貧乏くさっ
碧は必要とされていたことと今夜からの宿が確保できそうなことで、鼻の奥がツンとするのを感じた。
「行きます」
こうして、やっと仲間と合流できたのだった。
「あのさ、財政を扱うとこへ行った方がいい。あの建物」
そう言われ、碧が指さされた建物へ向かうと、蘭が後を追う。
「おーい、蘭蘭。お前はこっち。なんか食う?」
蘭は「なんか食う」の一言で、男の方へ方向転換。足取り軽く男について行った。
財政部門の役所で「橙巾党の李碧です」と告げる。すると、奥の方にある一室へ通された。
「「「碧ーーーっ」」」
扉を開けると、大の男が3人、碧に泣きついて来た。
窓から光が差し込む明るい会議室には、中央に大きなテーブルがあり、周りに上質なイスが20脚ほど並ぶ。テーブルの上には書類が山となって積まれ、紙が何枚もあり、何かを説明した跡が残っていた。財政局側は5人。30~40代の見るからに怜悧で知的な役人達だった。
「やべーよ。なんか、言い方がクソ難くてさ」
「分からん」
「帳簿とか村の名前とか、オレら、数字しか読めねーんだって」
誰もが嫌がった均田免賦&2年不納糧の実現担当。3人は、漢数字が読み書きできるというだけの理由でこの担当にされてしまった。
まず、碧は丁寧に拱手の礼を取った。
「李碧です。お力をお貸しください」
最初に、西安がどうなるかは分からないことを伝える。
「我々が官軍に制圧される可能性もあることを念頭に、ご自身の意志で職務を続けるかどうかをお選びください。我々は大盟帝国から見れば反逆者です。ただ、これまでよりも役人の俸給は上げたいと思っています。それが可能かどうかすら、分からない状態です。ご協力願えるでしょうか」
小娘の出現に、役人達は鼻白んだ様子だった。
──だよね。
碧は想像通りの反応を胸に落とす。
「我々は西安の役人だ。藩王が変わろうが、我々の安全で、街の機能が維持されるのであれば、そのまま職務を続ける」
1人が代表して告げた。
「ありがとうございます! ではまず、役人の俸給を上げる予算はありますか? 2年免税してですが」
「ない」
瞬殺。
「とりあえずは、藩王の資産を当てる予定です。賄賂や不正などしなくても生活できる俸給にしたいと考えています」
役人達が不正をするのは、正規の俸給が少ないからだった。役人達の俸給を決めているのは、中央の朝廷。しかも、俸給の大部分は、価値のない紙幣で支払われる。紙切れでは何も買えない。仕方なく、役人達は不正を働き、賄賂を積極的に受け入れた。
「そんなこと、できるものなら、とっくに「できます!」
碧は被せるように訴える、
「我々は西安周辺を独立した国にするつもりです。そうなったら、中央へ税を納めなくてもいいんです。今、税収の90%を朝廷へ送っています。それがなくなるんです。その代わり、防衛は自分達ですることになりますが」
役人達の反応はそれぞれだった。
「お嬢さん、机上の空論だよ」
「酒の席の冗談では、我々も言っていた。税収を西安だけに使いたいって」
「中央は持っていきすぎだ」
「官軍に制圧される」
「はっはっは。今の9倍もの予算になるぞ」
そこで、橙巾党の1人がすかさず言った。
「3年後、税はもっと少なくすっから、9倍にはなりません」
そこからは、どんどん話が進んで行った。
但し、1日目は早めに切り上げた。碧達にはやらなければならないことがある。今日、城門の周りを囲んだ橙巾党への報酬だ。幸い、藩王の蔵には、穀物や銀、珍しい高価なものがザクザク眠っていた。
──富の偏り方、エグッ。
国庫は空。地方の税収は中央の朝廷に90%巻き上げられる。けれど、藩王は広大な領地を所有し、税を納めず富を蓄えていたのだった。
──重税の周りに合わせて小作料取ってるんだもんね。なのに、暮らしに必要な分は支給される。
更に、藩王は、基本出歩くことが許されていない。謀反を企ててはいけないからである。金の使い道は、ほぼ衣食住しかないのだ。おのずと貯まる。
碧は、藩王の財務を取り扱う宦官と今後の予算について話し合った。
「3品で召し上がれと?! 藩王殿下は美食でいらっしゃるのだ。最低でも10品。晩餐は更に……」
「小麦や米を作っている農民は、漬物と汁物がある程度です。それすらも満足に食べられない日もあります」
「藩王殿下、嗚呼、おいたわしい」
宦官達は泣き崩れる。それを見ている橙巾党の1人は呆れた。
「おいおいおい。うっせーよ。今まで贅沢できてよかっただろ。これからだって、3品なんて、オレら基準じゃ、とんでもねー贅沢なんだよ。牢にぶち込むぞ」
「ひぇ〜。しかし、それでは料理長にも申し訳ない。嗚呼」
「じゃ、料理長呼べや。オレが言ってやるよ」
しばらくすると、料理長どころか、大勢の料理人が来た。橙巾党が説明した。
「っつーことで、腕をふるえなくなる。不服なら、他んとこへ行ってくれ。宮廷料理人だったって肩書きがあれば、どこでだって仕事できるだろ。それと、オレらにも飯作ることになるぞ。嫌なら、オレら、自分で作る」
碧は、てっきり料理人達は半分以下に減るだろうと思っていた。しかし、誰も出て行かないと言う。
「素晴らしい腕を持っていらっしゃるのに、発揮できなくなるなります。いいのですか?」
碧は再確認した。
「橙巾党の食事を作らないなんて言ったら、この街では雇ってもらえないよ。仮に他の街へ行ったとしても、同じことが起こるかもしれない。それに、万が一、官軍が藩王殿下を救ったら、今まで通り宮廷料理人に戻れる」
料理長の計算高い言葉を聞きながら、碧は、「他の街でも同じことが起こる」「万が一」という言葉に注目していた。すでに大盟帝国の様々な場所で小さな暴動が勃発している。歴史では、西安を含むこの場所以外にも、国ができるのだ。料理長は時代の流れを肌で感じているのだろう。そして、官軍が橙巾党に勝利することが「万が一」であると言った。
若い料理人が尋ねる。
「藩王殿下や妃嬪の御膳はもうできてるんで、お出ししてもいいですか? それと、橙巾党の皆さんへ食事もありますが?」
「おう? おう」
「作ったのは、しゃーない」
「オレらもいいのか?」
出された食事は大皿でどん、どん、と豪快に置かれた。真夜中から動いても、戦用の携帯食しか食べていなかった面々は、軍との話合いをしているメンバーを待てず、一斉に食事に飛びついた。いかにも不揃いな野菜や肉の余った部分で作られたまかない料理は、絶品の味だった。
「やっべー」
「うまっ」
「米が白い。砂利がない」
「美味しいです!」
がつがつと食べる橙巾党に料理長が尋ねる。
「新しい国の名前は? 王は誰だ?」
橙巾党の1人が、ん?と首を捻る。
「王はいない。上手く行くなんて思ってなかったから、国の名前、考えてないな」
他のメンバーも「国の名前かぁ」と自分達が成し遂げた大事を噛み締める。
「まだだな。官軍に勝ってからだろ」
「だな。今日は上手く行きすぎた」
「あー、食ったら眠くなった」
「「「こちそうさまでした」」」
「これ、片付けます」
皆が、軍へ行っているメンバーの分を1つの皿にまとめ、大皿を運ぼうとする。と、料理人達は「やりますので」と皿を持つ。
「ありがとな」「ありがとうございます」
「寝るべ」
「早く寝よう」
「蝋燭がもったいない」
それを聞いた料理人達は苦笑しながら厨房に戻って行った。
「王いない?」
「国、決まってないんだな」
「ははは。蝋燭がもったいないって」
「貧乏くさっ」
「おい、見たか? 草履だった」
「まず、風呂に入って欲しいかも」
そんな会話をしながら。
一方、食べ終わった男達は、部屋の隅でごろんごろんと横になる。この国は、ベッド、イス文化。彼らはアジトの小屋にいたときすらベッドで寝ていた。碧は驚いて尋ねる。
「あの、ベッドがある部屋、訊きましょうか?」
碧が案内された部屋にはあった。
「ぜんぜんOK。めっちゃ綺麗」
「でも、普段ベッドでしたよね? お布団もなくていいんですか?」
「山ん中はな、土の上に寝るとムカデやみみずがおる」
「布団ないと虫にさされるしな。ヘビも来る」
──山のアジトへ行かなくてよかったぁぁぁ。
蝋燭を1本だけ灯し、碧は治世を待った。




