一国の奔流
初夏。部下達から疎まれている司法長官は、益々嫌われる法案を通した。別名「役人殺し」。賄賂を受け取ったり不正をした役人の資格を剥奪し、財産を没収するというものである。しかも、告発者には、役人が不当に枷いだ金額の半分が与えられる。チクってキャンペーンである。
ロマンスグレーの司法長官は堂々と宣言する。
「私は性格が非常に悪いのだ」
過去、彼自身も不正に手を染め、私服を肥やしてきたにも関わらずの「役人殺し」である。そのことをやんわりと部下の役人に指摘されたとき、彼は抜け抜けと言った。
「過去の自分など他人」
この話を聞き、財政部門にいる橙巾党の4人はケラケラと笑った。しかし、牛金星は深い尊敬の念を抱いたのである。
──なんと強い。その強さがあるからこそ、そこまで出世なさったのですね。かっこいい。ロマンスグレーだし。
すぐさま財政部門から司法部門に鞍替えしたいほど、牛金星は司法長官の姿勢に魅了されたのだった。
銃の研究は着々と進んでいた。
「計量済みの火薬と弾丸をセットにして小さい紙袋に入れておくんです。銃口に入れるとき、紙を破って、火薬を詰める。銃弾は紙に入ったまま押し込みます」
鍵職人とからくり人形師は、西洋の銃を解体し、弾丸の詰め方まで辿り着いた。そして、鍛冶屋が造った銃身に、2人が組み上げた機関部を装着した試作銃。そこへ、紙に包んだ火薬と弾丸を装填し、試射を披露した。暴発の危険があるため、からくり人形師の作った仕掛けが引き金を引く。
パン
見事、弾が飛び出し、藁の的を貫通した。
「これで火種を持ち歩かんでもよくなる」
「紙が隙間を埋めるんや」
2人は誇らしげに銃の仕組みを説明するのだが、全てを理解しているのは、碧を含め、その場にいるごく少数だった。
「まず、5丁作ってもらって使ってみようか」
橙巾党の幹部のおじさん1人が決断を下す。碧は続けて質問する。
「弾の量産もしなければいけませんね?」
すると、見学に来ていた鋳物職人がゲロった。
「オレ、弾作って、密輸業者に売っとったから作れるぞ」
慌てて隣にいた者が彼の口を塞ぐ。が、彼に任せることになった。
「ちゃんと買うから、もう密輸はやめい」
幹部のおじさんは苦笑。
碧が拍手し始め、その場は拍手に包まれる。が、人知れず、牛金星だけは手を止めたままだった。
屋外での銃のお披露目が終了し、多くの者達が財政部門の建物に入っていく。そのとき、牛金星は碧に問いかけた。
「他の藩にも勢力を拡大するつもりなのですか? 現在の組織構造では、橙巾党がポスト名なく指揮を執っています。これでは国の指針が明確ではない。軍事国家を歩んでいるように思えてなりません。今は乱世。それは正しい道でしょう。しかし、武官の上に文官がいる大盟帝国の組織構造も見習うべきだと思います」
牛金星は、国家としての政治のあり方を見据えていた。一方、碧が見据えていたのは、次の年、崇和17年の、李治世による大盟帝国滅亡だった。
碧の知る現代の歴史では、崇和17年、大盟帝国滅亡から44日後に大水青帝国が始まる。大盟帝国を滅ぼすのは一国であるのに、教科書には「李治世の反乱軍」としか記されておらず、たった44日政権を握った「一国」の名は歴史の記録から抹消されていた。大盟帝国滅亡まで、すでに1年を切っている。碧は焦っていた。
「今、帝都周辺はペストによって機能不全に陥っています。火薬の管理どころではありません。この隙に、武器と火薬を揃えるのは得策だと思います。穀物も然り。帝都の人口の減少に加え、南部から北部への運河が張によって止められた際、南部に米が溢れて価格が暴落しました。チャンスを逃さないよう動いているだけです」
その冷徹な判断に、牛金星は言葉を失った。
彼にとって碧は、「略奪は死をもって処す」という橙巾党の誇り高き掟を作り、「均田免賦、2年不納糧」を提唱した知略の体現者であった。ただの反乱軍が国までになったのは、橙巾党に秩序と理性と誇りがあったからだ、と彼は考える。それをもたらしたのは、橙巾党発足時、たった17歳の最年少である李碧。
碧は、橙巾党の幹部だけでなく、軍、役人などあらゆる組織で絶大な人気がある。それはマスコットガール的な「若い」「女の子」などという理由ではない。絶対的存在だからだ。
──まさか、大盟帝国を手中に収めようとしているのか?!
一国は、南東の藩を見捨て、南南東の藩と手を組んだ。南南東の藩の南は長江。南部への足掛かりとなる。大南国と同盟を結んだ。
──まさか。まだ20以上の藩うち、西安の部分を含め、たった2つ。大南国は同盟国にすぎない。
牛金星が「まさか」と思っているうちに、一国は南東の藩の反乱軍と手を組み、藩王を滅ぼした。前年、やっと水不足から解放された農民達が、蜂起する力を蓄えたのである。軍の指揮、兵器は一国頼み。藩王を斬首した後、南東の藩は王を立てず、一国の領土となることを決断した。均田免賦は制度なので行われるが、2年不納糧は既に期間が終了しているため実施されないと承諾した上での編入であった。
一国の領土が広がったことにより、一国と大南国に挟まれた藩がある。両側から攻めると同時に、20個ほどあった暴徒のグループが結束し、藩の官庁を燃やした。民衆は政に憤っていたのだ。連合軍が宮廷の中へ押し入ったとき、すでに藩王は逃亡した後だった。
この戦いでは、宮廷の城壁の下まで坑道を掘り、火薬を仕掛けて基礎ごと崩落させる戦術が使われた。用いられたのは、一国で作られた火薬だった。
この藩は、大南国ではなく、一国の領土となることを選択した。これは偏に、一国の方が税率が低かったからである。
大南国には富が集中する反面、巨大な権力の牙城は崩されないままであった。大盟帝国唯一の他国との正規の貿易港を持ち、帝都へ続く運河の利権を掌握する一大要衝。立国当初、汚職役人を一掃したにも関わらず、半年も経たないうちに新たな利権と腐敗が蔓延りつつあったのだ。
「なあ、碧。大南国をさ、最初から独立国にするっつったじゃん」
会議の席で、何気なく誰かが言う。
「はい」
「大南国が手に負えねーってこと、分かってたんか?」
「いいえ」と碧は首を横に振る。
「相手にしてもらえないって思っただけです」
これは碧の正直な考えだったのだが、周囲はそう取らなかった。
「いやぁ。考えれば、手に負えんとこだよな」
「んだんだ。外国や海賊と結びついとる」
「運河の利権は、船やら穀物やら密輸やらぐっちゃぐちゃに絡んどるらしい」
一国、大南国、大張国の領地が大盟帝国の中で帯のように存在する。これにより、大盟帝国の領土は、西と南と帝都周辺の3つに分断された。食糧供給の生命線である運河を大南国に握られ、ペストで多くの死者を出した帝都。大盟帝国は瀕死の状態であった。
領土が分断され、南に取り残された大盟帝国の藩の民衆は不満を募らせていく。
「なんで、北方民族を防ぐために、こんなに税を取られるわけ?」
このころ、大盟帝国の税に、北方民族対策税という特別増税が付加されていたのだ。ステルスにすれば気づかれなかったものを、明確な名称にしてあったことが災いした。
これにより、長江に面した南側の諸藩が「一国に入りたい」と言ってきたのだ。もちろん、反乱軍がである。
「やべえ、オレら、人気モンじゃん」
橙巾党は喜んだ。碧と牛金星、役人達は財政面を試算し始めた。
「マズイんですか?」
治世が眉を寄せてそろばんを弾きだした碧に尋ねた。
「その藩だったら大丈夫です。海に面してないから密輸のシンジゲートや海賊被害がないし、南の国境がなくて防衛費を考えなくていいので」
北方民族のようにチートでなくても、広大な国家の国防費は国家財政にとって大変なのである。
「「「「へー」」」」
幹部たちが関心する中で、牛金星だけは、広がり続ける領土に懸念を抱いていた。




