軍事産業
橙巾党のおじさん3人の出番である。
「役人よりは、商人の方が信じられる。銀でええ」
「商人んとこを役人が見回るのはどーや?」
「司法長官殿、不正を取り締まるの、ちゃんとしてくれんか」
それを聞いた牛金星の背筋に、冷や汗が伝った。目の前にいるのは、緋色の官服の司法長官である。科挙の合格倍率4000倍を勝ち抜き、官僚になってからも生馬の目を抜く中央政界で他を蹴落として出世したエリートなのだ。挙人である牛金星ですら平伏すレベルの存在である。その司法長官の前で、その辺のおじさんが堂々と意見を言い、「ちゃんとしろ」と苦言を呈しているのだった。
司法長官は彼らに答える。
「そうだな。まず、これまでの悪しき習慣を絶たなければならん。不正の罰を設けると同時に見つけた者に報酬を出す制度を作ろう」
これに、おじさん3人は喜びの声を上げる。
「えーな。みんな知っとってもなんもできんだ」
「そやそや。だから、仕返しに蔵襲おうってなった」
「オレ、不正しとるヤツ、4人は知っとる」
先走って名を挙げそうなおじさんを、司法長官は手で制した。
「まだ、法ができてない。至急、整える。その後で不正を働いたら、だ。生贄にしよう」
「「「うえ〜い」」」
司法長官は厳しい顔を、にやりとさせ、おじさん3人は笑い合う。司法長官は続けた。
「鉄鉱石の利権の独占にも適用できる法を考えなければな」
それに碧は「よろしくお願いします」と答える。
「そちらは?」
「今、役人が採掘所へ向かっています。もう1人、南部への援軍の帰りに、立ち寄ることになっています」
「なるほど。それは気の毒な」
司法長官は、グレーの眉を下げて少し顔を歪ませた後、去っていった。
即、次の話題に切り替わる。
「銃、調べるの、終わるころやな」
橙巾党の部屋へ向かいながら、牛金星は何のことか分からず尋ねる。
「銃を調べているのですか?」
答えたのは、碧ではなくおじさん達だった。
「碧がな、言うんや。鉄鉱石採れるなら、銃や大砲作ろうって」
「ところがどっこい、鉄鉱石はガッチガチに中央と利権で繋がっとった」
「一国ができて、それが切れたわけや。そこへ入り込みながら利権のこーぞーを壊すんやと。で合ってるっけ? 碧」
「はい」
碧は、現代において、国のどこで何が採掘されるかを覚えた。テストのために詰め込んだ知識の多くはレアアースに関してだったが、鉄鉱石や銀が採れる場所も記憶していた。残念ながら、一国の領土内に、銀山はない。しかし、国内有数の鉄鉱石の産地がある。これを利用したいと考えた。税収を上げるには、納税者の収入を増やせばよい。そのための産業を求めていたのだった。
この時代、銃は火縄銃が一般的である。すでに西洋には、事前に火を点けておかなくても発砲できるものがある。これを製造できないかと碧は考えたのだ。但し、武器職人達に頼んだのは、暴発の原因を調査だったのだが。当時の火縄銃は、暴発事故が多く、射手にとっては命懸けの兵器だった。
判明したのは、銃の構造よりも、点火用の火種を持ち歩くシステムや火薬の引火しやすさが暴発事故の主因であることだった。
「火種を持ち歩かない銃は造れますか?」
碧は、結果を伝えに来た武器職人達に依頼。
「いやー。オレ、刀鍛冶なんっすけど」
「ちょっと忙しいんで」
あっさり断られてしまう。
大盟帝国は火器大国である。が、高度な技術を持つ職人は帝都周辺に集中しており、それらの技術、製造、流通は、全て官軍が管理している。
碧は頑張った。
「こーゆー、なんてゆーか、理系の人、工学系好きな人っていませんか?」
現代の言葉に、その場にいた者達はぽかーんとする。が、橙巾党のおじさんは流石であった。碧の意図を汲み取り、即座に案を出し始める。
「それやったら、からくり人形作るヤツとか、どや?」
「軍に銃専門のがおるやろ」
「鍵作る職人」
時を同じくして、山西商人の西氏から、西洋の銃が届いた。残念ながら弾丸はなかった。
「民のための政」を目指して西安へ来た牛金星は、人殺しの道具を造ろうとしている碧に小さな違和感を覚えた。そして脳裏に浮かんだのは、「足が臭い」という話と共に囁かれていた噂だった。
──計算高く冷徹で狡猾
──旱魃と蝗害の1番酷い地域を見捨てた
──大張国とも手を組んだ
──バックに山西商人がいる
それらは、澄み渡った美しい水のなかに落ちた1滴の墨のように、ゆらゆらと広がり、消えていった。
◇
火薬の原料は、木炭、硫黄、硝石である。
鉄鉱石を精錬する際、硫黄ができる。木炭は山林があるのでいくらでも製造可能。硝石(KNO3)が手に入れば、火薬の生産が可能になる。
碧は考える。
── 2NH3 + 4O2 + K2CO3 → 2NO3 + CO2 + 3H2O
(化学式の小さい数字が表示できません)
しかし、化学式が思い浮かんだところでお手上げだった。
──役に立たないじゃん。炭酸カリウム(K2CO3)どーするん。
硝石は、解熱の効能を持つ薬である。碧は医師である父親に尋ねてみることにした。
結果。父親は、治療において硝石はほぼ使っていなかった。他にも同じ効果の得られる代替薬があるからだった。仮に硝石を使うとしたら「買う」とのこと。医療用は、採取した天然の硝石から不純物を取り除いて作られる。
父親は碧に硝石の製造方法を記した書物を貸してくれた。そこには、人や家畜の排泄物を利用し、何ヶ月、あるいは何年もかけて作る方法が記されていた。
『火薬を作りたいのか?』
父親は、碧の考えを見抜いていた。
碧は、軍事産業を育てようと考えているが、現代の教科書の歴史に一国の詳細はなかった。碧のいる時点は、既に歴史とは違う道を歩んでいる。一国は西へ進出していない。南東の藩で洪水に遭わなかった。もう、この先に何が待ち受けているか分からないのである。
──硝石。
碧は具体的に硝石を作ることを想像してみた。宮廷の一角に小屋を作り、何ヶ月、何年と排泄物と石灰と草木を層のように積み、更に尿をかけ続けて熟成させる。筆舌に尽くし難い悪臭で、完成前に宮廷を追い出されるのは必至である。
──ムリムリムリ。
半分諦めている碧のところへ、山西商人の西氏が訪れた。
「硝石? ございます。塩湖周辺に。お売りしましょうか?」
「何でもあるのですね」
塩の採れる湖があり、硝石も採れる。大盟帝国中に経済ネットワークを持つ山西商人の本拠地。
まだ、火薬を作るかどうか決まっていない。しかし、ことは前へ前へと進み始める。
最初にできたのは、大砲の1/3ミニチュアだった。次に農村に住む者が、人里離れた場所で硝石を作り始めた。依頼されたわけでもなく、話を聞いた者が好奇心で動いたのである。一方、西氏から、少量の硝石が届く。鍵職人とからくり人形の職人が、火種の必要がない銃の心臓部を実現させた。銃の筒の部分を鍛冶屋が作った。
◇
「「ただいま」」
「「「お疲れ様です」」」
大砲のミニチュアができたころ、鉄鉱石の採掘所へ視察に赴いていた治世と役人が帰ってきた。
役人は、若く、下っ端だった、しかし、旧来の利権構造の解体、精錬所周辺の地形調査、鉱夫の勤務形態や賃適正賃金の算定、販路の把握に至るまで、あらゆる仕事を熟してきた。これらのことは、治世がのんびりと長距離進軍の疲れを癒していた間に行われていたのだった。
「知らんかった」
治世は、机上に積み上げられた膨大な量の報告書に目を丸くした。驚愕したのは彼一人にとどまらず、その場にいた全員が同様であった。
牛金星は、財政部門が帯びている「熱」を感じとったのだった。あらゆることがスピーディなのだ。牛金星は、茶を飲んで休憩しているとき、数人の役人達に尋ねた。
「こちらは全てがこんなにも素早く執り行われるのですか?」
すると、役人達は顔を見合わせる。
「以前は違いました」
「決まった仕事を前例通りにしていましたよ」
「俸給が倍になったのが、大きいです」
役人の俸給が倍になったと聞き、牛金星はとても驚いたのだった。




