三魁×茉莉CP
お読みくださり、ありがとうございます。
呉将軍が遠征のために西安を訪れたことになっていました。これを、着任に書き換えました。この先の部分では着任として話が進行しておりましたので、ストーリーに変更はありません。
13歳、秋。
冬が近づくだけで碧はそわそわしていた。毎年冬、上書きされていく}治世の、にぱっとした笑顔のせいだった。
「にやにやしなーい」
「してないし」
秋が深まると顔に締まりがなくなる碧を、茉莉が嗜める。
「してた。最近、ずーっと顔が緩みっぱなし。そんなことよりさ、この刺繍の課題、代わりにやってよ。苑苑!」
「先生にバレてしまうわ」
苑が点心の胡麻団子を口元に運びながら、くすくすと笑った。茉莉は、刺繍の課題が授業で終わらず、まだ悪戦苦闘している。
3人がいるのは最近人気の茶館の二階席。窓の外、茜色に染まり始めた大通りは女子達で溢れていた。男子の私塾の下校の時刻──厳格な儒教社会において、唯一大手を振ってできる美丈夫見学の時間が始まる。
階下から「おおーっ!」と一際大きな歓声が上がった。
「あの方、素敵かも」
窓を覗いた苑が目を輝かせるが、碧は今ひとつ気分が乗らない。現代の液晶画面で、何億人から選ばれたトップスターを見てきた審美眼に引っかかる男など、そこらを歩いているはずがない。
「碧もさ、大盟帝国の初代皇帝から離れなよ。会いに行ける身近なアイドルを見なきゃ!」
と茉莉。
「誰が初代皇帝やねん」
ツッコむ碧を、苑が真剣に心配する。
「でもね、碧碧。そんなに政治や経済のことばかり詳しくても、殿方から引かれてしまうわ。碧碧は男に生まれて、科挙を受けるべきだったのね」
ふーっとため息で締めくくる。
──それは、だって。李治世を歴史の過渡期の1人で終わらせたくないから。
茉莉が瞼を重くして、ちろーんと碧に視線をやる。
「ほら、またにやにやしてる」
「莉莉はいいから刺繍しなよ」
「あ”ー、もうイヤッ!」
再び現実を突きつけられた茉莉が、こともあろうに、布と針がついたままの刺繍枠を持って大きく伸びをした。コンと刺繍枠が窓に当たって手から放り出され、、、
「「「あ!」」」
刺繍枠付きの布はころころと瓦屋根を転がり落ちていく。
その時、大通りには何頭もの蹄の音が響いていた。北の国境の英雄、呉将軍と一騎当千の最強軍、関寧鉄騎だった。激戦を重ねた軍団は、イケメンなどという甘っちょろい言葉を圧倒する迫力がある。人々が息を呑んで見守るその最後尾、馬上の少年が落ちてきた「それ」をキャッチした。
「痛っ」
布に刺さったままだった針が、少年の指先をチクリと刺す。顔を上げた瞬間、少年は、心臓にも何かが突き刺さったような衝撃を覚えた。
「すみません!」
窓から顔を出した茉莉は夕日に照らされ、軍神の女神、九天玄女のように光り輝いていた。その姿を目にしたとき、少年は、なぜか「初陣で勝てる」と感じた。
茉莉は、速攻、階下へ駆け降りる。
少年は馬を止めて待っていた。涼しげな目元、まだ幼さが残る輪郭。無表情の威圧。端正な顔立ちが冷徹さを醸し出す。
「「「「きゃーーー」」」」
その傾国レベルのビジュアルに、周りから黄色い声が湧き上がる。初陣前の呉三魁だった。
「申し訳ありませんでした」
茉莉はひたすら怖かった。彼女にとって、軍人とは街中で見かけることなど滅多にない、特別な存在だったのだ。謝罪する一瞬だけしか相手の顔を見ることができず、頭を下げる。
「いえ」
低く短い声と共に、布が差し出される。
受け取った茉莉は、はっと目を見張った。
彼の手渡してくれた布は、針がどこかへ行かないよう、きっちりと三度、布に通されて固定されていた。その幅は、均等に美しく揃っている。
馬上の少年は、呆然とする茉莉を置いて、そのまま軍列へと戻っていく。
2階の窓では「イケメン!」と大騒ぎする碧と苑。しかし、戻ってきた茉莉が呟いたのは、全く違う感想だった。
「あの人、刺繍、私より上手かも」
それが、茉莉にとっての呉三魁の第一印象。
一方、呉三魁は、このときしっかり恋に落ちていた。15歳。文武に明け暮れ、ストイックに生きてきた彼の、遅い初恋だった。
◇
西安に住む碧は、なぜ軍人が街を闊歩していたのかが気になった。翌日、父親の友人の医師から、その理由を聞かされる。
碧が私塾から帰ると、父親の元に、古くからの友人である医師が遊びに来ていた。
「おじさま。お久しぶりです」
「おおー。いい子に育っているな」
夕食は、来客も一緒だった。
「なんというか、不本意なんだよ」
友人医師は、はーっと深いため息をつく。
「だな。医師としては、怪我人は全員手当てをしたいだろう。国の軍も反乱軍も関係なく」
父親も同意している。
「反乱軍……ですか?」
碧は、いつもなら大人の話には立ち入らない。しかし、いずれ歴史の表舞台に立つ李治世に関わるなら、聞かずにはいられない。
「地方じゃ農民達が反乱を起こして、役人の家を襲ってるんだよ。まだ単発だが、山に反乱軍のアジトがあるらしい。それで、呉将軍が制圧に来たんだ」
「昨日、軍人が大勢、馬に乗っているのを見ました」
「ああ。あれが呉将軍の軍だ」
呉将軍といえば、本来は北方民族との前線で戦う精鋭として名高い。しかし、先の戦で敗戦した。そして、飛ばされた。北方民族対策に配備されるのは名将の証。たった1回の黒星で、地方の戦争ド素人である農民反乱の鎮圧に回されるとは、なんとも世知辛い話である。
──なんか、左遷されたビジネスマンみたい。
と碧は思ってしまった。
戦や反乱軍制圧の際、医師は公共の医療機関から臨時に引き抜かれる。今回、友人医師はそれだった。いつも庶民を診察しているので、農民達がいかに理不尽な目に遭っているかを知っている。それゆえ、友人医師は軍医として起用されることに複雑な気持ちを抱いていた。
「ま、反乱軍の手当てなんてしたら、こっちが国家反逆罪で処刑されるからできないんだがな」
反乱軍は国家を脅かす危険分子。見つかり次第、処刑対象となる。そのような人間に医療行為を行うことは、反逆者への加担と見なされてしまう。
「辛いな。怪我人がいるのに手当てできないなんて。『入院してる患者さんに』って米や野菜を持ってきてくれる、いい人らなのに」
友人医師が勤務する公共の医療機関には、貧しい農民や大工が多く訪れる。反乱軍は、そういった庶民で構成されている。
──正義はうつろいやすい。
医師の正義は、目の前の命を救うこと。朝廷の正義では、反乱軍は排除すべき悪。反乱軍にとっては社会システムが悪なのだ。
◇
その冬、碧は治世に会えなかった。私塾に行っている間、訪れたと母親から聞いた。
「ええーー」
1年に1度しか会うチャンスがないというのに、それを逃してしまった。碧はどうしようもなく悲しくなった。もう会えないかもしれないと思うだけで鼻の奥がツンとする。楽しみにしていたお祭りが雨で中止になったような気分。涙まで込み上げてくる。
──会いたい。
そのとき碧は気づいた。何年かぶりに人を好きになったのだと。
──ん? ちょっと待って。私って中身は16歳プラス何年生きてるんだっけ。
自室の長イスの上で膝を抱え、数える。現在13歳。現代で16歳のとき、こちらの世界で7歳になっていた。トータル22年生きている。対する治世は正真正銘の13歳。22歳が13歳の少年を好きになったことになる。OUT。
──オネショタ!?
碧はのけ反った。そのまま長イスの上に仰向けにひっくり返る。
──ヤッバ。ほぼ犯罪。
うっかり手を出そうものなら、世が世ならば、青少年保護育成条例違反、別名、淫行条例に引っかかる案件。
──「淫行条例」って言葉、結構キツい。
天井を見ながら、碧は首を横に振る。
──別に、やらしーことしたいわけじゃないし。
純粋に、国を覆すリーダーになる李治世を応援したいだけなのだと思い直す。本当にそうだろうか。年々背が伸び、男っぽく、かっこよくなっていく姿を楽しみにしている。
──親戚のおばちゃん的な感じだから。
彼が、飼っている狼、蘭をわしゃわしゃと撫でる手は、だんだん大きくごつごつしてきていた。全身を全力で撫でてもらえる蘭、優しい瞳を向けられる蘭を、碧はいつも「いーなー」と羨ましげに見ていた。どう考えても親戚のおばちゃんスタンスでないことを、うっすら自覚している碧だった。




