帝都にいる官僚の敵なんですよ。政敵ってやつ』
『まあ……』
『長年の勘といいますか、これは重要な件だと感じていたので、差し替えた、もともとの告訴状を保管してあります。でまあ、それについて尋ねる前に、官僚の屋敷がガサ入れされてたんです』
ちょび髭役人は頑張って自分の目的を隠蔽しようとしていたが、苑には丸見えだった。
要するに彼は、告訴状を差し替えるように依頼した理由を調べ、はした金で請け負うような軽いものではないと分かって、依頼主の官僚に値段交渉(強請りとも言う)をするつもりだったのだ。しかし、官僚が捕まってしまい値段交渉できず、大金が入る当てが外れてしまったのである。
『お見せいただけませんか?』
『とんでもない。そんなことをすれば、私が危ない』
『けれど、元呉将軍が自分の文字ではないと証言すれば、差し替えたことが明るみになります』
ちょび髭役人は汗を拭い、『あれは代筆だ。文字など分からぬ者の言うことなど、都合よく整えるのはよくあることだ』と毒づいた。
つまり、他者が介在するのを公式的に認めているのである。
苑は手段を選ばなかった。
「はした金の倍で差し替えた告訴状を買うって提案してみたの」
「「で?」」
「ダメだった」
碧と茉莉はがくりと項垂れる。
「だよねー。手に入ってたら、もう、見せてくれてるよねー」
と茉莉。
「そんなんバレたら自分が杖刑だもん。人に渡すわけないじゃん」
と碧。
ところで、茉莉はふと小さな疑問を口にした。
「裁判の次の日に刑が執行されるんだね。なんか、想像より早い」
苑も同意する。
「私も知らなかったわ。無銭飲食の人がね、その場で杖刑を受けて、這うようにして家に帰ったって話は聞いたことあるけど」
碧は他人事のように「へー」と話を聞く。
実は、異例のことである。死刑を伴う重罪の場合、通常は数ヶ月を要する。これをすっ飛ばして刑の執行が行われる場合がある。国家を揺るがす重罪人である。大盟帝国時代は、皇帝の逆鱗に触れた者が該当していた。
碧は、拷問を伴う尋問も受けていないのだが、書類上は、既に初審を通過したことになっている。更に、異例の早さで行われる2回目の裁判は、形式的なものであり、翌日の死刑執行は決定事項である。
この3人、そして橙巾党のメンバーは、裁判に詳しくなどないのだ。何が通常なのか、異例なのかすら判別がつかない。
街では、「略奪は死をもって処す」でうっかり無関係の人を処しちゃったので橙巾党が銃殺処分します、という噂が広まっていた。もちろん、3人はこんなことを知る由もない。
ちゅちゅちゅ
「きゃあ」
ネズミが通り過ぎ、苑の侍女が悲鳴を上げる。
茉莉は砂糖漬けを食べながら軽く言う。
「大丈夫。ネズミが生きてるなら」
──ペストより、銃殺の方が苦しまなくていーかも。
碧は思うのだった。
◇
4月28日、茉莉と苑が牢のある役所を訪れ、裁判所に護送される碧を見送った。
碧は、怖がる様子もなく、ただ、空気の新鮮さを満喫すべく、大きく深呼吸を繰り返し、荷車に乗っていった。
「ごほっごほっ」
ちょび髭役人が、苑に目配せしながら調書が閉じられている冊子をさりげなく受付代わりの台の上に置く。
何かあると感じた苑は、その冊子をぱらぱらとめくった。
「莉莉。これ」
「おじい様の字!」
告訴状が元呉将軍の書いたものに戻っていたのだ。
しっかりと、橙色の巾を被った6人と書かれている。
「これ、貸してください!」
茉莉が頼んだが、公的な文書なので持ち出しは不可能だった。裁判はこれからなのだ。
*ピアニスト佐山雅弘氏の曲に、Sister in Law があり、エピソードタイトルをそれにかけてみました。中国には桃園の誓いで知られる義兄弟という言葉があります。義姉妹(sisters)もあるそうです。
ペンネーム summer_afternoon は同じアルバムにある曲名です。




