終わりの始まりPART.4
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「帝都へ」を「終わりの始まりPART.4」に変更しました。内容は同じです。
橙色の旗が翻る。
農民達は希望に満ちた目で、どこまでも続く隊列を見送った。
「李氏様、どうなさったのだ?」
隣の馬上から、牛金星が碧に声をかけた。
「え」
「そんな悲しそうな顔をして、農民らを見て」
「ええ。はい。……期待に応えられない気がするのです」
「北の国境の防衛費で税が跳ね上がることですか?」
「はい」
「大丈夫ですよ。帝都の官僚達はしこたま財を蓄えていますから。商人達とて持っている桁が違う」
非常に危険な考えだと碧の頭の中で警鐘が鳴り響く。現代の歴史には、官僚や富裕な商人達の拷問される声が帝都に響いていたと残っていたのだ。すかさず、碧は釘を刺す。
「橙巾党は、略奪はしません。脅して財を出させるもの、同じ行為です」
牛金星は深く頷く。
「承知しています。まず、一国になると同時に、一国の法を適用します。そうすれば、不正や賄賂の密告者が現れるでしょう。一国の法では、その金額の半分を知らせた者が受け取れるのですから。我々の方は、財産ごと没収できます」
しかし、碧は、これも危険だと感じていた。
「清廉潔白な官僚など、いないに等しいと思います。そんなことをすれば、身内同士で殺し合いをするが如く、政をする官僚がいなくなるんではないでしょうか。大南国のように。経済規模が、一国とは全く違います。官僚が減りすぎては困ります」
「李氏様、一国を過小評価していす。領土の広さなら、既に一国は大盟帝国と同じです。経済規模は、大盟帝国より大南国の方が大きい。勢いなら、一国は大盟帝国の数千倍です。それに私は、今の大盟帝国の官僚、半分以上はいらないと考えています」
「え」
「下っ端でしたが、これでも官僚をしておりました。彼らは権力抗争にかなりの力を割いています。有能なのに、もったいない力の使い方です」
「そうなんですね」
「まず、派閥と力関係を把握し、それからです」
「人選が難しそうです」
「そういうときは、誠実かどうかで、あの方達に選んでもらいましょう」
あの方達とは、財政部門で均田免賦と2年不納糧の実施に回された3人のおじさんである。今回、前衛で戦っている元駅卒の武闘派。駅卒という仕事に就くこと事態、肉体派の体力お化けなのだ。おじさん3人は、悪を本能で嗅ぎ取る。
「それがいいですね」
ぱこん ぱこん ぱこん ぱこん
ぱからっ ぱからっ
歩く速さの蹄の音に、駆ける蹄の音が近づいてくる。治世だった。彼はときどき、隊列の最後尾まで異常がないかを確認する。そして、先頭集団へ戻る途中、碧を刀の柄で突いていったり、橙色の軍旗をふわりと頭に被せて行ったりする。
「碧、牛氏様」
今回は、碧の横に並んだ。
「治世、お疲れ様」「李氏様」
牛金星は、碧のことも治世のことも「李氏様」と呼ぶ。
「碧、2人で何喋ってたん?」
「官僚、大変だろーなーって」
治世は、牛金星を頼りにしている。政に関しては、全幅の信頼を置いている。存分に碧と話し合って欲しい。しかしそれは、恰幅の良いおっさんだったころの話である。現在の牛金星は道ゆく人々が振り返るイケオジとなってしまった。不思議なもので、イケオジもどきのだったころは、ただの年配おっさん牛金星と碧が話すことは気にならなかった。しかし、今……完璧なイケオジがシゴデキオーラを纏い、見事な手腕で政策を実現させる。何よりも、知性溢れる挙人。イケオジは年齢を凌駕するのだ。
──碧って、賢い人の方がいいのかな。難しい話、いっぱいできるよな。いつも楽しそうに話してる。
治世の胸の中には、漢として敵わないという嫉妬心と碧を想うがゆえの狭量な嫉妬心がマーブル模様になっていた。
一方、イケオジ牛金星は、治世の物言う瞳に苦笑を浮かべた。
「李氏様、北上して北の国境に沿って制覇するルートは、英断でした。先の寧武関の戦いが苛烈を極めていたので、恐れをなして、他はすんなり通してくれます。私も隣の李氏様も、一度も危険な目に遭わず安心して進んでいます」
治世は、自分を賞賛するイケオジをじっと見る。そして、一言。
「牛氏様、また、元の姿に戻ってください」
あまりに素直な嫉妬心に可愛らしさを感じ、牛金星は吹き出した。
「大丈夫ですよ。李氏様は前衛だけを見て、、ぷっ」
それは、李碧が前衛にいる治世のことしか眼中にないのだという意味で、治世には正しく伝わったのだが、碧は別の解釈をしていた。
──治世って優しい。牛氏様が痩せちゃったこと心配してるんだね。
碧は、牛金星の言葉を、心配しないで李治世様は前衛で戦に専念してください、という意味に捉えたのだった。
いよいよ帝都である。既に帝都が一国軍を受け入れるだろうと予測していた。南ルートの他藩のみによる軍はバッキバキに強く、4万の軍勢は途中、降伏した官軍を組み込み、7万の大軍勢になっていた。北ルートは9万。もはや歴史のうねりは誰にも変えられない。
北の国境、寧武関の死闘は大盟帝国の人々を震撼させ、流れは一国にあった。
3月17日、昼から夕方にかけ、北と南から大軍勢が押し寄せ、帝都の城壁の周りを包囲していった。
城壁の下には堀があり、戦を想定して、建物が建てられていない区域が周りに広がる。一国軍は、十分に攻防戦ができるその区域の外、銃の届かない場所に陣を取った。治世は北西の本陣に、碧と牛金星は、その少し後ろに控えていた。民家がぽつんぽつんとあり、田畑もある。一国軍は、田畑を避け、陣を張る。
前方、砲兵陣地が組まれ、大砲が並べられる。その中には、途中、官軍から奪取した大砲も多くある。砲弾の射程は数km。しかし、照準を合わせるには数百mまで近づける必要がある。
南の正門、東の門の1つ、西の門の1つに照準を合わせる。
夜、一斉に大砲の音が轟いた。
本陣の後ろに身を置いていた碧は、地響きと耳をつんざく音に、思わず体を強張らせる。花火の音とも、野外ライブのスピーカーの音とも違う、圧倒的な破壊音。
「暴れないで。大丈夫だから」
碧は怖がって暴れる馬を必死に宥める。
城壁の外にある民家から悲鳴が上がる。城壁の上から銃声が鳴り、民家から人々が逃げていく。青磚の城壁。逃げる人々。既視感。銃声、砲轟、悲鳴、怒号。碧は記憶を呼び覚ます。
それは、この世界へ誘われる直前、陸上競技場の建物を振り返ったときの幻影、幻聴に一致する。その後、周りが白い靄に包まれ、この世界に来た。
現代の17歳のあの日、一瞬、周りが変わった。競技場だったコンクリートの建物壁が青磚の城壁になっていた。碧には偶然とは思えなかった。
一国軍は、夜通し咆哮を上げ、太鼓やドラを鳴らして騒ぎ、城内の不安を煽る。
「まだか。内通者と連絡は」
「まだです! この非常時。なかなか抜け出せないのでしょう」
その短い言葉さえ、喧騒の中で耳の傍に口を寄せて話さねばならない。
絶えることなく炊かれる篝火を囲み、橙巾党幹部は、ときおり訪れる伝令からの知らせに苛立ちを募らせていた。
翌日、3月18日午後。
西側の門は、内側から静かに開けられた。大軍勢を前に、無意味な抵抗を続けるだけの意志は、もはや守備兵のどこにも残っていなかったのである。
同じころ、正門である南門も同様に内側から開けられた。南門の守備兵は戦意を喪失していた。
「オレらの俸給、2ヶ月前からないよな」
「ペストで人手不足だから手続きが大変とかって」
「その前も何ヶ月も出なかったって。あれ、年末に1回払われただけじゃん」
「一国んなったら、払われたりして」
「じゃね?」
次々と領土を広げる破竹の勢いの一国が来ているのである。一国が周辺の脅威となったのはたった1年前。あっという間に領土を広げ、その中の制度を整え、藩王や不正をする役人、商人からの財を民に還元する。
南門の城壁の上で銃を構えていた兵士達が、各々それを下ろす。
「開けよーぜ」
「開けろ、開けろ」
「「「「開っけろ、開っけろ、開っけろ、開っけろ」」」」




