帝都って、かっこいいじゃん
読んでくださってありがとうございます。
前の話、「牛金星おじさま」を「藩ちゃんと金ちゃん」に変更しました。
ストーリーの本筋は変わっていません。
8月14日、北方民族の王は、数えで6歳。摂政は、碧の祈りも虚しくチート男に決まった。内輪揉めで力を削ぎ合う骨肉の争いはなく、碧の知る歴史通りに決着した。
知らせを聞いた碧の頭を占めたのは、治世が殺されること、国防費が跳ね上がることへの恐怖だった。今、一国の中で北方民族の地に面しているのは、西安があったもともとの藩のみ。他は大盟帝国が国防を担っていた。しかし、袁将軍のころから始まった皇帝への不信感により、軍の忠誠心は離れ、多くの者が国境を越えて敵国に降っているという惨憺たる有様。それを引き継ぎ、立て直すなど、彼女に言わせれば、ムリゲーなのである。
──一国軍が帝都を攻めないかもしんないじゃん!
宮廷で夕食を摂っているとき、治世が近くにいた。それぞれの居室があてがわれた今でも、橙巾党の面々は皆で、最初に雑魚寝した部屋になんとなく集うのである。シルクロードでやってきた精緻な模様の絨毯と立派なマホガニーの西洋のテーブルセットは、あのときと同じように佇んでいる。
「な、碧。西へ行かないのは分かる。荒地だから。東は? 北の国境があるから?」
「それもある。ってか、一国って、領土広げようとしてるわけじゃないよ? 治世。成り行きじゃん。いろんな反乱軍が力貸してって言ってくれたから、治世らが助っ人して、なーかま!って感じんなってるだけじゃん」
「そーだったそーだった。東の藩って、なんも言ってこなかったんだっけ」
「うん。お金持ちだもん」
「そーなん?」
治世は、政治や経済の動向にあまり興味がない。
「塩採れるじゃん」
東の藩は、塩の産地、山西地方を含む。歴史に残る大金持ち、山西商人の拠点であり、西氏の故郷でもあった。
「あ、そっか。山西商人とこか。へー。だったら、国境から北へ、いっぱい武器の密輸、されてるんかな」
「さー。どーだろ」
「碧はさ、もし東を攻めるってなったら、反対する? 西氏に気ぃ遣ってんの?」
「反対する。お世話になってる西氏も大きいけど、それじゃなくて。北の国境がついてくるから」
「長城が4重、5重にあって、修繕も大変らしーもんな」
「そーだよ!」
このとき、碧は財政に占める修繕費を考え、治世が思い浮かべたのは徴用される民の労役だった。
「大南国はさ、領土広げる気ないんかな」
「どーだろ」
「もし碧だったら、どう?」
「広げない。自分とこで十分豊かだもん」
「ふーん。碧って、全部、金で考えるのな」
「んーっと。統治できるかどうかだよ」
何気なく進んだ会話は、やがて1つの点に着地する。
「みんなが、帝都、欲しがってる」
碧は、2秒ほど目を閉じた。やはり、歴史の大きな流れは変わらないのだ。
「みんなって誰?」
これまで、自ら藩王を倒しに行ったのは、西安のみ。
「軍」
「自分達が強いから?」
「それもある。今だったら、ペストでボロボロだから落とせる」
「そんな危険な場所へ行ってどうするの。移っちゃうよ」
「だな。なんか、でも、一国が大きくなったから、思うんだろーな」
「北方民族対策費の税が嫌で一国に入った南の藩は? 帝都を落とすって、その後、ずーっと国境で北方民族とガチバトルするってことだよ。また税、増えちゃうよ」
「たぶん、そこまで考えてないんだと思う」
「ヤバいね。今度の相手、歴代トップ3くらいなんだけど」
「へ?」
碧は、つい現代の知識を持ち出してしまった。
それをスルーし、治世は言う。
「なんだっけ、ほら、牛氏の考えた組織ってやつ」
「うん?」
「各地域の代表が出てきて話し合ったら、帝都、攻めると思う」
「え、もうそんな感じんなってんの?」
「なってる」
「デメリットはあるのに、メリットなしじゃん」
「デメリットって、さっき言ってた、北の防衛費の税?」
「ペストも。それに、官僚国家の総本山じゃん。大南国みたいに、あっという間に腐り始めそう」
「そこは司法長官に頑張ってもらってさ」
「司法長官は西安なの。いくらいい法を作っても、全部握りつぶせれるようになっちゃうよ」
「帝都って、かっこいいじゃん」
──出た。
碧は思わず、呆れた声が漏れそうになる。結局は、そんな単純な理由なのだ。
碧は即座に案を出した。
「ね、帝都よりもずっとかっこいい場所を作っちゃえばいーじゃん。ほら、えーっと、たとえば一国の真ん中ら辺、武漢に」(1643年、実際には武漢という地名はなく、武昌、漢陽、漢口という街がありました)
「へー」
「長江があって、農豊か。今もすっごい大都市」
「でも、帝都や大南国の街に比べたら、素朴ってゆーか」
「大南国には勝てないよ。どこよりもお金持ちだもん」
「なにそれ、帝都に勝とうとしてる?」
「ダメなの? ものが集まるところにお金と人が集まる。お金と人が集まるところに流行が生まれる、かっこいいがあるって思ってるけど」
SNS時代を知っている碧にとっては、それは必ずしも真ではないし、場所は地図上ではないのだが。
「へー」
治世は生返事だった。
「帝都を攻める理由はかっこいいだけ?」
碧の言葉に、ようやく治世らしい答えが返ってきた。
「これは、オレの意見だけどさ。ペストが終わって復活したら、真っ先に西安が狙われる」
「大南国より?」
「大南国は、少しずつ、帝都と裏で絡んでくよーな気ぃする」
それは簡単に想像できる未来だった。運河と食糧のパイプは太い。
「かもね」
「一国は西安から始まった。ここが心臓なんだって」
治世は、その瞳に鋭い光を宿した。
──始まってしまう。
碧は、避けられない未来を悟った。
それどころか、「一国の戦い」ではなく、「李治世の乱」として歴史に残っていることに納得できてしまった。
「もし、決まったら、私も行く」
碧が言うと、治世は怪訝な顔をする。
「碧も? なんで。ペスト流行ってるから医師としてってこと?」
「ううん。ペストは手がつけられない。ペニシリンがないから」
再び、現代でしか通じないことが碧の口から零れる。しかし、医師の碧が分からない言葉を使うことは、しばしばあるのだった。
「ムズイことは分かんねーし」
「治世、もしね、帝都へ行っても、絶対に略奪しないで。どんな悪徳官僚や商人がいても。軍のみんなにさせないで。絶対」
「当たり前じゃん」
「私、それを見たい」
「は?」
「略奪が起こらないとこ」
かつて西安を制圧したときは、死傷者0であった。
「危険だって。官軍が来る。それに、馬に乗り続けるなんてできんの?」
「へ?」
「オレらはもう皮、硬くなってっけど。ケツの皮剥けるぞ」
「ええーっ」
「行軍に馬車なんか出さないからな!」
「当然じゃん。長時間馬に乗る練習する」
「おう」
碧が馬上に身を置く時間は、日を追うごとに長くなっていった。
もちろん彼女には、やらなければならないことが山積していた。しかし、牛金星が中心となって組織化したことで、幾分、彼女の負担は和らいでいたのだ。ピラミッド型の組織は、非常に効率よく機能している。
碧は、鍵職人とからくり人形師が考案した銃の試射に臨んだ。
「うわぁ、的、的、的狙って」
「あっぶねーよ、娘娘」
「狙ってます。バンってなったときに、動いちゃう」
「足踏ん張って!」
かねてより銃を撃ってみたいと思っていた碧だったが、実際に銃を撃つ理由は別にある。多くの者達の不安を払拭するためだった。舶来物ではなく、顔見知りが造った兵器である。碧は、暴発しないことを証明するために、名乗りをあげた。
ミニュチュアではなく、実物大の大砲ができてきた。西安の街から離れた場所まで運び、撃った。大地が揺れ、山々に音が轟いた。威力、飛距離とも、従来品を凌駕する出来栄えだった。
銃、大砲の増産、火薬の製造、軍の規模、進軍のルート、様々な課題が机上に乗り始めていた。それでも、まだ、帝都制圧については議題に載ることはない状態だった。橙巾党の軍中枢を担うメンバーは戦慣れし、綿密な計画をも立てる軍師へと成長していた。これに、北の国境の駐屯地にいた戦のプロが加わる。更に、火薬と兵器を生産する能力。いつの間にか、一国軍は、列強や周辺諸勢力から恐れられる脅威となっていた。




