真実
翌日、苑が、侍女に付き添われ、牢へとやってきた。なぜか橙巾党のおじさん3人も ♡_♡ な顔になってついてきている。纒足は歩くのに時間がかかる。おじさん3人は先に碧の牢の前に到着して嬉々として小声で喋る。
「なんつーキレーな友達おるんや」
「天女か? 女神なんか?」
「あれは、国、傾くで」
仲間が投獄されている悲壮感など、おじさん達の頭からは綺麗さっぱり抜け落ちている。
なぜかちょび髭役人自らが案内をし、見張りの兵士までぞろぞろと付き従う。そして、揃って ♡_♡ 。
牢の格子を挟み、碧はやってきたちょび髭役人の目の前で苑に口を開いた。
「来てくれてありがとー、苑苑。この人がさー、昨日、目撃者のこと信じてくれなくて、ひっどい言い草だったんだよ。『縛るのは妙技』とか『ご老体では「ごほん、ごほん、ごほっごほっごほっ」
碧の言葉にちょび髭役人は咳を被せる。
「あー。あのですな。えー。一応、*政治犯なので会話は聞いておかなければならず」
彼はうっかり「政治犯」と口を滑らせる。苑は愁を帯びた美しい眉を下げた。
「政治犯なのですか? 無実なのに殺人の罪を着せられたと聞いています」
「あ、いえいえ。そーです。いえ、えーっと無実かどうかはともかく、殺人事件です。ただ、その、政治的に少々ややこしい事情が絡んでおりましてですね」
「ご安心ください。私は女同士の話をしにきただけですから」
「そーでしたか。はい。では、失礼します」
ちょび髭役人は兵士達を引き連れてその場から離れる。その際、名残惜しそうに突っ立っていたおじさん3人にも、目配せと顎しゃくりを送り、一緒に連れ去ったのだった。
「碧、どうしてこうなったの?」
苑は冷静だった。14歳まで官僚の娘として生き、その後、妓女として官僚達をもてなしてきた彼女は、政の世界の狂気を骨の髄まで知っている。
「嵌められたの。たぶん。帝都の官僚らに」
碧は、呉将軍の屋敷に押し入った強盗6人は仲間のはずなのに、自分の斬った件の男が、なぜか苑の来客として扱われていることを告げた。
「すぐに、莉莉に鳩を飛ばす」
「はと?」
「伝書鳩」
碧はこのとき初めて、伝書鳩が実際に通信手段として活躍していることを知った。
「あ、それと、調書にどんな風に書かれてるのか知りたい」
「分かった。見せてもらう。告訴状は元呉将軍が書いたの」
「お願い」
犯行のあった翌朝、呉将軍の父親と、茉莉が、捕縛した6人を役場に連れてきたのだった。
「碧碧、一旦屋敷へ帰って、鳩を飛ばしてくる。その後、強盗がここの牢に収監されてるはずだから、確認するね。もう1人も仲間だったのかどうか」
苑の言葉は碧にとってありがたいものだったのだが、碧は先に突きつけられた現実に首を小さく横に振る。
「それがね、犯罪者の言うことなんて信憑性がないって言われた」
「じゃ、尚更聞く。もう1人がどうなったのか。あのね、あの人、碧碧の刀では死ねなかったと思うの」
「え」
「碧碧に斬られた人、この役場まで莉莉が歩かせたんだよ。縛られてるところ見てたけど、そこまで致命的に出血してなかったの。だから、今も牢にいるかもしれないし、殺されたり逃がされたりしてるかもしれない。信じてもらえないって諦める前に、まず事実をつきとめようよ。ね、碧碧」
「ぅん……」
「どうしたの。3人でいたころを思い出して。せっかく会えたんだもん。また、3人でお喋りして、いっぱい笑おう?」
「そうだよね」
──苑苑、いつの間にこんなに強くなったんだろ。
返事をしながら、碧は親友を頼もしく思うのだった。
苑は一旦屋敷に帰り、伝書鳩を飛ばした。数時間で山海関へ届く。そして再び牢へ引き返し、今度は、呉将軍の屋敷に入った強盗の房へと足を踏み入れた。碧の独房よりも一層強い臭気に、侍女は苑に腕を貸していない方の袖口で鼻と口を覆う。どうやって寝るのか不思議なほど、牢には過密状態の房が立ち並ぶ。
5人は1つの部屋へ押し込まれていた。
「おーっと。なんだよ。あの屋敷の女じゃねーか」
「っくしょう。兄貴の次、オレらがヤレるはずだったのに」
このもの言いから、あの日の苑を襲ったのは彼らの仲間だと明白である。しかし、証言など塵に等しい。
「私の部屋に来た男はどうなったのですか?」
苑が尋ねると、男の1人が答える。
「さあ。連れてかれた」
「いつ」
「ちょっと前。急に。日にちなんて数えてねーし」
「誰に」
「見張りとは違う服のヤツだ」
と、横から「役人」と別の男が割り込む。役人は警備の兵士とは別の制服である。
「どこへ」
「知るかよ」
再び横から、「殺されたんだろ」と別の男。
「殺されたのですか?」
苑が聞き返すと、5人が一斉に話し出す。
「おうよ。薬塗ってやるって言われたんだよな」
「ありえねーし。腕飛ばされたオレのことほったらかしだったのによ」
「だいたい、初日に手当してねーのに、なんで何日も経ってから」
「悲鳴があった」
「あっちへ歩いていってすぐ」
「夜中」
「だいたい、夜中に薬塗るか?」
「兄貴は戻ってこねー」
「殺されたんだろ」
「なんでだ」
「オレらの頭だったからか」
「さあ」
苑は詳しく尋ねる。
「役人の特徴は? 背は? 髭は?」
「夜中で暗くて見えるか」
「この役場の人?」
「分かるかっ」
「見えねーよ」
紫苑は、それ以上の情報を諦め、牢から去った。
次に苑は、調書を見たいと願い出た。ちょび髭役人は、♡_♡ な顔で、様々な事件の調書がまとめられた冊子を差し出した。
調書には、5人の強盗が茉莉に捕えられ、別棟にいた1人の「来客」を碧が斬ったと書かれていた。
──改竄済み。おじい様の字じゃない。
記述に目を走らせた瞬間、苑は体の血が沸騰するような怒りを覚えた。告訴状を書いたのは、呉将軍の父親である。共に暮らしているので、踊るような癖のある筆跡を知っている。
しかし、何事も感じていないていを装い、注意深くページを捲る。
──紙が違う。
その調書だけ紙質が違った。それは気づかないほどのものであったが、墨の滲み方違ったのだ。更に、調書の中に男の氏名と「4月12日未明死亡」の文字があった。
あまり牢の中をうろうろすると、怪しまれてしまう。苑は、その旨を侍女から碧に伝えさせた。
「ありがとうございました」
苑は丁寧に調書の冊子を返却する。
「いえ〜。あ、一緒にいらっしゃった方は?」
「友人が好きなお菓子を届けに行かせました」
「なんてお優しい」
「とんでもありません。牢の暮らしは大変なのでしょうね。それを思うと胸が痛みます……」
傾国の美女が憂えると、役人や周囲を取り囲んでいた警備の兵士達は、背筋を伸ばしてきりっとした顔を作り、口々に言う。
「できるだけ心を配ります」
「不便はいたしかたありませんが」
「粥を多めに出します」
「新しい敷物を渡しましょう」
「ときどきはお茶も出します。ご心配なさらず」
苑は、ふわりと微笑み御礼を述べる。
「かたじけのうございます」
◇
一方、碧が投獄されたと知った牛金星は、蒼白した。
──自分はいつも甘い。
心の中で地団駄を踏み、自責の念に駆られる。かつて無実の罪で牢に入れられたときも、物事の細部の細部まで考えが至らなかった。今回も安易に帝都の官僚から逃げる手段ばかりに囚われ、ペストを提案されたときなど、愚かにも名案だと感心したのだ。
牛金星は、自分や碧が、橙巾党にとってどれだけ重要で、かつ脆弱な存在なのかを思い知った。組織を作り、業務が流れるようにしたところで、今のままでは一国の政の存続は難しい。
碧と牛金星にとって、誰かがいなくなっても存続し続ける仕組みが「組織」の目標である。そのためのポストと役割分担を熟考した。皇帝が行う帝政では、君主が崩御すれば次の世代へ血統によって引き渡されていく。しかし、一国の体制に絶対的なトップはいない。今のままでは空白が崩壊に繋がってしまう。
たとえ誰かが欠けても「民のための政」が行われるようにしたいのだ。
──今のままでは、橙巾党幹部の組織が不完全だ。




