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橙色の旗、風の夢〜親友の脚を守ったら、歴史が塗り変わりそうになってます〜  作者: summer_afternoon


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不憫な呉三魁



 愛してやまない妻が、瞳をうるませて三魁(サンカイ)を見つめる。


「三魁、お願いがあるの」


 妻、茉莉(モーリー)は、そのお願いが三魁を傷つけると分かっていた。


 その切羽詰まった真剣な双眸に、三魁は心が痛んだ。


 ──なんでも言うことを聞くよ。そんなに苦しそうな顔をしないで。


 そう願う彼の横顔を、ガラスの器の中でふわふわと揺れる蝋燭の炎が照らす。


「何?」


 彼は、少し首を傾け、茉莉が話すのを促した。


 帝都の高級旅館の一室には静寂がある。愛妻のお願いすらも、彼には甘やかな時の一部に思えた。三魁は、始めて彼女を見たときから、恋をしたまま早6年。


 寝台(ベッド)に並んで腰掛け、見つめ合う2人。その穏やかな空間は引き裂かれた。


「側室を迎えてください」


 三魁にとって、それは青天の霹靂だった。彼には茉莉の口から飛び出た言葉が信じられない。


「オレに悪いところがあるなら、言って」


 これは夜の営みを拒否されでいるのだと彼は察する。冷静を装ってはいたが、心の中では泣き叫んでいた。


 ──望むように抱くから!


 並んで寝台に腰掛けたまま、三魁は次の一手を出せない。今、このまま激しくベストを尽くすときなのか、静かに彼女の言葉に耳を傾けるべきなのか、判断できないでいた。


 茉莉は悲しげに首を横に振る。


「違う。三魁に悪いとこなんてない。友達なの。今日、接待でお酒を注いでた子、私の親友だったの」


 そして、泣きながら6年前の出来事を語り始めた。


 故郷、西安。当時、親友は大変立派な名家の娘だったが、家が没落し、屋敷に火を放って一家心中を図った。茉莉は碧(ビー)と共に、火の巡る屋敷の中から苑(ユエン)を助け出した。しかし、親友は親戚に引き取られた後、妓楼に売られてしまった。そして、身請け先が、今夜、接待された大商人だったのだ。


「ずっと、ずっと、私が助けたばかりに、あの子が死ぬより辛い目に遭ってきたんじゃないかって……」


 美しい涙が手巾(ハンカチ)を濡らし、その嗚咽を覆う。三魁は、友達思いで正義感のある茉莉にいたく感激し、優しく抱きしめた。


 このころ、有力な武官へ美女を献上して庇護を求めることは、乱世を生き抜く商人にとって珍しい処世術ではなかった。2人が先ほどまで出席していた接待の席でも、「この中に気に入った女性がいれば献上する」と商人からこっそり持ちかけられたばかりだった。そこまでしなければならないほど、国内の情勢は不安定になっている。


 各地で暴動が起き、西安を拠点とした一国が勢力を広げている。その南にも大張国ができた。南部の暴徒は官僚や地主、大商人など富裕層を殺戮して略奪しながら北上している。一方、三魁が守る北の国境にはチート化した北方民族が虎視眈々と侵略の時を狙っている。


「分かった。ただ、本当の側室を持ちたくはない。その人に帝都に住んでもらうなら」


 三魁は妻一筋。同じ屋根の下に他の女性が住むなど考えられないのだった。


 こうして、茉莉の願いを聞き入れ、三魁は男を上げた気分だった。苑は、絶世の美女だった。が、夫となった三魁は、二、三言、言葉を交わしただけで、そのまま帝都から300km離れた山海関へ帰った。道中、茉莉は何度も彼に感謝し、いつもより優しく、可愛く、三魁はますます愛が深まったことを確信していた。


 ところが。


 屋敷に到着すると、般若の如き形相と化した三魁の妹、杏花(シンホア)が、突進してくるではないか。そして、彼は飛び蹴りを喰らった。呉家は由緒正しき武官の家系。女と言っても、幼少からばっちり武術の英才教育を受けた強者。彼は、肋骨が妙な音を立てたのを聞いた。


 ──ヤバい。いった。


 と三魁は地面に転がり、何事かと般若を見上げる。


「兄上、見損ないました。側室を迎えるとは! 姐姐じぇじぇの仇、女の敵!」

「うわぁっ」


 なんということか。早馬ですでに情報が届いているのだ。さすがは軍報を扱う武官の家である。


 彼は這って転がり、般若を避ける。と、母親の声がした。


「帰ったのね。三魁。まあ、なんてことをしているの?!」


 ──助かった!


 と彼が思ったのも束の間。


「生ぬるいっ」


 トスッ


 冷酷な言葉と共に、母親の槍が、三魁の股間、すれすれのところに刺さる。ズボンの布が切り裂かれ、下着までヤバい感じになっている。


「は、は、ははうえっ」


 母親は無表情。氷のような顔のまま、彼の股間から槍の穂先を引き抜く。


「もう、跡取りは生まれていますし、側室を持つようならば、始末しましょうね」


 母親も武人。かつて官軍を指揮した槍の名手である。三魁は、始末とは、命のことなのか、はたまた命を作る部分のことなのか、いささか疑問だった。転がる彼を槍が襲う。母親は、虫ケラを見るが如き目を不気味に光らせている。


 トスッ


「きゃー! お義母様!? おやめください」


 間一髪で妻が止めに入り、三魁は一命をとりとめた。茉莉は、子供に会いに行っていたのだ。


「側室なんて! 姐姐(じぇじぇ)を裏切ったんだよ!!」

「こんな息子に育ててごめんなさい。せめて母親としての責任を果たさせて」


 などと言う2人に、茉莉は説明する。


「私がお願いしたんです。西安のときの親友だったから」


 それを聞き、母娘は去った。


「若、大丈夫ですか」

「若」


 倒れ伏す三魁を兵士が両側から支える。


「たぶん、肋骨にヒビが入った」

「若、医師を呼びます」


 よろよろと歩きながら、彼の脳裏を過ったのは、疑念だった。


 ──誰だ。早馬で側室の知らせを送ったのは。

 

 自分を「若」と呼んでいる者達の中に、母親と妹の間者がいるのである。


「三魁、ごめんなさい。私が頼んだばっかりに」

「いや、へーき」


 彼は、愛妻に姫抱っこで運ばれて屋敷へ入った。ズボンは槍で裂け、身体中泥がついている。


「父上!」「お帰りなさい」


 子供達が満面の笑みで走ってきて迎えてくれる。


 このかけがえのない幸せを守りたいと彼が願った瞬間、、、


「ぐっ」


 どすっ

    どすっ


 子供達は、突進した勢いのままベッドの上の三魁に飛びついた。


 ◇


 南部に新たにできた国は、「大南国」となった。


 これに対して、朝廷から官軍が差し向けられることはなかった。ペストにより、朝廷が機能不全に陥っていたのである。


 大南国は、国名は決まったものの、統治に関しては途方に暮れていた。藩王と共に不正に塗(まみ)れていた上層部を一掃した結果、政が機能しなくなってしまったのだ。統治体制を整えるまでに、この先、実に半年を要することになる。



 治世を含め、一国軍の上層部は、大南国に1か月ほど留まり、2国間の様々な取り決めを行った。

 


 穀倉地帯、大南国に強力なパイプができた一国である。一国は、大南国の藩主の蔵にあった膨大な穀物の一部を安く買い入れ、旱魃(かんばつ)と蝗害(こうがい)でボロボロになっていた南東の藩に寄付した。すでにかなりの人口が減り、生き残っている者達すら、死人のような風貌だった。


 一国に感謝する者はいた。しかし、「今更遅い」という者の方が多かった。多くの者達が、家族や友人を亡くした後だったからだ。間に合わなかった命が大地に満ち溢れていた。



 張バッタ反乱軍は、バッタのように略奪をしながら西へ移動し、辿り着いた地の藩王を倒し、「大張国」を立国した。


 大張国は、悲惨な道を辿りつつあった。


 張は、歓迎されざる王だった。この地も旱魃と蝗害に苦しんだ。人々は大盟帝国の各地へ出稼ぎに行っており、それによってなんとか、食糧と人口のバランスを取っていた。そこに、十万の張バッタがなだれ込んだのである。しかし、田畑のスペックは変わらない。


 そして、出稼ぎに行った者は、帰郷する。帝都で流行っていたペストが持ち込まれた。その時期は張がこの地に来たころに一致。飢饉で体力がなくなった人々の間で爆発的に感染した。不運。


 張は足掻いた。部下と共に死体処理に明け暮れ、対策を模索したが、ペストには歯が立たなかった。ペストに恐れを成した動ける状態の者達は、大張国から逃げようとした。それを許せば、他の地へ、更にペストが拡大するのである。病を封じ込めるため、張は冷酷な決断を下した。


「逃亡者は、残らず斬れ」




この小説はフィクションです。

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