終わりの始まりPART.3
西氏は、安くしない理由を頭の中でかき集めているのだろう。そのことが、碧には手に取るように分かった。安くされては、商人の儲けも減ってしまう。
「「「「ただ?」」」」
橙巾党のメンバーは身を乗り出して話の続きを乞う。
「実入りが少なくなります。噂では、藩王殿下の資産を切り崩すと聞き及んでおります。莫大な財と推測できますが、それに頼っては、やがて財政難に陥ります。塩くらい、予算の供給源として残した方がよろしいのではないでしょうか」
橙巾党は考える。
「これじゃぼったくりだろ」「知らんかったなー」「酷い」「どうしますか?」
こそこそとした会話をしていると、気を利かせた財政部門の役人がお茶を淹れてくれた。碧は、女の子なのにお茶を出すことすら気づかなかった自分を反省する。しかし、この重要な場を動くことなどできない。
財政部門の役人は、お茶を淹れながら世間話をする。
「名指しで李碧を訪ねて来られたということは、ずいぶん橙巾党の内情に詳しいのですね。どこからいらっしゃったのですか?」
恐らくは、お茶を口実に様子を見に来たのだろう。
西氏はイスから立ち上がり、その役人に丁寧に拱手の礼を取った。
「山西から参った西と申します。塩商でございます」
山西、塩商という言葉に、お茶を淹れる手をぴたっと止めた役人。拱手に答え、丁寧に自己紹介をした後に一言。
「すみません。もっと香りの良いお茶を持ってまいります」
「いえ。お構いなく。そちらの香り、良いではありませんか」
「いえ、いえいえ。失礼します」
橙巾党のメンバーは瞼を重くし、目を細める。橙巾党とその客なら、いいお茶を出す必要がないと思われているのだ。一連の空気を察した西氏は、気まずそうに目を伏せた。
「塩以外にも、話を持って参りました。武器と火薬でございます」
武器と火薬。碧の背筋にゾクッと冷たいものが走った。
歴史では来年、一国が勢力を拡大する。強大なスポンサーがいたのだ。ここまでお膳立てがあったからこそ、彼らは破竹の勢いで爆進した。絶対に阻止しなければ。しかし、橙巾党にとって繋いでおきたいパイプでもある。
「お尋ねします。大盟帝国と懇意にされているのではないのですか? 我々は大盟帝国から見れば叛逆の徒です。塩の話は分かります。一国の北の防衛戦への兵糧に関してはグレーです。ですが、武器と火薬は、完全に大盟帝国に背くことになります」
西氏は「ふー」っと大きく息を吐いた。
「そうですね。我々、山西商人は信義を重んじております。武器や火薬となると、そこから逸脱するとも言えます。第一に、我々は商人なのです。物を売って金を得る。第二に、我々は、橙巾党の可能性を考えています。それではいけませんか?」
碧は考える。言葉巧みに転がされている気がしているのだ。同席している男達はシンプルに喜んだ。
「かっけー。可能性って?」
「なんか、響きエモいんだけど。ロマンじゃん」
「どんな可能性? わっかんねーよ」
おじさん達がわちゃわちゃと盛り上がる。西氏はそれに答えた。
「大盟帝国が滅び、一国に変わることです」
──そんな言葉、危険!
おじさん達の脳にドーパミンがどどーっと溢れているのが分かる。
「「「っ!」」」
誰もが言葉を失った。自分たちの最も欲しかった全肯定の言葉に、おじさん達はただうっとりと、黙って西氏を見つめている。
「そうなったとき、塩の利権を独占させていただきたいのです」
碧は冷ややかな目をしていた。心の中では「うちの子達を唆さないで」という気持ちだった。そして口を開く。
「なるほど。なかなかいい商売ですね。戦をけしかけ、橙巾党に武器と火薬を売って儲ける。塩の利権は、大盟帝国のままでもすでに得ていますし、この国が勝っても手に入る。どちらが勝ってもあなた方は絶対に損をしない。正直に申し上げましょう。武器と火薬は少しでも安く入手したいです。しかし、それは今ではありません」
「官軍が来ますよ」
「一旦、追い払いました。再び体勢を立て直すには日数がかかるでしょう。現在、我々は手を広げる余裕がありません」
「我々が武器と火薬を提供してもですか?」
武器と火薬は喉の奥から手が出るほど欲しい。大盟帝国は、武器と火薬に関する流通を掌握している。正規ルートで手に入れることなど不可能。西氏の提案は、こちらの痛いところをピンポイントで突いている。
「官軍との戦で使った分は補充したいと考えています。現段階では、それだけです。塩の話が宙に浮いたままですが」
碧は何食わぬ顔で話を戻した。橙巾党の他3人のおじさんは、どちらに転んでも塩の独占権を手に入れようとしていたことを理解し、ドーパミンの放出が収まったように見える。
「おうおう、その話。塩、高すぎるって」
「高いじゃん」
「ちょっとだけ、まけてくれんかのー」
その後、西氏は、塩をいくらに設定すると、税収が何%減るという数値を紙に書き出した。
「ほー。で、なんて書いてあるんだ?」
と1人が訊くと、西氏は仰天した。
「ひょっとして……」
西氏はそこまでで言葉を止め、碧の方を見た。
「文字を読めるのは私だけです。%も通じません。ほとんどの人は文字を読めない。それがこの国です。だから、こちらにいる方々はみんなの代表なんです。この方々が塩が『高い』と言うなら安くしなければなりません。誰が田畑を取り上げられて困っているのか、どこの井戸が枯れたのか、労役の俸給がちゃんと支払われたのか、しっかり声を届けて、我々にできる対処を考えてくれます」
この言葉で、碧は、西氏が帰るだろうと思った。しかし、西氏は言ったのだ。
「いい香りのお茶がそろそろ届くころですね」
居座ることを決めたようだった。
「ちょっと待ってくだぇ。見てきます」
橙巾党の1人が扉を開ける。と、財政部門の役人が盆を持って立っている。話を聞いていたのだろう。
「お茶をお持ちしました」
世間話をしながら、やや冷めた茶が淹れられる。湯気があまり立たない茶を見ながら、西氏は話し出した。
「実は我々のところには、様々な経路から武器が集まります。これを最も欲しがっているのは、鉄や銃を作る技術を持たない北方民族です。こちらでも大盟帝国内でも捌けないとなると、敵国へ密輸することになってしまいます」
「「ふざけるな」」
「どーなっとるんだ」
聞いているおじさん達は憤る。
「我々とて、敵国になど売りたくありません」
──どの口が言う。
碧は、この国だって大盟帝国の敵国だ、と心の中で思っていた。
西氏は更に話を続ける。財政部門の役人は各々の前に器を置き、静かに退室した。
「では、先ほどの話にあった、使用した分の火薬、お売りしましょう。今度、是非、西安にある私の屋敷に、皆様でいらしてください。最高のおもてなしを致します」
「「「はい!」」」
おじさん達は二つ返事だった。碧は断った。
「では、皆さん、行ってきてください」
すかさず、西氏は述べる。
「李碧様、信頼関係を築きたいのです。商売以外で私が貴方にできることを教えてください」
碧には現代の感覚があった。接待には罠がある。余計な繋がりとしがらみを生み、やがては賄賂と汚職、組織の腐敗へと繋がっていく。
「信頼は契約書で確認できます。それ以上の繋がりは危険です。清廉潔白とは言えない事象なので」
「碧! 西氏様に謝れ」
「なんてこと言うんだ」
「すいません、西氏殿。碧は若くて、よく分かっとらんのです。よーく言い聞かせときます」
そんな空気になっても、西氏は悠々と茶を味わいながら語る。
「おもてなしは、信頼関係を築くと同時に、相手の人となりを見極めるのですよ。李碧様、貴方は非常に信義を重んじると分かりました。信義をモットーとしながら、一国、大盟帝国、北方民族に武器と火薬を売ろうとする我々山西商人よりも遥かに。非常に興味深い。塩の値段を決めてください。そちらの一存で。武器と火薬はお売りします。接待はなし。契約書を交わす」
「「「ええーっ」」」
豪華な宴席がなくなり、おじさん達が落胆の声を上げる。
「えーっと。接待なしは私だけでいいのですが」
と言う碧に、西氏は笑う。
「清廉潔白でない繋がりは危険ですから」




