No.3
帝都の官僚No.3は、議長というポストで孤立を感じていた。
ツートップが一掃された今、トップは自分のはずである。が、誰もが挨拶の後、さりげなく視線を逸らすのである。
──仕方がない。なんといっても皇帝陛下の代わりを務める、議長なのだから。
彼は類稀なるポジティブシンキングな男であった。そして、向上心に溢れていた。
散々世話になった帝都官僚のツートップへの面会に、牢へ足を運ぶことなどない。当然。繋がりがあると疑われては困る。自身の汚職が芋蔓式に暴かれてしまうのだから。
──私の時代が来たということか。俸給も上がるという噂であるし、徐々に汚職は減らしていこう。
広大な屋敷、正妻1人、側室5人、子14人、使用人数多。華やかな生活の維持費は大変なのである。彼の収入の多くは、領地からの小作料である。官僚の税は免除されるという大盟帝国の特権により、税を納めず、ウハウハ。官僚の免税は悪法だった。地域に課せられる税は決まっていたので、官僚の領地以外の農地でそれを賄わねばならなかったのだ。当然、他の者達の税が重くなる。
土地の管理を任せてある正妻によれば、まだまだ新制度の均田免賦について何も通達がないとのこと。
──手が回るわけがない。忙しすぎる。ふっふっふ。
均田免賦が執行されれば、地主と小作人という形はなくなり、小作料が入らない。彼は、手が回らないままであることを静かに願った。
納税は、主に秋、収穫が終わった後である。現在は4月。まだ半年あるので後回しにされているだけだった。
官僚仲間からすれば、No.3が力を失ったことは目に見えていた。次の納税のとき、広大な領地からの小作料は0なのである。旧態依然とした金満政治で命を繋いでいる政治家が金脈を断たれれば、自ずと落ちる。
査察部は、彼が金脈の消えゆく焦りから新たな汚職に手を染め、尻尾を出すところを、手ぐすね引いて待っているのである。
その彼の元に、熱い内容の文が届いた。差出人は裁判待ちの帝都官僚のトップ。内容は『李碧の処刑を橙巾党幹部にやらせ、橙巾党を内部から崩せ』というものだった。
──終わった人だというのに。恨みがましい。
No.3は「はいはい」と文をぞんざいに書斎の机の脇にやる。それを目にした側室が、文を手に取った。
「あら。物流の引き継ぎの話が書いてありましてよ」
さっと、No.3は再び文を手に取る。それは、帝都の官僚トップの不正である。査察部に摘発されていない隠れ金脈がまだまだあったのだ。
「はっはっは。どれだけ手を広げておられたのやら。流石はトップまで上り詰めた手腕。財源の規模も素晴らしい」
「李碧という男は、そんなに重要な方なのですか?」
彼の若い側室が尋ねる。
「まあな。だが男じゃない」
「女性なのですか? あの方が文まで送ってくるなんて。よほど怖い女性なのでしょうね。呂后や則天武后のような方かしら」
「いいや。20歳くらいの小娘だ」
「あら」
「あれがいなければ、今も大盟帝国の傀儡皇帝の時代だったかもしれん」
「楊貴妃みたいにとんでもなく美しいのかしら?」
──女の力を美しさと権力でしか評価しないのだろうな、女というものは。
彼は、政や求心力というものに興味のない若い側室を可愛く思った。
「君の方がずっと美しいよ」
「ぅふ。もう」
──女はこうじゃなきゃな。
No.3は、ふくよかな胸に頬を押し当てる。若くて美しくて白くて吸い付くような肌で胸が大きくて余計なことを言わない。彼にとって最高の女性である。名家の正妻は出世の道具であり、家計を預かる剛腕経営者。4人の側室は最初はたおやかであったが、子が出来ると家庭内で権力抗争を繰り広げた。今はこの、若くて余計なことを言わない側室が彼の癒しとなっている。
「仲間に引導を渡させてやろう。私は義理堅いのだ」
「?」
若い側室は、美しく小首を傾げる。決して「義理堅いのであれば、お世話になった方々の面会のために、牢へ行くべきですよー」などと余計なことは、思っていても口に出さない賢い女性だった。小首を傾げたのは、なんのことか分からなかったのではなく、「なに言ってんだこの人」であった。
No.3は、そこまで上り詰めただけあって、中々の策士だった。
執務室で髭に植物油を丁寧に塗り込みながら、考えを巡らす。
まず、橙巾党幹部に碧を殺させることは不可能である。死刑執行人は決まっている。牢獄や裁判所などに勤務する下級役人の仕事である。
では、碧を殺すと判決を言い渡すことは? これも不可能である。裁判官の専権事項である。
部外者が関与できる唯一のポジションは、死刑執行のときに「始め」と号令をかける瞬間のみ。十分である。橙巾党の誰が行ったとしても、仲間が仲間を死に至らしめたことになる。
──民衆はこーゆーちょい劇的な場面が好きなんだよな。
俗物であるNo.3は一般大衆の心理を的確に把握していた。
大衆を煽る方法も考える。
「略奪は死をもって処す」で処した橙巾党メンバーがうっかり無関係の来客を処しちゃいました事件、をまず大々的に広め、民衆が処刑現場に集まるようにする。そして、仲間の橙巾党メンバーが絞首刑実行の合図を高らかに宣言するのである。広大な宮廷前の広場に多くの民衆が集まるだろうと推測し、No.3はほくそ笑む。
かつて袁将軍が凌遅刑に処されたとき、その肉が売れるという騒ぎになった。久しく大々的な処刑は行われていない。今回の一大エンタメがお祭り騒ぎになることは想像に難くない。
彼は、台の高さはどれくらいがオーディエンスのために最適か、死刑執行の宣言の声は群衆の声にかき消されはしないかなどをシミュレーションする。
と、そこへ、法務大臣代理が訪れた。
「李碧は銃殺を希望しているそうです」
「そうか。うむ」
細かいことを言うのは小物である。No.3は、言葉少なく承諾したが、内心は大騒ぎだった。
え、銃殺? 絞首刑だったら台を宮廷前広場の真ん中に置いて、全方向のオーディエンスに見せつけられるのに。うーん、銃殺って、どこ向かって銃撃つんだっけ? 後ろに城壁があるとこ? いやいやいや。城壁に弾撃ち込んじゃダメでしょ。どっか広い、後ろに人がいない山林。そーすると、見物人が来れないって。山山山。そーだ! 崇和帝が崩御された山があるじゃん。そこでいっか。近いし。みんな来てくれるかなー。あんまりよく見えないよな。
「牢の役人が、死ぬ前の望みを訊いたところ、銃殺を言ったそうです。銃を大量生産した人間に相応しい死に方ではありませんか」
「……」
No.3は、内心を悟られないよう、唇を引き結んだまま、眉間にシワを寄せ、大きく頷きながら息を吐く。
他人の死刑執行などへとも思っていないが、人として尊敬されるためにポーズを取ることも必要なのだった。
「では。失礼します」
法務大臣代理が去った。
「略奪は死をもって処す」で処した橙巾党メンバーがうっかり無関係の来客を処しちゃいました事件は、「略奪は死をもって処す」でうっかり無関係の人を処しちゃったので橙巾党が銃殺処分します、という見せ物として告知することにした。金を渡せば噂を広めるという商売があるのだ。No.3はこれを活用した。
橙巾党が銃殺処分する方向にもっていくのは容易かった。従来では、依頼された者が執り行っていたからだ。これを橙巾党幹部とすればいい。
◇
夜が明けるころ、牛金星は粗末な服を纏い、猫背で杖をついて牢に向かった。イケオジもどきは目立つ。多少肉がついたとはいえ、顔が強く、すれ違う人の記憶に残ってしまう。そのため、牢のある役所から少し離れた場所に馬を繋ぎ、普段の颯爽とした歩様を封印して、杖でとぼとぼと足を進めた。長身がバレぬよう、猫背で。
辿り着いた牢の扉を潜ると、懐かしい鼻を突く悪臭があった。




