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橙色の旗、風の夢〜親友の脚を守ったら、歴史が塗り変わりそうになってます〜  作者: summer_afternoon


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知略対決 牛金星V.S.帝都官僚ツートップ②

 単刀直入な治世(チィシー)に2人の官僚は目を細める。


「「ほう」」


 治世は淡々と言葉を継いだ。


「一国以外、どの国にも王がいます。大きな権限があって、恩赦もできる」

「恩赦ですか?」

「はい。もしも、誰かが王になるとしたら、軽犯罪者が釈放されたり、特定の犯罪者が釈放されたり、しますよね?」

「社会の秩序を保つため、全てとはいかないでしょうが」

「まあ、ある程度は新政の祝賀として、……賜ることができますね」


 官僚は嬉しそうに口の端を歪め、治世の盃に酒を注ぐ。治世は「辱(かたじけな)い」と恭しく返盃する。


「王とは、政を全部仕切るのですか?」


 治世の言葉に、官僚2人はチャンスとばかりに話し出す。


「それは下々の私達官僚の役目でございます。王は、どっしりと玉座に構えていればいいのです」

「左様です」

「では、どんな国にしたいかというのは、王が決めるのではないんですか?」

「それは王が決めることですね。一国の領土はもはや帝国です。王でははく、皇帝でしょう」


 官僚2人が得意げに頷いた瞬間、治世はわずかに表情を引き締め、踏み込んだ。


「教えてください。帝都を攻め落とすかどうかの軍議で、李碧だけが最後まで反対したんです。北の国境があるからと。それはどう解決したらいいと思いますか?」


 官僚のNo.2は、北方民族対策費を懐に収めていた人物である。これ幸いと真剣な顔を仮面のように貼り付け、治世に向かって身を乗り出した。


「頭が下がります。真に国のことを考えていらっしゃるのですね。これは、私の案に過ぎませんが、いっそのこと北方民族を平定してしまえばいいと考えます。今の一国軍なら、できるのではないでしょうか。北方には2つの勢力がございます。関寧鉄騎が守る北東に1つと、そちらと対立している北西に1つ。これまでも莫大な予算をつぎ込んできました。しかし、反乱軍鎮圧にも予算は使われていました。今は一国ができましたので、反乱軍に費やしていた分を北方民族の対策に回しましょう。さすれば、今の一国軍の勢いならば、北東の民族を平定し、一国の領土を広げられます」


 治世は彼の言葉に胡散臭さを感じた。そして、一国が領土拡大を求めていると誤解されていることに違和感を覚えた。


「なるほど。領土が広がり、国境がなくなってしまえば、北方民族の対策を考えなくてもよくなりますね」


 治世は応じるふりをし、心の中で毒づく。


 ──今までもこれからも北方民族対策費を税に上乗せして自分が吸い上げるんかな。


 ──政から橙巾党を追い出したいから、オレらを戦に行かせるって?


 少ないとはいえ戦経験を重ねた治世の考えでは、一国軍は北方民族に勝てない。そして、勝ってもいいことは何もない。


 彼らは基本的に定住しない民族であり、食糧や物資、銀を狙って南下してくるが、深追いは禁物。自分達の庭である大草原をどこまでも散り散りに逃げていく。破壊すべき拠点がない広大な荒野でゲリラ線になる。奇跡的に勝ったとして、一国軍が得られるものは、馬くらいだろう。


 国境がなくなったからといって、定住しない彼らが略奪のために南下する習性は、変わるわけではない。結局、対策費は必要になる。


 北方民族には、弱体化したまま、北の国境の長城の向こうで平和でいてもらうに限るのだ。


 先の山海関で北東の民族が退却したこともあり、官僚は北東の民族を引き合いに出したのだろうが、北西の民族より恐らく軍事力は優っている。ペストが収束して一国側の硝石が渡ったら、北東の民族は、北西の民族も一国も大南国も大張国も支配する可能性がある、と治世は推測する。


「李氏様。李氏様こそ、王に相応しい方です」

「貴方様が王になるべきです」


 治世は、自分がバカにされているとはっきり分かった。神輿は軽い方がいいのだ。


「いえ。自分など。1番の若輩者です」


 すかさず官僚が畳み掛ける。


「国のことを、民のことを考える心に年齢など関係ありません」

「そうです。貴方様が橙巾党の、いえ、一国の行くべき道を示してきたのです」


 そして、官僚の1人はアキレス腱に触れた。


「貴方様が王となり、李碧殿の恩赦を自ら仰せになれば良いのです」


 それぞれの思惑が交差する中、治世は余韻を残した。


「今一度、考えてみます」


 この返事で、碧の絞首刑を引き延ばせると治世は思った。帝都の官僚達が、みすみす交渉材料を損なうことはないと。


「話がまとまりそうですな。よきことよきこと」

「李氏様、今夜は思う存分、お気に入りの美女を可愛がってやってください」

「帰ります」

「「……」」


 2人の官僚は俯き加減で目配せし合う。『やっぱ、BL?』『かも』『軍では多いと聞く』『では、やはり』と視線で会話する様子を察し、治世は一応、言い訳をしつつ丁重に断った。


「仲間が投獄されたり、ペストで隔離されたりしている状況なんです。ご容赦ください」



 ふらふらとした足取りで、治世は武英殿隣にある建物の居室に向かう。武英殿を通り過ぎるとき、夜空を見上げる。雲。


 碧が傍にいないだけで、治世には、この世の全てが景色までもが暗く見えてしまうのだった。


「おお、治世。やっと帰ったか。待っとった」


 財政部門のおじさんの1人が、建物から出てきた。


「ただいま」

「お疲れ。治世、娘娘を牢から出す方法、牛さんが考えてくれたぞ」

「え」

「だから、オレらん中から王を出すなんて、せんでいい。あのな、まず……」


 そこで、おじさんは、西安にいる司法長官を帝都に呼んで法務大臣にし、業務が滞ることによって碧の処刑の日を延期するという方法を説明した。更に、査察部が帝都の官僚のツートップを更迭して、政治的実権を削ぐことも付け加えた。


「それだと、碧の処刑は延期されるだけで、なくならない」


 それが治世の結論だった。延期される種なら、さっき自分が蒔いたばかりなのだ。


「西安の司法長官が来てくれれば、なんとかしてくれる」

「どうやって」

「もともと、碧が斬ったのは、強盗の一味や。その証言を、碧のきれーな友達がする。今のままやったら、聞き入れてもらえん。でもな、司法長官が戻れば、聞き入れてもらえる」


 そこまで聞いて、ようやく治世は納得した。


「分かりました。オレ、さっきまで、帝都の官僚にもてなされてて。『王になれ』って言われた」

「そうか。なんて答えた?」

「『考える』って。向こうはオレが碧を助けたいって分かってるから、まだ、碧は処刑されないと思う。どーせあいつらが碧を嵌めたんだ」

「がんばったな。治世」

「え?」

「1人であんな化け物2人も相手にしたんか。苦手やろ。あんなタイプ」

「……。」

「分かる分かる。オレも一緒や。あの化け物の腹切ったら、真っ黒なもん出てくるやろな。ははは」


 おじさんが笑ってくれただけで、煌びやかで場違いな妓楼で過ごした不快な時間が、さらさらと砂のように崩れ、風に吹かれてなくなった気がしたのだった。


 ◇


 議長という役割について尤もらしく説明したのは、橙巾党の声の大きな男だった。それは、西安で国名を発表した者である。


「これまで皇帝陛下が担っておられた、話し合うべき議題を提案する役目や、発言の際に順番を指名する役目が、これからの議会には必要です」


 そこで、「……皇帝陛下……の代わり?……」とざわめきが起こる。


「中立の立場での進行。そちらの法務大臣にその重責をお願いしたい。いかがでしょうか?」


 皆の前で光栄なポストに指名された法務大臣は、その場で前方に進み出た。そこには螺鈿(らでん)細工のテーブルが置かれており、それはかつて、御前会議の際、皇帝の横に据えられていたものだった。テーブルの上の紙には、この日の議題が箇条書きにされている。その先頭に「議長任命」の文字がある。


 流れるように様々なことが話し合われ、議会が終了する。


 皆が席を立ち始めたとき、声の大きな橙巾党幹部が、新しい法務大臣の名を発表した。耳に入れたのは出席者の半分ほど。その中の多くは「長年官僚をしている聞いたことがのある名」という印象を持った程度だった。


 すでに西安の司法長官へは、復活した駅卒制度によって、法務大臣という辞令が出発している。


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