↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
橙色の旗、風の夢〜親友の脚を守ったら、歴史が塗り変わりそうになってます〜  作者: summer_afternoon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/66

大盟帝国滅亡まで13年


 7歳という年齢は、人生の土台を決める過渡期だった。教育に付随する環境や人間関係はその後の未来に繋がっていく。


 隣同士で仲がいいこともあり、碧と茉莉は同じ女子私塾に通うことになった。


 この時代、女子の教育は家庭教師を雇うのが通常。しかし、それでは金銭的な負担が大きい。町には、近所の商家が何軒かで費用を出し合って運営する、女子の私塾があった。学ぶのは、読み書きそろばん、礼儀作法や刺繍、そして楽器。


 碧と茉莉は、入学早々、神童と呼ばれるようになった。


 碧には現代に生きていたときの記憶がまるっとあったし、茉莉は、現代のことは忘れているように見えたけれど、頭脳スペックは高校生のまま。皇族や官僚の娘にエリート教育を施す学師達が、2人の噂を聞きつけて会いに来るほどだった。碧は経済や政治に、茉莉は戦術や軍規に興味を持った。女子教育の枠から完全に逸脱した好奇心は、彼女達に「友人」という名目の最高峰の学師を与えた。


「ね、ね、碧碧。おじーちゃんとこ、遊びに行こ」


 この「おじーちゃん」は、朝廷を引退して街に隠居している、元エリート官僚の少々変わり者の老人だった。


「うん。なんか、部活みたいだよね」


 碧はふと、放課後に黙々と校庭を走っていた16歳の茉莉の姿を思い出す。


「部活ってなに?」


 当時のことを覚えていない茉莉は首を傾げる。


「あはは。なんでもない。体育の授業もあればよかったのにね」

「たいいく?」


 茉莉はきょとんと目をまんまるにするだけだった。


 ◇


 冬、西安の街には、1年の仕事の区切りを楽しむための人々が集まってくる。豊作だった年は、街にいっそう活気が溢れる。この年も、治世(チィシー)が、薬草を売る父親と共に碧の医館に現れた。足元には1匹の犬がいる。


「治世! ありがと」


 姿を見るなり、碧は突然、お礼を言った。


「オレのこと覚えててくれた? 碧」

「うん」

「なに、いきなり『ありがと』って」

「こっちこっち、こっち来て」


 碧は「遊んでくる」と父親に告げ、治世の腕を掴んで外に連れ出す。犬はとことこと後を追ってきた。


 医館の外にある石垣に2人並んで腰掛けた。犬は治世の足の間にすっぽりと入ってお座りする。碧は、話したいことがあったけれど、犬が気になって訊かずにはいられなかった。


「その子、治世の?」

「そ。狼。山で拾ったんだ」

「狼なの?! え、すごっ。怖いの?」

「ぜんぜん」

「触れる?」

「うん」


 碧は、そっと手を伸ばして、狼の頭を撫でた。狼は、撫でられると少し目を細めて尻尾を揺らす。


「蘭って名前。まだ子供なんだ」

「蘭蘭。あ、尻尾振った。ぶんぶん振ってる。かわいい!」


 にこにこしながら碧は蘭を撫で続け、ようやく本来伝えたかったことを話し始めた。


「あのさ、治世、去年、狼の牙くれたじゃん」

「ああ。うん」

「あれのおかげで、莉莉が纒足しなくて済んだの」

「は? なんで?」


 父親が医師だったこともあり、碧は薬草の知識が豊富だった。「意識はあるけれど体が動かなくなる無毒の薬草」を探したが、そんな都合のいいものはない。代わりに見つけたのが、有毒ではあるけれど、調合によって限りなく無毒化することはできる白曼陀羅(チョウセンアサガオ)だった。実験は自分の体を使った。死んでも、現世に戻るだけのような気がしたから怖くなかった。そしてもう1つ確信めいたものがある。


 ──莉莉の纒足を防ぐためにこの世界に来たなら、たぶん、死なない。


 結果、手足の自由だけを奪う期待の薬を完成させた。大人と子供では体重が異なるので、その点に関しては不安があったのだが。


 決行日、夜、碧は家を抜け出し隣家の庭から茉莉の父親の書斎に忍び込んだ。薬は茉莉の手によって、茶に密かに混ぜられた。


 しばらくして、薬が効いた父親が机に崩れ落ちる。


 碧は戸棚の扉を少しだけ開け、唇に薬を包んでいた薄紙を当て、声を不気味に変質させた。


『我が勇ましき北方民族の子孫よ』


 碧は、精一杯低い声で響かせた。


『大地に生まれ、草原を、険しい山々を駆ける誇り高き我が子孫よ』


 その言葉が合図だった。あらかじめ蝋燭が消えるよう、風のルートを確認済み。茉莉は窓を小さく開けて強い風を一瞬部屋に入れ、蝋燭の炎を消す。


 隙間から見える月明かりの中には、茉莉の父親の背中。


『娘から大地を進む足を奪ってはならぬ。大地を進む足を奪ってはならぬ。決して、足を奪ってはならぬ』


 戸棚に隠れていた碧は、そっとそこから這い出し、伏している茉莉の父親の背後から、繰り返した。


『決して、足を奪ってはならぬ』


 最後に仕上げをした。意識はあるのに体の感覚がない父親の右手に、治世からもらった狼の牙を握らせたのだった。


 そして、何事もなかったかのように、2人とも床に戻った。


「ってのをしたの」

「はあ?!」

「だってさ、纒足なんてしたら、走れなくなるんだよ」

「でも、いいとこに嫁に行けるんだろ?」

「そんなんで莉莉が幸せになるわけないじゃん!」

「碧碧って、変わってるな」


 話を聞く間、治世の足の間の狼は、落ち着きなく立ったり座ったり回ったりしている。


「狼ってこんなにかわいいんだね。蘭蘭」


 褒められたのが分かったのか、蘭は丸い目を大きく見開いた。碧には嬉しそうに見えた。


「こいつ、今、子供の歯が抜けてさ、生え変わったんだ。ほら」


 治世は蘭の唇を指で下げて、かっこいい牙を碧に見せる。


「わー。ぴっかぴか」

「1個、無くなったんだろ? ほら、ちっさいけど、これ」


 治世は大切そうに懐から取り出したものを、碧の掌にそっと載せた。蘭から抜けた、小さな乳歯の牙だった。


「ありがと。大事にする」


 治世は、にぱっと人懐っこい笑顔を見せた。その笑顔は蘭とお揃いで、碧はなんとなく嬉しくなって、たくさん笑った。


 ◇

 

 ──莉莉を纒足から守ったんだけど。


 碧はベッドの上、四肢を大の字に投げ出して天井を見つめた。


 ──なんで元の世界に戻んないんだろ。


 自分の使命が茉莉の脚に纒足をさせないことだとしたら、この世界に来た役目はとっくに果たしている。日々勉強づけだった現代に戻りたいのかと問われれば、正直、どちらでもよかった。


 ──今って、西暦何年だっけ。


 大盟帝国であることは、髪型や服装で分かっている。大盟帝国の前と後は、北方民族の支配下にあったので、分かりやすかった。


 ──スマホなくて不便。あーっもう。


 年号確認すらできない。


 ──コンビニもないじゃん。


 ぱさっ


 碧は顔の上に読みかけの教科書を伏せる。ちょうど、お茶の淹れ方が書かれているページだった。中身が現代人の碧には、「美味しい」と言われる高価な熱いお茶よりも、コンビニのペットボトルの便利さが勝る。コストを考えれば水道水。この時代には、水道すらない。


 ごろごろとベッドの上を転がり、手足をバタバタさせる。心の中で「スマホ」「コンビニ」「自販機」と叫ぶ。


 ぱさりとベッドの上から教科書が落ちてしまった。拾い上げるとき、最終ページにあった製造年月日に目が留まった。


 ”大盟帝国 崇和四年九月”


 皇暦。瞬間、碧は飛び起き、ベッドの上で正座した。


 ──崇和帝って、大盟帝国の最期の皇帝じゃん。


 大盟帝国は崇和17年まで。崇和帝は王城近くの丘の上で首を吊って自害する。


 このままなら、現在8歳の碧が21歳のときにそれが起きる。


 教科書にあった崇和17年は激動の年だった。


 貧困と飢えから各地で民衆が蜂起していた。その反乱軍の代表、李治世の軍が王都を包囲。


 3月19日 崇和帝の死によって大盟帝国が滅びる。


 李治世が王城の主となったが、長くは続かなかった。李治世の組織は巨大化し、統制が取れなくなっていた。略奪や暴行が横行していた。北方を守る将軍、呉(ウー)三魁(サンクィ)は、最初、李治世に投降つもりでいた。しかし、愛妾が李治世軍の者に拐われたと知ってブチキレた。


 4月21日 呉三魁は北方民族を防ぐためにあった長城の門を開けた。


 4月22日 李治世軍 V.S. 呉三魁軍&北方民族


 李治世軍は大敗。王都へ戻る。


 4月29日 李治世は王城に火を放ち、逃亡。


 5月2日  北方民族の水青王朝が始まった。


 それは崇和帝の死からたった44日後のこと。


「ちょっと待って」


 碧は思わず声を上げた。狼の牙をくれた少年の顔が浮かぶ。


「治世の姓は、まさか。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。